一時、盛んに流布した中国による「2027年台湾侵攻」説がここに来て大きく後退したようだ。習近平政権内部の異変が関係しているとの見方が有力だ。
4年前から相次いだ侵攻説
そもそも、「2027年台湾侵攻」説は米国から出たものだ。2021年3月、米上院軍事委員会の公聴会でデービッドソン前米インド太平洋軍司令官が「今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」旨の発言をしたのがきっかけ。デービッドソン氏は2023年1月に来日、自民党の国防部会、安全保障調査会および外交部会の合同会議で講演し、この見解について変わっていないと強調した。さらに同年2月には、当時のバーンズ米中央情報局(CIA)長官が「習近平主席が2027年までに戦争開始の準備を整えるよう指示した」と述べた。ほぼ同時期に台湾からも同様の情報が流れる。当時の台湾の呉釗燮外交部長が「習近平政権が2027年に台湾侵攻に踏み切る可能性が大きい」との見方を示した。
これ以外にも似たような説や識者の意見が多数報道されたことで「2027年台湾侵攻」説が広まったが、その背景には習近平氏の共産党総書記としての任期が2027年に切れることが指摘された。習氏が次の5年間、党のトップの座を維持したいとするならそれまでに台湾統一という大仕事を成し遂げ実績を示したいはずだと考えられるというのだ。しかも、2027年は中国人民解放軍の創設100周年に当たるという重要な節目でもある。
習近平主席、台湾統一へ強い思い
習近平主席が台湾統一に並々ならぬ関心と野望を持っていることは想像に難くない。習氏はかつて、アモイ副市長、福州市党委員会書記そして福建省長など1985年から約17年間も福建省で指導者としての下積み時代を送った。特にアモイからは台湾の離島である金門島は肉眼で見えるほど近い。
ある中国問題専門家は「習氏は長年、福建省での仕事をしていたことから台湾を身近に感じており、党中央のどの幹部よりずっと台湾統一に情熱を傾けている」と語る。「建国の父、毛沢東でさえできなかった台湾統一という偉業を達成すれば、誰もがその手腕と指導力を認め、終身指導者の地位さえ可能になる」(同)との見方は正鵠を得ているだろう。
米中軍事バランスに変化も
加えて近年、中国の軍事力の増強が目覚ましいことも見逃せない。近年、台湾海峡を含む東アジアにおける米軍と中国人民解放軍のバランスに大きな変化が起き、米軍の優位性が崩れつつあるともいわれる。今から30年ほど前の「台湾海峡危機」では、独立志向が強いとされた李登輝氏が総統選で当選する見通しが高まり、人民解放軍は台湾海峡の2つの海域を封鎖しミサイルを発射、軍事力で台湾に圧力をかけた。これに対して米国のクリントン政権は台湾周辺に2隻の空母を派遣、中国は米軍の圧倒的軍事力の前に押さえ込まれる格好になった。
だが、今や中国は空母3隻を保有するなど通常戦力でも米国を圧倒するほどに強大化しているとも指摘される。となれば、習主席が台湾の平和統一が難しいと判断した場合、2027年までに台湾侵攻に踏み切るのではないかとの観測が出ても不思議ではない。
肝心の中央軍事委内でゴタゴタ
しかし最近、習近平政権内部で異変が起きているとの情報が絶えない。習主席の個人独裁的志向を抑制する動きが表面化しているとの説や軍高官が汚職などを理由に摘発・更迭されたと伝えられる。2027年に中国が台湾に軍事侵攻するとの見方が否定されるようになっているのはこうした情報が相次いでいるためだ。
中国が台湾に侵攻する場合、最終的な決定を下すのは共産党最高指導部の政治局常務委員会だが、実際に戦闘計画を作成し、実行するのは軍最高指導機関の中央軍事委員会。その肝心の中央軍事委で混乱が起きている。今年6月末、全国人民代表大会(全人代)常務員会が苗華上将の国家中央軍事委員解任を決めたというニュースが飛び出した。
それだけではない。苗上将と同じ軍内の福建閥だった何衛東中央軍事委副主席(政治局員)も3月の全人代閉幕後、消息不明とされている。何衛東氏は台湾への軍事行動を中心的に担う東部戦区で司令官を務め、現場作戦の責任者の地位にあった軍人。習近平政権が台湾侵攻を計画しているとしたら、何氏を軍事委から外すはずはないし、軍事委の主席でもある習近平氏の下で一致団結していなければならないはずだ。
軍内部のゴタゴタに加え、中国は今、不動産不況などから経済成長が低迷しており、まずは経済立て直しが最優先とみる中国問題専門家は多い。こうした状況を考えると、「2027年台湾侵攻説」は大いに疑問との意見がより説得力を持つのは当然といっていいだろう。