私は旅行会社で勤務しています。古い話ですが学生時代の留学経験を買われて、中国の訪日旅行マーケットに対する営業担当をしていた時期がありました。

そうして次に転機が訪れたのが上海万博の年、中国現地法人に派遣されることになり、コロナが爆発して帰任するまでの約10年間を上海で過ごしました。

私にとって幸運だったのは、留学生生活と中国業務の実務の両方を経験していたことです。仕事中も余暇の時間も中国人の仲間と交わることができ、彼らと一緒になって過ごす中で、日本人にとって当たり前なものに対する疑問に気づかされる場面が多くありました。

亮さん「ちゃんとって何?」

上海オフィスで一番のおしゃべりだった亮さん、日本人の仕事についてある日「やらなくてもいい事を一生懸命やって、残業代ばっかり稼ぐ」と言い放ちました。東京で対中国の営業担当だった私は正直ちょっとムッとなりました。と言うのも、私が残業を強いられた最大の理由は中国人顧客の計画性の無さでした。奥さんの希望だから、上司がそう言うから、いろんな理由で急に日程を変更したり、ホテルを予約し直したり、「決めてから発注してくれ」と思うのですが「你帮我想想办法吧(方法を考えてよ)」と言われてしまいます。

「中国人が一度決めたことをちゃんと守れば」と反論する私に、彼の追い討ちは容赦なしです。「きっと明日また変更になるよ、そんな客を真面目に相手にしちゃダメ」。日本人の「ちゃんとやらなきゃ」が面倒な仕事を増やす、本当に必要かどうかを見極める能力がないと言われてしまいました。「顧客の希望とか会社の方針はあっても、自分で状況判断をすべきでしょ?ちゃんとって何?」、彼の仕事効率は確かに良く優秀でした。

ある日残業をしていると「飲みに行こう」って微信がピコピコ、明日の会議の準備って返信すると「本社の人だってそんな細かく見ないよ」って、確かにそうかも知れません。

こうして彼らと時々飲む様になりましたが、仕事の進め方、新しい顧客へのアプローチ、会社の方向性に対する思いなど、会議室では見せない本音に触れる時間になりました。見て貰えるか分からない資料より、こうして得られた経験が私の財産になっています。

娜娜ちゃん「またね!」

東京オリンピック誘致の頃に「おもてなし」が流行語になりました。親切で丁寧なサービスは世界に誇れると言う日本人の自信が垣間見えます。一方で中国の店員さんの対応は、数年前までは確かに酷いものでしたが、少なくとも都市部では大きく改善しています。それどころか日本とは違った温もりがあるのも事実です。

仕事帰りに時々立ち寄っていた日式居酒屋が有りました。中国語を苦にしない私は重宝され、日本人客の注文を取るときに助けを求められたりして、店長の娜娜ちゃんに顔を覚えられてしまいました。するといつの間にか「歓迎光臨(いらっしゃいませ)」が「你来了(来たの)」に変わり、少し間が空くと「最近怎么没来啊?(どうして最近来なかったのよ)」と注文が付き、ちょっと忙しいと「你等一下今天很忙!(ちょっと待って。今日忙しいの!)」と後回しになって注文も出来ません。待たされた上に「申し訳ございません」があるわけでもなく、普通なら文句が言いたくなる場面なのに、何故か居心地は悪くありません。

「お待たせ致しました」「失礼致します」、そして日本の店員さんは「ごゆっくりどうぞ」とその場を離れます。

ところがここでは、放置もされるけど和気藹々とした時間もあります。ちょっと客足が少ないと「昨日はいくら売り上げた」とか「こんな客がいてムカついた」みたいな話に花が咲いたり、日本人に対する不満も色々ある様で「よそよそしい」「冷たい」なんてズバッと言われたりもします。「離れて距離を保つのが礼儀ってこともあるよ」って私の方もちょっとムキになってついつい時間を忘れますが、それでも彼女らの気持ちと触れ合えるひと時は貴重でした。時計に気がついて席を立つと「またね!」って手を振ってニコニコしている、友達同士の信頼感を感じる瞬間です。

2020年の夏、コロナの煽りを受けた私は10年ぶりに東京の職場に舞い戻りました。「中国での経験を生かして頑張りたい」と思っていたのですが、身の回りの業務は「ちゃんと」しなければいけないことだらけです。気心が知れてきたなと思った同僚も「お疲れ様です」といなくなる、誰かと飲みに行こうと思っても残業しているから気を使うし、やっと飲みに行っても「有難うございました」ってご丁寧に送り出されてしまいます。亮さんや娜娜ちゃんの言う「面倒」で「冷たい」日本と向き合いながら、毎日奮闘しています。

日本人が世界に誇れると思うぐらいに正しいと信じていること、その「裏側」を見せてくれたのが私にとっての中国でした。偏らずに両面を捉えるバランス感を大切にして、日本で発信するのが私の役割のような気がしています。

■原題:仲間と一緒に見た日本

■執筆者プロフィール:日比 裕介(ひび ゆうすけ)会社員

1977年奈良県生まれ。学生時代に中国長春の東北師範大学において留学を経験。

帰国後、両国間の往来を仕事にすることを志し㈱日本旅行に入社。三重県の支店での下積みの後、2005年より中国の訪日旅行マーケットに対する営業を担当。2010年に万博を控えた上海に赴任、コロナの影響で帰国するまでの約10年間を過ごした。中国人の仲間に恵まれ、帰国後もその往来の一翼を担い続けている。

※本文は、第7回忘れられない中国滞在エピソード「中国で人生初のご近所付合い」(段躍中編、日本僑報社、2024年)より転載したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。

<日本人の忘れられない中国>日本人が正しいと信じることの「裏側」

編集部おすすめ