近年、日本ではクマの市街地出没や人身被害が年々増加している。特に2025年には過去に例を見ない規模のいわゆる「クマ被害」が発生し、死者13人、負傷者100人以上と統計開始以来、最悪の年となった。

事態の深刻化を受け、日本政府は大規模な駆除作戦を実施。4月から10月までの期間だけで、全国で駆除されたツキノワグマは9765頭に上った。

切れない

駆除数の急増に伴い、処理し切れない「クマの死骸」が各地で問題化し、日本社会に新たな課題を突き付けている。その一方で、この生態系と安全をめぐる危機の陰で、思いも寄らぬ現象が在日中国人社会の中で静かに広がりつつある。それが「熊掌(クマの手)」をめぐるブームだ。

「豚足のような食感」、在日中国人の挑戦

日本在住の中国人女性ブロガーは、グルメ体験を動画で発信することで一定の人気を集めている。珍しい食材への好奇心から、彼女はネット上で2000円余りを支払い、重さ約0.75キログラムの熊掌を購入して自ら調理に挑戦した。

しかし、最初の下処理である毛の除去作業から困難に直面した。専用器具がないため、硬く太い毛を一本一本手作業で抜くしかなく、それだけで多くの時間と労力を要した。その後、6時間以上に及ぶ煮込みと味付けを経て、ようやく完成にこぎ着けたという。

実際に食べてみた感想は意外なものだった。「食感は豚足に少し似ているが、想像していたほど特別なものではなかった」。調理の手間を考えると、再挑戦はしないと率直に語っている。

日本で「クマの死骸」問題深刻化、在日中国人社会で「熊掌ブーム」広がる
熊掌

ただし、この一連の調理過程を収めた動画は大きな反響を呼び、普段は数百回程度の再生数だった動画が、一気に1万回を超える再生数を記録した。

別の在日中国人男性も熊掌料理に挑戦した経験を紹介している。前足と後ろ足をまとめて購入し、毛の処理だけで4時間を費やし、その後ハチミツを加えて圧力鍋でさらに4時間煮込んだという。

初めて食べた熊掌について、男性は「骨や筋が多いが、味自体は悪くなく、貴重な体験だった」と述べている。

北海道で“本格的”に熊掌を扱う中国人男性

北海道の牧場で働く中国人男性は、より本格的にクマ肉を扱っている。中国東北部出身の彼は、2018年に技能実習生として来日。以前からイノシシやシカなどのジビエ料理を好み、保存用に大型冷凍庫まで購入していた。

牧場主の知人が地元の農協関係者で、日本ではクマ肉はほとんど食用にされず、捕獲後は焼却処分されることが多いと聞き、もったいないと感じて購入を申し出たという。

その後、熊掌やクマ肉、さらにはクマの頭部といった珍しい部位まで入手し、処理・調理の様子をSNSに投稿。再生数が4万回を超える動画もあり、熊掌購入を希望する問い合わせが相次いだ。

中国国内からの購入希望には応じず、日本在住の中国人にのみ提供しているという。価格は、200~300グラムで約2万5000円、1キログラムを超える大型の熊掌では6万5000円に達する。冷凍配送が必要で、送料は別途となる。

日本で「クマの死骸」問題深刻化、在日中国人社会で「熊掌ブーム」広がる
熊の手

なぜ在日中国人は熊掌に引かれるのか

在日華僑で「関西名シェフ」と称される王貴津(ワン・グイジン)氏は、この背景を文化的観点から説明する。1974年に中国天津で生まれた王氏は30年以上の料理経験を持ち、シンガポールの大手飲食グループで総料理長を務めたこともある。日本の首相からハリウッドのスターであるマット・デイモン、卓球女子で五輪2大会連続メダリストの福原愛さん、そして中華圏の大スターであるアンディ・ラウ(劉徳華)ら数多くの著名人に料理を提供してきた。現在は大阪市淀川区の東三国駅近くで自身のレストランを経営している。

日本で「クマの死骸」問題深刻化、在日中国人社会で「熊掌ブーム」広がる
王貴津氏

王氏によると、中国では熊掌を食用とする歴史は非常に古く、先秦時代の文献にもすでにその記録が見られるという。

儒家の重要な思想家であり、孔子の学説を継承した孟子は、「魚も欲しいが、熊掌も欲しい。二つを同時に得られないのであれば、魚を捨てて熊掌を取る」と記している。この言葉は、人生においてすべての良いものを同時に手に入れることはできないという道理を説いたものであると同時に、人々の間に「熊掌は魚よりも価値が高い」という認識を定着させた。これは、当時すでに熊掌が珍味として位置付けられていたことを物語っている。

その後の封建社会において、熊掌は宮廷の宴席や王侯貴族の饗宴に登場し、猩唇(しょうしん、オランウータンなど大型霊長類の唇)、駝峰(だほう、ラクダのこぶ)、猴頭(こうとう、サルの頭)、燕の巣(アナツバメが唾液で作る巣)、鳬脯(ふほ、野生のカモ類の干し肉)、鹿筋(ろくきん、シカの腱)、黄唇膠(こうしんこう、ニベ科大型魚類の浮き袋を乾燥させたもの)などと共に「上八珍」と称された。これは中国伝統の食文化における最高級食材の総称であり、熊掌は身分や権力、富の象徴として、一般庶民が口にすることはほとんどなかった。

