2026年1月3日、中国のポータルサイト・捜狐に「『千と千尋の神隠し』のカオナシとは何者なのか?。宮崎駿監督が示す答えとは」とする記事が掲載された。

記事は、「スタジオジブリを代表する作品を挙げるなら、『千と千尋の神隠し』は間違いなくその一つだろう。今月2日、日本テレビの金曜ロードショーにて『千と千尋の神隠し』が再放送された。同作に登場するキャラクターのカオナシは言葉を話さず、思考もきわめて単純な存在として描かれている。彼は油屋の外で主人公・荻野千尋(おぎのちひろ)と出会い、彼女へ強い依存と好意を抱き、共にいたいと願うようになる。しかし、問題はまさにそこから始まる」と述べた。

続けて、「油屋に入り込んだカオナシは、金や欲望、功利的な価値観に急速に飲み込まれていく。『金を出せば注目され、認められる』と気づいた瞬間から、彼の行動は制御を失い始める。番台蛙を飲み込んで声を得ると同時に、千尋に拒まれると怒りを爆発させ、完全に自分自身を見失ってしまうのである。その後、千尋の助けによって徐々に理性を取り戻したカオナシは、彼女とともに銭婆(ぜにーば)のもとへ向かい、最終的には銭婆の家で手伝いをするようになる」と説明した。

その上で、「子どもの頃に『千と千尋の神隠し』を見た多くの人は、カオナシを『ちょっと怖い存在』と感じただけで、彼が何者なのかまでは考えなかったのではないだろうか」と問いかけ、金曜ロードショーのX公式アカウントが、宮崎監督の『カオナシなんて周りにいっぱいいますよ。(中略)ああいう誰かとくっつきたいけど自分がないっていう人、どこにでもいると思いますけどね』との発言を投稿したことを紹介した。

記事は、「この発言によって、多くの視聴者がはっとさせられた。なぜなら、カオナシはまさに現代社会における『典型的な人物像』だからだ。SNSが高度に発達した現代では、承認されること、評価されること、拡散されることを急ぐ人が増えている。しかし一方で、自分が何者なのか分からないまま生きている人も少なくない。その結果、他人を模倣し、流行に迎合し、感情さえもコピーしながら、注目を得るためならどんなものでも飲み込もうとする。これはまさに、油屋でのカオナシの行動そのものではないだろうか」と論じた。

そして、「カオナシは決して悪意のある存在ではない。ただ必要とされたかっただけなのだ。つまり、カオナシは単純な悪役ではなく、善でも悪でもない、自分を見失った時、環境に流されてしまう人間を体現した存在にすぎない。20年以上が経った今でも、『千と千尋の神隠し』が色あせていないことには驚かされる。一つのアニメ作品が、時代を超えて繰り返し解釈され、共感を呼び続けるのであれば、それはもはや『子ども向け作品』の枠を超えた、真の意味での名作と言えるのである」と結んだ。(翻訳・編集/岩田)

編集部おすすめ