1年半にわたるドイツ・SCフライブルクでのプレーを経て、浦和レッズレディース復帰を発表した猶本光。
2012年、日本で開催されたFIFA U-20女子ワールドカップ。
ドイツで驚いたサポーターとの距離感について、そしてメディアの在り方について、今だからこそ冷静に振り返ることのできる“当時”と“現在”の思いを語った。
(インタビュー・構成=中野吉之伴、写真=Getty Images)
サポーターがピッチ内でビールを飲んでいる風景
新しい発見の連続だったドイツでの1年半は、猶本光にとって自分の価値観を見つめ直すいい機会になっていた。それはドイツ語や日常生活、そして主戦場となるサッカー現場だけではなく、サポーターとの交流やメディアの報じ方というところでも感じられたようだ。
猶本がドイツでまず驚いたのは試合後の風景について。試合が終わると応援してくれたサポーターのもとへとあいさつに足を運ぶのは普通のことだろう。声援に選手が拍手で応えたり、あるいは試合内容が悪ければブーイングを黙って受け止めなければならないこともある。ただSCフライブルクのホームであるメーゼルスタジアムの風景は少し違っていた。
「日本だと、『サポーターはここまでしか入れません』みたいになってしまうけど、例えばSCフライブルクだったら、試合後選手がスタンドまで入れるんです。ちびっ子が『サインください!』と言ってきてくれるし、知り合いとそこで話をしたりとか。それを決して周りのサポーターも妨害したりしない」
家族や友人と語らったり、子どもたちにファンサービスをしている選手に対して、一般サポーターは一言二言ねぎらいの言葉をかけるとスッと離れていく。サインや写真を求めるサポーターはもちろんいる。
「(ドイツだと)試合後に選手のところに集まってくるのはほとんどちびっ子じゃないですか。あれいいですよね。フライブルクの試合を見にきて、憧れの選手と交流して、自分もいつかこのピッチでプレーがしてみたいと感じてくれているというか。大人は静かに試合を見て、試合の感想を語りながらビール飲んで、選手と交流する子どもたちを見守って、それで帰るっていう」
いい意味で特別感がない。自然にサッカーというものがそこにあって、気軽に試合を見にきて、触れ合うという感じがそこにはあるように感じられるのだ。
「うん。そう、あれ素敵だなと思いますね。例えば私生活においても、ドイツの人は街でサッカー選手や有名人に会った時に、その人のプライベートを尊重して、一定の距離を保ちます。フライブルクではドイツ代表のヨアヒム・レーヴ監督が、普通に街で静かにカフェをしていると聞きました。そういった文化が根づいているから、スタジアムでもそこまで線引きする必要もないのかもしれないですね」
そんな話をしていると突然、何かを思い出したようだ。
「2018-19シーズンの(DFB)ポカール(ドイツ国内のカップ戦)の準決勝で勝ったときに、サポーターがみんなグラウンドに入ってきちゃったんですよ。でも(クラブ側もサポーターも)みんな普通で、みんなで仲良く写真に収まって(笑)。あれは日本ではないなって。いいですよね。しかもピッチ内でビール飲んで、みたいな(笑)」
メディアに出る意味。メディア対応での苦しい経験
サポーターもチームの一員という意識が自然にあるから、一緒に最高の瞬間をともに過ごそうという空気が生まれた。「芝生が傷むから」「関係者ではないから」ではなく、「仲間なんだから一緒に祝おうよ」という人としての柔らかなつながりを大事にする。もちろん、ドイツと日本とではいろいろと事情が違う。同じようにすることがいいというわけではない。選手が置かれている環境も違う。運営スタッフは運営スタッフで選手を守るため、しっかりとしたルールと体制で臨んでいる。
「いや、仕方ないですよ、日本だとどこかで仕切らないといけないのは。だけどもうちょっと自分としては、ドイツみたいに普通に交流したいなとも思います。ドイツの距離感は好きですね」
