オリックス・バファローズの25年ぶりの優勝の立役者といえば、32本塁打を放ち自身初となるパ・リーグ本塁打王のタイトルを獲得した杉本裕太郎だろう。2015年のドラフト10位。
(取材・文・写真=大利実)
“ラオウ”を覚醒させた異色の経歴を持つ男
根鈴雄次(ねれい・ゆうじ)。
高校中退。渡米、帰国。定時制高校入学。23歳で法政大入学。27歳で再び渡米。日本人野手として初めてAAAに昇格。アメリカ、オランダ、カナダ、メキシコ、日本の5カ国でプレー。2012年、現役引退。
履歴書の枠には収まりきらない男に今、注目が集まっている。
昨年、道場の教え子のひとりである杉本裕太郎(オリックス・バファローズ)がパ・リーグの本塁打王を活躍したことで、その指導法に光が当たるようになった。
杉本は2018年オフから、「根鈴道場」に通い、打撃改革を敢行。インパクトからフォロースルーにかけて、後ろの手(右打者の右手)を意図的に返さない「パームアップ」という技術を地道な取り組みで体得し、潜在能力を開花させた。
このオフシーズンには、後藤駿太、山足達也 (オリックス・バファローズ)、江越大賀(阪神タイガース)らが根鈴道場の門を叩いた。さらに、球団側から「この選手を見てほしい」という依頼もあり、壁をぶち破ろうとするバッターが活路を見いだす場となっている。
根鈴が提唱するスイングをシンプルに表現するのなら、ゴルフのような「タテ振り」だ。ボールに対して、タテにバットを入れていく。
「日本の野球を見ていると、地面と平行に振るレベルスイング、上から叩くダウンスイングを教わってきた選手が多い。それ自体を否定する気は一切なく、もうひとつの引き出しとして、タテ振りを身に付けてほしいという思いがあります。
根鈴道場では、実際にクリケットのバットを振らせることもある。
「日本人の中にはリストを自ら返して、ヘッドを強く走らせることでスイングスピードを出そうとするバッターが多くいます。ティーバッティングのようにそこにボールが来るのがわかっているのなら、強い打球が打てますが、実戦で高いレベルのピッチャーに対応するのは難しい。なぜなら、バットの面が早く消えてしまうから。ボールの軌道に対して、どれだけバットの面を長く見せていられるか。道場には小学生もプロ野球選手も通っていますが、基本的に教えていることは一緒です」
大学時代の縁で実現した「根鈴理論を高校球児に」
昨秋、根鈴のもとにチーム指導のオファーが届いた。
2003年に夏の甲子園出場経験を持つ、都立雪谷高の監督・伊達昌司からだ。この名前にビビビッと来る人は、なかなかの野球好きであろう。
法政二、法政大、プリンスホテルでピッチャーとして活躍し、2000年のドラフト会議で阪神タイガースから2位指名。阪神、日本ハム、巨人でプレーしたのち(通算146試合12勝7敗9セーブ)、東京都の教員に就いた。江戸川高、府中西高と歩んだあと、2019年から雪谷に移り、2021年春から監督を務めている。
「根鈴は大学時代の後輩です。
引退後の根鈴の活躍ぶりはもちろん知っていたが、よく知った仲ということもあり、声をかけるのを遠慮していたという。その背中を押したのが、部長の西悠介だ。早稲田実、早稲田大の出身で、技術や理論に深い興味を持つ。根鈴の理論は、書籍や動画で勉強していて、「根鈴さんに、バッティング指導をお願いしましょう!」と何度もプッシュしていた。
監督1年目の2021年夏は初戦で修徳に0対2で敗戦。プロ注目の速球派・床枝魁斗のストレートに差し込まれ、散発の5安打に終わった。完封で負けたことが、根鈴に指導を依頼する決め手となった。
昨年8月から指導が始まり、今年2月までに計3回の全体指導を受ける(コロナ禍でなければ、もっと定期的に来校する予定だった)。
まず、根鈴がレクチャーしたのは、バットの落下を使ってスイングすることだ。トップから力を抜けば、ヘッドの重みでバットは勝手に落ちてくる。
