春の段階では、今夏は昨夏のような酷暑にはならないだろうと専門家の多くは予測していたが、あにはからんや、6月、7月と全国の平均気温は史上最高を更新した。各地で水不足や農業への影響が懸念されている。
半世紀前は氷期入りを心配
大変恐縮だが、個人的な昔話にお付き合いいただきたい。筆者は中学2年生だった1969年9月に、東京・文京区から郊外に転居した。転校はしなかったので、郊外から都心に通学したのだが…この年から翌年にかけての冬は、本当に寒かった!朝7時ごろに自宅を出ると、道路は凍り、吐く息は真っ白で、ガタガタ震えながら最寄り駅に向かった。当時、都心に比べ郊外は、冬の最低気温が2~3度、場合によっては5度くらい低かったようで、転居した両親を恨んだ記憶がある。もちろん、都心も今に比べれば寒かった。
その後も、少なくとも80年代前半までは冬は冬らしく寒く、夏は暑くなるが我慢できる程度、という気候が続いたように思う。それは私の体感だけではなく、データの裏付けもある。中川毅「人類と気候の10万年史」(2017年講談社)によると、20世紀に入ってじわじわと上昇していた北半球の気温は、1940年ごろにピークに達した後に低下に転じ、その後は80年ごろまで弱含み横ばいで推移していた。当時、専門家の間ではこのまま氷期に突入するのではないかと真剣に心配されていたという。
その予測には根拠がある。同書によると、最近の80万年のうち、現在のように暖かい時期は全体の1割ほどしかなく、9割は氷期だった。
6、7月の気温は史上最高
ところが、この予測は大きく外れてしまい、地球の気温は80年代からはっきり上昇に向かう。国連広報センターによると、2024年の世界の平均気温は産業革命前に比べ1.55度上昇し、史上最も暑い年となった。人為的に排出されるCO2など温室効果ガスの影響が温暖化の最大の要因とみられる。10万年周期のサイクルは人間の営みの前に吹き飛ばされてしまったのか。
当然ながら、高温傾向は日本も例外ではない。気象庁によると、今年の全国の平均気温は、6月は平年より2.34度、7月は2.89度高く、共に1898年の統計開始後の最高記録を更新した。テレビのニュースやワイドショーは連日のように各地の最高気温をトップニュースで取り上げ、熱中症にならないよう視聴者に呼び掛けている。専門家は、この高温と一部地域の渇水が、コメなど食料品の生産にも悪影響を及ぼすと警告を発している。私の周りでも「毎日暑いですね」「昔は夏でもこれほどではなかった」といった会話が頻繁に交わされ、誰もが自分事として気候変動に関心を持つようになった…と思われた。
ところが、7月20日投開票の参議院選挙では、主な争点となったのは消費減税や現金給付などの物価高対策、政治とカネの問題、外国人への対応などで、気候についてはほとんど議論されなかった。
「指導者は今すぐ行動を」
その理由は、ひとことで言えば、温暖化が進むのは止められないという一種の諦観が、国民全体に広がっているためではないだろうか。「日本の政治家に実効ある温暖化対策など打ち出せるはずがない」「トップの中国は日本の10倍もCO2を出しているし、2位のアメリカはトランプ政権の下で化石燃料にシフトしている。3位のインドの排出量は経済発展で今後さらに増えそう。他の大国がこんな状態で、日本だけ頑張っても意味がない」「本当に温暖化を止めようとしたら、生活水準を数十年前のレベルに戻さなければならない。そんなことはとても無理」―政治家や他の大国への失望、温暖化対策そのもののへの疑問がないまぜになり、無力感が強まっているのではないか。
専門家の中にも、気候変動を前提に対策を考えるべきだとする意見が出ている。あるベテランの気象予報士は「ネットゼロ(温室効果ガスの排出と吸収が差し引きゼロになる状態)を達成しても、大気中のCO2は数十年から数百年残る」として、社会全体が温暖化に「適応」することが重要と指摘。具体的には、熱中症対策の強化や、農業改革(栽培地の北上、高温耐性品種の開発、亜熱帯性果実の生産増など)を挙げる。
とはいえ、温室効果ガスの排出を少しでも減らす努力をしなければ、温暖化は加速し、世界の平均気温が今世紀末までに19世紀比で最大4.4度上昇するというシナリオが前倒しで実現してしまうかもしれない。グテーレス国連事務総長は「気候変動による最悪の惨禍を回避する時間はまだ残されている。