「スポーツのない日常」が長らく続き、ジュニアサッカーの活動もその多くが休止状態となった。その一方で、オンラインを活用した活動を継続させ、月謝も受け取っているクラブも一部だが存在している。
(文=木之下潤、写真=Getty Images)
非常事態時に起こったジュニアクラブの現実
小学校の運動場、町のグラウンド、都市部のフットサル場や人工芝のピッチからスポーツを楽しむ子どもたちの声が聞こえなくなって2カ月近くが経った。新型コロナウイルスの感染が広まるとともに、スポーツ活動も自粛の一途をたどった。非常事態宣言の前後あたりから、ちょこちょこと筆者のもとに連絡が入るようになった。
「今、他のチームはどんな活動をしていますか?」
ジュニアサッカーの取材で知り合った各地のコーチからの問い合わせなのだが、全員がヒントを探していた。選手と会えない、指導ができない、月謝が入らない……「一体どうすればいいのか?」。誰も体験したことがないこの状況に、多くのコーチが戸惑いを隠せなかった。
5月のゴールデンウィークに差し掛かる頃に十数名のサッカー関係者にコンタクトを取った。都内から少し離れた小さなクラブ、関西の強豪クラブ、関東や東北のJクラブ、先進的な取り組みを行う首都圏の街クラブ……自分の中で多種多様なジュニアクラブを選び、さまざまな観点から「非常事態時に起こっているサッカークラブのリアル」を把握するためにリサーチを行った。もちろん、これら以外にもいろんなサッカーコーチが発信している情報をチェックしている。
現状を客観的に把握する上で大事なことは、2つの視点から見ることだと考えている。1つは「経営」からの観点。
1.活動停止状態
2.オンラインを活用し、選手との関係をつなぎとめる
(トレーニング動画などは共有するが、月謝までは受け取っていない)
3.選手と保護者に安心を与える施策を考え、オンラインを通じたクラブとしての活動を継続して月謝を受け取っている
あくまで個人的に見聞きした上での意見であることをお許しいただきたい。それを前提にいえば、8割のジュニアサッカークラブは「1」と「2」に当てはまったのでないかと感じている。多くのクラブが月謝を受け取るまでの対応には至っていない。
おそらく1割程度のクラブが、この非常事態時でも継続的に月謝を受け取れるサービスをオンラインで提供し、選手と保護者に安心をもたらしていたのではないかと思う。
ここでの安心とは「心身をケアする」という意味である。
大小関係なく、クラブの活動にはお金がかかる
こう表現すると嫌う日本人も多いだろうが、この非常事態時でもきちんとマネタイズし、クラブ経営を安定的に継続するのは重要なことだ。それは「子どもの居場所を確保する」上で重要なことであり、今回の事態で浮き彫りになった課題といえる。
全国的に少しずつ社会活動が再開し、徐々にスポーツ活動を行っているエリアも出始めているが、この先も「新型コロナウイルスと付き合いながら」という枕詞はついて回る。もしかすると経営難から脱することができず、消滅していくクラブもあるかもしれない。
一つの見方として、例えば「持続化給付金」を申請できたジュニアサッカークラブがどれだけあったのかは興味深いところだ。
日本サッカーを支えているのは間違いなく、裾野で活動するジュニアクラブだが、ボランティア、もしくはその延長線上に近い形で運営しているクラブもまだ全国的に数多く存在するいわゆる「任意団体」に属する。
きっと、多くのクラブが諦めているような気もする。
ここに「新たな街クラブのあり方」のヒントが隠れている。たとえ、どんなに小さい街クラブであっても「緊急時にも対応できるクラブづくりをどう行うのか」は、本当の意味で「地域に根づくため」には向き合わざるをえない。なぜならこれから先はクラブとして新型コロナウイルスの感染対策を講じなければ活動ができないのだから。
練習前の検温、練習前後のうがいと手洗い、ミーティングや着替えなどで密を避けること、免疫力を低下させないような活動量のコントロール、選手とスタッフの健康状態のチェックなど、具体的な感染対策を挙げだしたらキリがない。ただ、少なくとも感染対策を実行するには人手も必要になり、経費もかかる。そのため、「感染対策の資金を安定的に捻出するためにどうするか」はクラブ経営としてセットで頭をひねらなければならない。
スポーツクラブの活動には大小関係なく、人とお金がかかるのだ。だからこそどんなに小さいスポーツクラブであっても、これから先の新しい社会では「経営」という観点からもより真剣に向き合わなければならない。今後は志と実務が伴った運営が「子どもの居場所づくり」になると思う。
デジタル導入が新時代のクラブ経営には必要!
