山西省考古学研究院はこのほど、中国北部の同省運城市垣曲県にある北白鵞墓地についての最新の考古学発掘の成果を発表しました。今回、研究者は4基の小型墓を調査しました。
4基の墓はいずれも長方形の竪穴土坑墓です。主な副葬品は玉器と石器で、玉玦(C字型の玉器)、口琀(亡くなった人の口に含ませた玉器)、石圭(儀式に用いる板状の石器)、石貝(貝の形をした石の貨幣)などがあり、多くは墓主の頭部や棺の中あるいは棺と棺を保護する外箱の間に置かれ、春秋初期の中原地区の典型的な葬俗と合致していました。
うち番号M1033の墓は規模が比較的大きく、副葬品が豊富で、青銅製の鼎、戈(武器の一種)、馬銜(馬具の一種)および大量の石貝を含む9点(セット)が出土しました。研究者によると、「この墓から出土した銅鼎は春秋初期の典型的な形状で、副葬された青銅製の戈や馬銜は、墓の主が身分のやや高い武将だったことを示唆している」とのことです。
総合的な判断によると、これらの墓の主は春秋初期の中下級貴族に属します。今回の調査により、墓のレイアウト、族属(所属する血縁集団)、社会階層、文化交流などの課題を深く研究するための重要な根拠が追加されました。(提供/CRI)