2回目以降は、バットの面を長く見せること、手のひらを上に向けたままピッチャー方向に腕を伸ばすことを、さまざまなドリルで意識付けさせる。
徹底した“タテ振り”でライナー性の当たりが増加
根鈴の指導を間近で見る伊達は、選手の変化に手ごたえをつかんでいる。
「最初に、根鈴に相談したのは、『ライナーを打てるバッターを増やしたい』ということでした。なぜなら、ストレートに振り負けて平凡なフライに終わるバッターが多かったから。正直、根鈴の教えを受ける前は、アッパースイングでフライを打つための打ち方だと思っていたのですが、実際に話を聞いてみるとまったく違う。教えを受けてから、ライナー性の打球が明らかに増えました。リストターンで飛ばすクセを無くすために、45度からのティーをなくして、連続ティーなども廃止。すべてスタンドティーに切り替えています。遠くに飛ばすには、フィジカルを高めることも同時に必要ではありますが、打球の質は良くなってきている。何より、根鈴のおかげでバッティングに興味を持つ選手が増えたように感じますね」
それまでの雪谷高は高めのストレートに対して、下から振り上げるようなスイング軌道をしていた。
選手の反応はどうか。
伊達が「一番影響を受けている」と話すのが、2年生の林陸哉だ。昨年8月に初めて指導を受けたあと、自ら根鈴道場にまで足を運んだほど没頭している。
「8月に教えてもらったときに、『自分が変われるチャンス!』と思って、根鈴さんの打ち方にのめり込んでいきました。ただ、3カ月ほど自分でやったんですけど、正しい動きなのかがわからない。しっかり確かめたい気持ちがあって、親にお願いして、根鈴道場に行ってきました。一番変わったのは、高い確率でライナーが出るようになったこと。今までは手首の返しで打っていたんですけど、なるべく返さないようにしているところが大きいと思います。ただ、長打を打てるようになるには、パワーが必要。
1年生の平山一稀は、アメリカでのプレーを目標にする。子どもの頃、大リーグを現地で見たことで、「いつかはこういう場所で野球をやりたい」と夢を描くようになった。本来は、2021年にアメリカ留学することが決まっていたが、新型コロナウイルスの影響でキャンセルになった。
「根鈴さんは教える言葉が明確でわかりやすい。一番納得したのが、『ボールが来る軌道が地面だと思って、そこから下にヘッドが入ってはいけない』。これで、バッティングの考え方が変わりました。根鈴さんは形だけ見ると、アッパースイングに見えるんですけど、中身を知るとまったく違います」
現在、雪谷の部員は2学年で38名(女子マネージャー4名含む)。年明けの指導では、一人ひとりの動きを丁寧に見て、選手のレベルに合わせた指導を行う根鈴の姿があった。
高校生に伝えたいこととは何か――。
「目の前の試合に勝ちたい気持ちは当然あっていいですけど、勝てなかったからといってすべてが否定されるわけではない。大事なことは、自分が掲げた目標に向かって、どれだけコツコツと頑張れるか。プロ野球選手にも伝えていることですが、簡単な練習のときにどれだけ精度を上げていけるかが大事です。それができなければ、試合で打てるわけがない。例えば、100球のスタンドティーをすべて思ったとおりの場所に打ち返す。誰に褒められるわけではないけど、やり遂げたあとにひとりでニヤニヤするぐらいの感覚がほしい。こういうことが楽しいと思えるようになれば、バッティングに対する向き合い方も変わってくるはずです」
本塁打王にまで導いた根鈴の教えは、高校生にどんな刺激をもたらすのか。根鈴のサポートを受けた雪谷高の「打撃改革」に注目だ。
<了>



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