クラブ活動からの観点で考えると、不要不急の外出を自粛要請されて “いつものピッチ”で活動ができなくなった。
それゆえ、選手とつながりを保つためには必然的にオンラインを活用するしかない。
これは社会的に「テレワークが思うように進まなかった」背景からも容易に想像できる。
4月8日に東京商工会議所が発表したリリースによると、「テレワークを実施している」企業は26.0%と全体の約4分の1程度にとどまる。テレワークを実施していない企業に目を向けると、「テレワーク可能な業務がない」場合を除き、社内体制の整備、パソコンなどハードの整備、セキュリティ確保が課題として挙がっている。
少なからず、ジュニアのサッカークラブもこれに当てはまることが多いだろう。もちろん一般企業とは異なるが、経営観点では「各コーチがIT環境にどれだけ慣れ親しんでいたか」は非常事態時でも選手と保護者に安心安全をもたらし、継続的に月謝を受け取れるサービスを提示する上では必須スキルだ。
つけ加えると、オンライン活動においては世代間格差があらためて浮き彫りになった。サッカー界全体を見回しても、20代のコーチたちは外出自粛になっても即座にオンラインに目を向け、SNS上でつながり合って新しい学びや価値を獲得していた。普段だったら会えないような人たちとどんどんつながり、自らの歩みを止めなかった。
一方で、40代以上のサッカーコーチはどうだろうか?
「オンラインしかない」ことはわかっていながらも、なかなか行動に移せないコーチも数多くいたのではないだろうか。これからは「どんなに小さい街クラブでも日頃からオンラインを活用する」ことが当たり前の時代になる。私はオンラインとオフラインを併用したクラブ経営を「仕組み」として標準装備することが、今後「地域に根づくクラブづくり」のカギを握ると予測している。
辛辣になるが、これに適応できないクラブは淘汰される時代がそう遠くない未来にやってくる。
本質は「コミュニケーションを生む」こと
ただし、オンラインを使うことの本質は「コミュニケーションを生む」ことだ。例えば、練習で毎回顔を突き合わせているからといって、コーチが全選手のパーソナルな部分まで知っているとは限らない。非常事態宣言後もオンラインを活用し、継続的に月謝を受け取っていた一部のクラブのコーチたちは「グラウンドでは見せない選手の違う一面を知ることができました。これは現場の指導にも役立ちます」と口を揃えた。
意外とクラブ活動外の話をしてみるとその選手の本当の性格や性質がわかったりもする。選手の立場からすると、オンラインによるコミュニケーションは周囲を気にしなくていいから普段はコーチに伝えられないことが言えたりもする。また保護者も同様で、練習現場では周囲の親御さんの目が気になって相談ができないことも、オンラインだったら安心できる。
オンラインを取り入れることのメリットは「選手や保護者に対して心の安心を担保できる」ことだ。
ここには「練習と同じくらいの価値」がある。これから「新型コロナウイルスと付き合いながら」がつきまとう時代にあって、オンライン活動が併用できないジュニアの街クラブは「月謝を受け取る価値があるのか」すらも問われるようになる。
もう時代は変わったのだ。ただ、デジタルに適応すること自体が大事なのではない。「人と人とがどう寄り添い、心が保たれるか」という本質的なことに向き合い、「どうデジタルをクラブ経営に組み込むか」が重要な手段へとなっていく。それは「子どもの居場所を継続的につくる」ために大切なことだから。
<了>