ドイツでは女子サッカーに関するニュースは、あくまでもそのプレーや試合内容に関する記述が多い。日本は良くも悪くもスター、アイドルを求める欲求が強いのかもしれない。そうした存在が勇気をもたらしたり、新しい活力を生み出す源にはなるだろう。ただ、そのヒーロー像をアスリートに求めすぎる風潮もある。特に女子アスリートに関しては、アスリートとしての純粋な評価より、容姿についての言及が先にきて、「美人すぎる○○」といった見出しで人の興味をあおろうとする記事が多い。「男女平等」「女性の社会的地位の向上」というテーマが世界的に一般常識となり、各国でその在り方についての議論が進んでいるなか、このような手法のままでいいのだろうか。言いたい言葉をぐっと飲みこみ、自分たちのスポーツをアピールし普及をするためにと、メディアの前で笑顔を見せるアスリートのことをもっと真剣に考えていかなければならないのではないだろうか。猶本も、そうしたメディアの対応に少なからず苦しい経験をしたことがある。少し考えこんだあと、言葉を選びながら話し始めた。
「あれは、やめてほしいですね。今は自分の中で消化できてるし、対応できるようになりました。どういう形であれ、メディアに扱ってもらえることはプラスだと思うから。ニュースになることで、女子サッカーを知ってもらえるきっかけになるかもしれないし、そういう意味でメディアに出るということに意味はあることだと思っています。けど、一時期は……恐怖症というんですかね? (FIFA) U-20女子ワールドカップのときとかは、『外には出れません』と言われてカーテンも開けられない状況で……。大会が終わってすぐに、サーティワンアイスクリームを食べにいったんですよ。そうしたらみんながこっちを見ていることに気づいて、それがすごく怖くなってしまって。私は当時大学生だったから、普通に電車にも乗らないといけない。だから自分の身を守るために、常に目立たない格好をしていました。特にその時は突然多くのメディアで取り上げられたので、私のことをすごくたくさんの人が知っていて。すごく居心地が悪かったです」
フェアで正当な評価はいかにして生まれるのか?
注目選手として持ち上げられることのありがたさはわかっている。そのことで存在を知り、応援してくれる人だってたくさんいる。
「フライブルクにはすごくかわいい選手がいるんです。例えばその選手が日本だったらたぶんテレビやメディアに引っ張りだこだと思うんですよね。けどドイツではそういう取り上げられ方はあんまりない。選手として評価されていると感じられるのはいいなあって思います。私はいったい何で評価されているんだろうと一時はすごく悩んだことがあります。それこそメディアに出るのが嫌になったときもあった。私は別に目立ちたいとか思っていないのに、そういうふうに取り上げられるから、いろいろ言われるわけですよ。なでしこ(ジャパン)でも中心選手であったりとか実力が伴っていたら、そんなに言われたりはしないのかもしれないですけど。そうでもないときにそういう取り上げられ方をしたら、やっぱり知らないうちに敵が増えていて。
ではメディアに注目してもらうなかで、可能な限りフェアで正当な評価をしてもらえるようになるためにはどうしたらいいのだろうか。大事なのは結果なのか。それなら2011年、なでしこジャパンはドイツの地でFIFA女子ワールドカップ優勝という偉業を達成している。誰もが予想だにしなかった素晴らしい結果。どれだけ戦前の予想で分が悪かろうと、どれだけ相手に押し込まれようと、彼女たちは自分たちが持つ本当にすべての力を出し切って、世界一の座に輝いた。
「2011年に先輩たちがワールドカップで優勝して、そのおかげで直後はたくさんのメディアに女子サッカーを取り上げてもらって、お客さんも増えました。でも、時間とともにその熱が冷めていって報道量やお客さんが減っていったのはやっぱりちょっと寂しかったです。ダメな時はダメという記事があってこそ、サッカーが文化になる。批判記事であっても全然いいと思います。継続して伝えていってくれたら、文化としても少しずつ成立していくんじゃないかなと思うんです。そのためにも、私たち選手は結果を残していくことがすごく大切だと思うし、責任があると思います」
<了>
PROFILE
猶本光(なおもと・ひかる)
1994年3月3日生まれ、福岡県出身。ポジションはミッドフィルダー。浦和レッズレディース所属。2007年、福岡J・アンクラスの下部組織との二重登録というかたちで13歳でトップチーム登録。2010年、主力としてFIFA U-17女子ワールドカップ準優勝に貢献。2012年、筑波大学入学を機に浦和レッズレディースに移籍。2014年になでしこリーグ優勝を経験。2018年、女子サッカー・ブンデスリーガ、SCフライブルクへ移籍。2020年1月に浦和レッズレディースへの復帰を発表。



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