日本で「クマの死骸」問題深刻化、在日中国人社会で「熊掌ブーム」広がる
孟子(もうし)

しかし時代が下り、1989年に中国で「野生動物保護法」が制定されると、貴重な野生動物資源を守るため、クマを含む野生動物の捕獲や食用は厳しく禁止された。人工飼育されたクマであっても、熊掌を食品として流通・消費することは認められておらず、違反者は罰金や拘留、さらには実刑を含む刑事責任を問われる可能性がある。

近年、取り締まりは一層厳格化している。

そのため多くの中国人にとって、熊掌は書物の中にのみ存在する「伝説の料理」となった。現在、日本ではクマ被害の拡大を背景に、合法的な入手経路について知る在日中国人が増えた。そして、彼らの間に一種の「補償心理」が生じ、伝説とされてきた味を一度は確かめてみたいという思いが広がっている。こうした背景の下、在日中国人社会で「熊掌ブーム」が起きている。

名シェフが見る熊掌料理の難しさ

一方で名シェフの王氏は、素人による熊掌調理には否定的だ。熊掌は下処理、臭み抜き、筋膜処理、長時間の段階的調理など、専門知識と設備が不可欠で、「豚足と同じ味になるのは非常にもったいない」と語る。

良質な熊掌は、松林を歩くことで木の香りが染み込み、産地ごとに風味も異なる。関西産の熊掌は比較的臭みが少なく、ほのかに栗のような甘みがあるという。

さらに在日中国人が自宅で調理した熊掌は、皮まで煮崩れて肉に貼りついてしまい、見た目を損なっているケースが多い。一方、本来の熊掌料理では、皮は形を保ったまま艶やかに仕上げ、肉はほろりとほどけながらも崩れない状態が理想とされる。そうすることで、皮の弾力と肉のもち感を同時に味わうことができ、食感に奥行きが生まれる。

味や仕上がりだけでなく、王氏は熊掌料理に合わせるため、3万円以上する専用の食器一式まで購入したという。

それこそが、熊掌を正しく味わうための方法だと語る。
日本で「クマの死骸」問題深刻化、在日中国人社会で「熊掌ブーム」広がる

王氏によると、以前は熊掌のフルコースを味わうには10万円以上が必要だったが、現在は供給量の増加により価格が大きく下がり、同氏の店では5万円で熊掌コースを提供している。

在日中国人のレストランにも「熊掌経済」

在日中国人社会の中で静かに広がった「クマを食べるブーム」は、ほどなく在日中国人の飲食業者の注目を集めるようになった。中には、この動きにいち早く商機を見いだした店もある。

東京・池袋にある中華料理店「熊猫美食城」では、熊掌を使った料理をメニューに取り入れている。店主の鐘志成(ジョン・ジーチョン)氏は、中国江西省贛州出身の客家人だ。

日本で「クマの死骸」問題深刻化、在日中国人社会で「熊掌ブーム」広がる
鐘志成氏(左)

客家人はもともと中原に住んでいた漢民族で、戦乱などの影響により各地へ移住した人々を指す。商才にたけた民族として知られ、孫文(孫中山)や鄧小平といった著名人を輩出し、「東洋のユダヤ人」と称されることもある。

鐘氏は2012年に初めて日本を旅行で訪れ、その際に強い印象を受けたという。2019年には妻子と共に日本へ移住し、ネット通販を営む一方で飲食業にも進出し、現在は複数の飲食店を経営している。

在日中国人客をより多く引き付けるため、中国国内や他の店ではなかなか味わえない料理の提供を模索してきた。その中で、日本ではさまざまな野生動物が食材として流通していることに着目し、ジビエ料理を主力とするようになった。

中でも熊掌は特に注目度が高く、鐘氏は各地を回って仕入れを行い、1回の仕入れで200~300個を購入することもあるという。

現在、「熊猫美食城」では月に40~50件の熊掌料理が提供されている。来店客は中国人だけでなく日本人も含まれ、日本人客の多くは中国人の友人に招かれて訪れているが、熊掌に対する受け入れ度は比較的高いという。

同店では、2026年の元旦および旧正月(春節)に向けて、熊掌とアワビを組み合わせたギフトセットも開発した。「孟子の時代には両立できなかった“魚と熊掌”を同時に味わえる」という意味が込められている。販売価格は「小型熊掌+アワビ3個:6万円」「中型熊掌+アワビ6個:8万円」「大型熊掌+アワビ8個:10万円」「特大型熊掌+アワビ10個:15万円」だ。

日本で「クマの死骸」問題深刻化、在日中国人社会で「熊掌ブーム」広がる
熊掌とアワビを組み合わせたギフトセット

鐘氏は、日本では熊掌の流通量自体は多いものの、特大型の熊掌は極めて希少だとし、今後はオークション形式で提供することも検討していると明かした。さすがに商売のセンスが抜群だ。

数千年にわたり中国の食文化史の中で名声を誇ってきた熊掌は、中国本土ではすでに完全に姿を消した。しかし2026年の春、日本で思わぬ形の「復活」を遂げている。(取材/レコードチャイナ編集部)

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