スペイン・サラゴサの地でプレーするプロサッカー選手・香川真司。日本の教育界に次々と新しい風を送り込む教育者・高濱正伸。
(文=木之下潤、写真=Getty Images)
香川真司が挑戦する新しい「スポーツ教育プログラム」
香川真司が新しいスポーツ教育を届ける活動を始めた。
その思いを「サッカーの魅力を伝えつつも、それ以外の可能性が広がるサッカー教育を届けたい。それが僕の願いです」と語り、子どもたちに向けて動画メッセージを発信した。自身が30歳を過ぎ、サッカーを通じて得てきた経験を、次世代を担う子どもに還元できないか。そういうことを思っているときに、教育者の高濱正伸と接点があったという。
「サッカーがこんなに素晴らしいスポーツだということを子どもたちに伝えたいです。もちろんその子にとって、夢中になれるものがサッカーじゃなくてもいい。そして、可能性を閉ざさないことを大事にしてほしい。今の環境や今の能力から『僕はこのくらいでいい』って決めつけるんじゃなくて、どんどん挑戦してほしい。ちょうどそんなことを考えているときに出会ったのが高濱先生でした。
花まる学習会では、これまでの勉強とはまったく違うことを子どもたちに教えていて面白いなと思ったし、花まる学習会の理念である『メシが食える大人』って言葉がそのときの自分にグサッと刺さりました。僕はたまたまサッカーでメシが食えていますが、運が良くなければそうなっていなかったかもしれない。
高濱といえば、全国に2万人以上の生徒を抱える「花まる学習会」の代表である。1993年の設立当初から「スポーツや外遊びが子どもの思考力を鍛える最高の教材」とうったえ、生徒に野外体験を行ってきた教育界の革命家だ。そのような試みから得た知見を含め、現在の指導メソッドを作り上げてきたことで多くの子どもに支持されるようになった。
そのノウハウと香川の経験とを掛け合わせ、新しいスポーツ教育プログラムとして提供するサッカー教室が、4月から首都圏を中心にスタートする「Hanaspo」だ。対象は、幼稚園の年中から小学校3年生。共同設立者として記者会見に登場した高濱は、対象年齢の理由についてこう述べた。
「昔、大学受験を控える生徒に数学の図形問題を教えたことがありました。その問題は補助線が引けたら簡単に解けるのに、そのイメージが浮かばないことに気づきました。問題は計算とかができないことじゃないんです。そこからあらゆる学年の生徒に教えてわかったことは、算数を得意にするには小学校3、4年生くらいまでに『補助線が浮かぶ教育をしなければ遅い』ということです」
「社会で役立つのは計算力ではなく、人間力」
これが教育界で俗に言われる「9歳の壁」、「10歳の壁」である。
そのくらいの年齢から客観的に自分と周囲とを比較し、自分に劣等感を持ったり自信を失ったりして、内面性が大きく変化する。つまり、他者を意識し始めるため、チャレンジして失敗することを恥ずかしがる傾向が出てくる。だから、人間力の土台を強く大きくするには少しハードルが高くなる。
「幼児期や小学校低学年くらいに計算力をつけようと、大人は必死になって教えています。でも、人間力の基盤となる思考力、表現力、感性などをその年齢までに養わないといけない。結局、社会で役立つのは計算力ではなく、人間力なんです。最近は非認知能力と呼ばれ、それで将来が決まると言われるようになりました。
つまり、大切なことは地頭をつけることです。例えば、補助線が浮かぶ力はないものが見える力です。私はこれが地頭の良さだと思っています。本質という見えないもの、要点という見えないもの、相手の気持ちという見えないもの、こういうものがくっきりと見えるかどうかで人生の差がつくんです」
Hanaspoが子どもにアプローチしたいものは、「人間力を磨く」ことだ。それに必要な3つの力に「夢中力」「工夫力」「表現力」を掲げ、新しいスポーツ教育プログラムを作った。香川と彼を支えるトレーナーを含めた「チーム香川」と花まる学習会で指導経験を積んだサッカー経験者が、手と手を取り合ってプログラムを考案している。
「僕は小さい頃からとにかく遊ぶことが大好きで、サッカーだけでなく、鬼ごっこや缶蹴り、野球やバスケットボールなどいろいろしてきました。特にサッカーが大好きで、時間さえあれば朝から晩までボールを蹴っていて、もう好きで好きでしょうがないって感じでした。練習とか努力とかの感覚はなくて、純粋に夢中でボールと遊んでいました。先日、30歳になってこれまでサッカーに捧げてきた人生を振り返ってみて、今後僕は何がしたいのかなと考えたんです。僕、やっぱり子どもが好きです。だから、僕もサッカーを通じて子どもに関わりたいなと思いました」
サッカー教育で夢中力、工夫力、表現力が身につく
4月からの本格的にスタートするサッカー教室でも指導現場に立つHanaspo代表の新山智也は、このスポーツ教育プログラムに自信をのぞかせた。
「子どもが成長するにはコーチに指導力が求められます。私たちコーチはすべて花まる学習会で講師を務めていたサッカー経験者です。このプログラムは花まるの指導メソッドをしっかり設計の中に取り入れています」
オープニング記者会見で配布された資料を読むと、オリジナルカリキュラムとして書かれてある内容がとてもユニークだ。フィールドなぞペー「耳で聞くクイズや、空間認識力を養うクイズやプリント」、ヒーローインタビュー「今日一番楽しかったことなどをインタビュー形式で聞いたり、練習カードに書く」など、子どもが楽しみながら取り組めそうなメニューが並んでいる。会見中、新山はHanaspoの考えについてこう触れた。
「私たちは10歳までの経験の総量が子どもの将来の可能性を広げると思っています。
例えば、サッカーは高濱が言うように『相手選手が届かないコースはどこだろう?』と、いつも見えない補助線を描きながらプレーしています。刻一刻と変化する状況の中で、常に最善の選択肢は何だろうと探り続けています。その時点で没頭して集中している状態ですよね。常に頭はフル回転。まさに思考力を鍛えている状態ではないでしょうか」
「90分間ずっと見えない補助線を描くのがサッカー」
この説明を聞くと、Hanaspoが掲げる人間力を磨くのに必要な3つの力「夢中力」「工夫力」「表現力」を子どもたちが見事に体現しているのがわかる。高濱が付け加えてサッカーと教育との相性の良さを力説した。
「私は27年間サッカーが最高の教材だと言い続けてきました。例えば、サッカーのパス交換は見えない補助線をお互いに引いているわけです。うまくいかないときは、その補助線がタイミングよく交わらないから意見をぶつけ合うんです。
さらに、新山は自身の教育者としての思いをこう語った。
「花まる学習会は9歳、10歳の壁に目を向け、子どもの変化に応じた教育を行ってきました。小さい子を指導するサッカーコーチはサッカーを教えます。自分の経験や価値観をそのまま縮小化し、ステップを刻んで提供しています。でも、本当にそれだけでいいのでしょうか。私は幼児期、小学校低学年くらいまでは子どもに合わせたサッカーを提供しないといけないと考えています。そして、一人ひとりに合わせた個別化が必要です」
これは決して九九を覚えたり計算力を身につけさせたりするような先取り教育ではなく、人間力の土台を強く大きくする新しいサッカー教育。
<了>



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