マンチェスター・シティを黄金時代へと導いたペップ・グアルディオラ。その影響力は、クラブの枠を超え、イングランド・サッカー全体を変革した。

シティで10シーズン目を迎えたペップは、今もなお勝利を追い求めている。しかし、その視線の先には、確実に“終わり”の気配が漂い始めている。名将は、いつマンチェスターを去るのか――。イギリス、サンデー・タイムズの名物記者ジョナサン・ノースクロフトが、稀代の名将の「現在地」を照らし出す。

(文=ジョナサン・ノースクロフト[サンデー・タイムズ]、翻訳・構成=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)

記者会見で微笑んだ理由「私は公に文句は言わない」

少し前の話になるが、マンチェスター・シティがアーセナルと対戦した際、私の記者仲間が、ペップ・グアルディオラ監督に質問したことがあった。試合後会見での出来事だ。

シティにとって不利に働いた判定について、この友人記者が尋ねた。「あの判定は不可解でしたね」。すると、グアルディオラはゆっくり微笑んだだけで、多くを語ろうとしなかった。

会見が終わり、記者が原稿を書くためにキーボードを叩き始めると、グアルディオラの側近であるマヌエル・エスティアルテに肩を叩かれた。「ペップが君に会いたがっている」。そう言われ、エティハド・キャンパスにある監督室へ案内された。エスティアルテの言葉通り、ペップがそこで待っていた。

まずグアルディオラは、質問に答えなかったことを謝罪した。公の場で審判を批判したくなかっただけだという。

だがその後、狂気じみたエネルギーを帯びて説明を始めた。セットプレーの場面で、アーセナルのDFロブ・ホールディングがいかにシティの選手を乱暴に扱ったか。身振り手振りを交え、ときに友人記者の肩を揺らして、問題の場面を再現してみせた。ただ一通り話が終わると、グアルディオラはこうつぶやいた。「でも、私は公に文句は言わない」。そしてこう言葉を続けた。

「ヨハン・クライフは私にこう教えてくれた。審判の影響を問題にしなくていいほど、強いチームを作れ、と」

グアルディオラは、サッカーの母国イングランドで10シーズン目を迎えた。成功をつかんだ理由は、ペップがこのクライフの教えに忠実であり続けていることだ。

ペップが支配した「プレミアリーグの10年」

ペップ率いるシティは、あまりにも圧倒的な強さを誇る。リバプール、アーセナル、チェルシー。

強豪クラブを次々と退け、グアルディオラ就任後のシティは、9シーズンで6度のリーグ優勝を誇る。

例えば「10年単位」で俯瞰してみれば、プレミアリーグのこの10年はペップが支配した時代だった、と言っても過言ではないだろう。

しかもグアルディオラは、イングランド・サッカーそのものを変えた。

「イングランド4部のEFLリーグ2のチームでさえ、グアルディオラ流のサッカーをしようとしている」

そう証言するのは、マンチェスター・ユナイテッドの伝説的ストライカー、ウェイン・ルーニーである。イングランドの伝統スタイルは、言うまでもなくキック&ラッシュだ。しかしペップの到来を機に、下部リーグのチームでさえボールを支配しながら敵陣に迫るサッカーへ変貌を遂げた。

そんなペップは今、シティで達成すべきことがほとんど残っていない。悲願のUEFAチャンピオンズリーグ制覇も2023年に成し遂げた。プレミアリーグ優勝も、ペップには目新しいことではない。

こうした背景から、ペップ退団説が浮上している。実際、ペップに近い関係者によれば、今シーズンがスペイン人指揮官にとってイングランドでの最後のシーズンになる可能性もあるという。

ペップとシティの契約は、2026-27シーズン終了時まで。

残りは1年半だ。これまでペップは契約途中で職を投げ出したことはない。ただ聞くところによると、昨季から今季にかけて続くシティ再建のタスクは、ペップにとって相当な負担だったようだ。彼は55歳。仮に来季も指揮を執るという決断を下したとしても、例えば契約を延長し、2027年以降もクラブに留まる可能性は極めて低いと見ている。つまり、あと1年半以内でマンチェスターを去ることになる可能性が高い。

セリエA? 代表監督? 次なる挑戦の選択肢

ペップが当初思い描いていたプランでは、シティの後にイタリアのクラブで指揮を執るつもりだったようだ。しかしセリエAのレベル低下が、その可能性を小さくしている。より現実的なのは、代表監督への転身だ。

2024年にガレス・サウスゲートの後任としてイングランド代表から声がかかった際には心が大きく揺れ動いた。最終的にオファーに首を縦に振ることはなかったが、この経緯を踏まえれば、代表監督への転身は十分にあり得る。

ブラジル代表を率いるプランも、ペップは気に入っているようである。友人であり、ライバルでもあるトーマス・トゥヘル(現イングランド代表監督)、そしてイタリアの智将カルロ・アンチェロッティ(現ブラジル代表監督)が代表監督の職に就いているが、ワールドカップ後にどの国のポストが空くかは誰にもわからない。

ペップがブラジル代表、もしくはイングランド代表の監督職を選んだとしても、筆者は驚かない。

もちろんペップは今、シティでの仕事に全身全霊を捧げている。プレミアリーグでは、アーセナルとの優勝争いに打ち勝ち、通算7度目のリーグ優勝を目指している。そしてチャンピオンズリーグでは、2度目の欧州制覇に燃えている。

だが残念なことに、今季のシティはどちらのコンペティションでも絶対的な優勝候補ではない。名将と言えど、過渡期にあるシティを再び優勝街道へと導くことには苦労している。現実的に考えれば、今季はクラブとして優先順位の低いリーグカップが、最もタイトルに近いと言えるだろう。

「ペップ後」のシティが直面する現実

もちろんグアルディオラが退団するとなれば、シティにとっても一大変革期となる。

グアルディオラは就任以来、圧倒的なポゼッションと戦術的完成度でシティを欧州屈指の強豪へと押し上げ、三冠達成を含む黄金時代を築いてきた。その存在は単なる監督を超え、クラブのアイデンティティそのものとなっている。

退団後にまず想定されるのは、戦術レベルの維持が極めて難しくなる点だ。現在のシティは、選手補強から育成、試合運びまでが「ペップ仕様」で最適化されている。

後任監督が同じ哲学を継承できなければ、選手の配置や役割にズレが生じ、パフォーマンスが低下する可能性は高い。

アーセン・ヴェンゲル退団後のアーセナル、アレックス・ファーガソン引退後のユナイテッドがそうであったように、長期政権後の舵取りの難しさは、過去の事例が雄弁に物語っている。

「ペップ退団」のXデーが2026年なのか、2027年なのかは、現時点ではわからない。ただ一つだけ確かなことがある。ペップが別れを告げるその時、彼はイングランド・サッカー史上、最も重要な人物の一人として、多くの称賛を浴びることになるだろう。

そしてその瞬間は、刻一刻と近づいている。

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<了>

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