私は旅行会社で勤務しています。古い話ですが学生時代の留学経験を買われて、中国の訪日旅行マーケットに対する営業担当をしていた時期がありました。
私にとって幸運だったのは、留学生生活と中国業務の実務の両方を経験していたことです。仕事中も余暇の時間も中国人の仲間と交わることができ、彼らと一緒になって過ごす中で、日本人にとって当たり前なものに対する疑問に気づかされる場面が多くありました。
亮さん「ちゃんとって何?」
上海オフィスで一番のおしゃべりだった亮さん、日本人の仕事についてある日「やらなくてもいい事を一生懸命やって、残業代ばっかり稼ぐ」と言い放ちました。東京で対中国の営業担当だった私は正直ちょっとムッとなりました。と言うのも、私が残業を強いられた最大の理由は中国人顧客の計画性の無さでした。奥さんの希望だから、上司がそう言うから、いろんな理由で急に日程を変更したり、ホテルを予約し直したり、「決めてから発注してくれ」と思うのですが「你帮我想想办法吧(方法を考えてよ)」と言われてしまいます。
「中国人が一度決めたことをちゃんと守れば」と反論する私に、彼の追い討ちは容赦なしです。「きっと明日また変更になるよ、そんな客を真面目に相手にしちゃダメ」。日本人の「ちゃんとやらなきゃ」が面倒な仕事を増やす、本当に必要かどうかを見極める能力がないと言われてしまいました。「顧客の希望とか会社の方針はあっても、自分で状況判断をすべきでしょ?ちゃんとって何?」、彼の仕事効率は確かに良く優秀でした。
ある日残業をしていると「飲みに行こう」って微信がピコピコ、明日の会議の準備って返信すると「本社の人だってそんな細かく見ないよ」って、確かにそうかも知れません。
娜娜ちゃん「またね!」
東京オリンピック誘致の頃に「おもてなし」が流行語になりました。親切で丁寧なサービスは世界に誇れると言う日本人の自信が垣間見えます。一方で中国の店員さんの対応は、数年前までは確かに酷いものでしたが、少なくとも都市部では大きく改善しています。それどころか日本とは違った温もりがあるのも事実です。
仕事帰りに時々立ち寄っていた日式居酒屋が有りました。中国語を苦にしない私は重宝され、日本人客の注文を取るときに助けを求められたりして、店長の娜娜ちゃんに顔を覚えられてしまいました。するといつの間にか「歓迎光臨(いらっしゃいませ)」が「你来了(来たの)」に変わり、少し間が空くと「最近怎么没来啊?(どうして最近来なかったのよ)」と注文が付き、ちょっと忙しいと「你等一下今天很忙!(ちょっと待って。今日忙しいの!)」と後回しになって注文も出来ません。待たされた上に「申し訳ございません」があるわけでもなく、普通なら文句が言いたくなる場面なのに、何故か居心地は悪くありません。
「お待たせ致しました」「失礼致します」、そして日本の店員さんは「ごゆっくりどうぞ」とその場を離れます。
2020年の夏、コロナの煽りを受けた私は10年ぶりに東京の職場に舞い戻りました。「中国での経験を生かして頑張りたい」と思っていたのですが、身の回りの業務は「ちゃんと」しなければいけないことだらけです。気心が知れてきたなと思った同僚も「お疲れ様です」といなくなる、誰かと飲みに行こうと思っても残業しているから気を使うし、やっと飲みに行っても「有難うございました」ってご丁寧に送り出されてしまいます。亮さんや娜娜ちゃんの言う「面倒」で「冷たい」日本と向き合いながら、毎日奮闘しています。
日本人が世界に誇れると思うぐらいに正しいと信じていること、その「裏側」を見せてくれたのが私にとっての中国でした。偏らずに両面を捉えるバランス感を大切にして、日本で発信するのが私の役割のような気がしています。
■原題:仲間と一緒に見た日本
■執筆者プロフィール:日比 裕介(ひび ゆうすけ)会社員
1977年奈良県生まれ。学生時代に中国長春の東北師範大学において留学を経験。
※本文は、第7回忘れられない中国滞在エピソード「中国で人生初のご近所付合い」(段躍中編、日本僑報社、2024年)より転載したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。











