2026年1月30日、仏女性ファッション誌「Marie Claire」の台湾版は「呪術廻戦」第3期の5大争点について紹介する記事を掲載した。

記事は、「『呪術廻戦』第3期『死滅回游 前編』の配信開始以降、議論が絶えない。

配信2週目にしてNetflixのグローバル非英語シリーズランキングでトップ4に入り、世界最大級の映像情報サイト・IMDbでは10点満点中9.8点という高評価を獲得した一方、日本のネット上では原作派から『ただ戦っているだけのアニメだ』と批判されている。東西のファンがネット上で激しい論争を繰り広げる様子は、まさに現実で『領域展開』が発動しているかのようである。ここでは同作をめぐる5大論争点を整理する」と説明した。

記事は1点目を「悪役・直哉のミームが大流行」とし、「第3期序盤に登場する敵役は、禪院直毘人(ぜんいんなおびと)の息子で、禪院家の嫡男である直哉(なおや)である。本来は次期当主と目されていたが、渋谷事変で直毘人が死亡し、遺言により伏黒恵(ふしぐろめぐみ)が当主に指名されたことで、直哉は強い不満を抱くことになる。議論を呼んだのは、直哉が脹相(ちょうそう)との戦闘中に髪をかき上げながらキザな振る舞いを見せ、相手を露骨に見下す演出である。これは原作漫画にはない表現であり、原作派からは『相手への敬意がなさすぎる』と批判された。しかし、この演出は直哉の傲慢(ごうまん)な性格を効果的に表しており、アニメ派の間では『嫌な奴だが、正直かっこいい』と評価され、数多くのミームが一気に拡散された。台湾の多くのネットユーザーがSNS・Threads上で、直哉の声優が『BLEACH』の市丸(いちまる)ギン役や『黒執事』の劉(ラウ)役を勤めた遊佐浩二であることに触れ、関西弁で話し始めた瞬間に心をつかまれたと語っている。嫌われ役であるはずの直哉が、声優の演技によって支持を集めたのは、まさにアニメ効果と言える」と述べた。

2点目は「ドラマパートが減り、戦闘ばかりになった」だとし、「アニメファンの間では、第3期の出来栄えに対し『アニメ化の到達点』『芸術の域に達している』といった称賛の声も多い。オープニング映像では世界的名画へのオマージュが盛り込まれ、第3期におけるキャラクターの成長や関係性の変化を象徴的に表現しているが、原作派からは制作会社・MAPPAは技術を誇示しているだけだとの指摘もある。

これに対しアニメ派は『すべての視聴者が日本の神道的宗教文化を重視しているわけではない』『アニメはアクションを見るものなのだから、そうでなければ動く漫画で十分だ』と反論した。いずれにせよ、第3期ではアクション設計、カメラワーク、音響、モンタージュ編集、さらにはモーションブラーを用いた映画的質感まで取り入れられ、表現の完成度が明らかに進化している点は評価されるべきだろう。また、一部の視聴者は、制作側がテレビシリーズと並行して劇場向け作品も制作しているため全体のクオリティーがより映画的かつ芸術的になっていると推測している」と言及した。

3点目は「死滅回游のルール説明が米国のTED講演のよう」だとし、「第3話では、天元が羂索(けんじゃく)が仕組んだ殺し合いのデスゲーム『死滅回游』について説明する場面が描かれ、漫画にある膨大な情報が忠実に再現された。日本の視聴者からはこの演出を非常に創造的だと評価したが、欧米の視聴者からは『まるでTEDトークを見ているようだ』『ゲームに入ってから進行しながら説明すればよかったのに』とやゆされ、東西で評価が割れた。とはいえ、第1期・第2期を見ていない視聴者にはハードルが高いのも事実である。アニメが『死滅回游』のルール説明を通じて、敵味方が明確に対立する世界観や今後の戦闘目的を素早く整理した点は、物語の導入として一定の意義があると言える」と評した。

4点目を「『純愛の戦士』が五条悟(ごじょうさとる)の出番を引き継ぎ主役格になった」とし、「乙骨憂太(おっこつゆうた)は虎杖悠仁(いたどりゆうじ)の死刑執行人に指名されるが、恩師・五条から事前に『虎杖を救え』と託されており、結果として虎杖は再び『形式上の死刑』を受ける形となった。乙骨は『劇場版 呪術廻戦0』の主人公であり、五条が封印されたままの現状では、その役割を引き継ぐのは原作通りの展開である。一方、原作派の一部からは『最強であるはずの五条が封印されても世界が崩壊しない時点で、描写として弱体化している』との不満もある。それでも、前日譚で里香への深い愛を背負った純愛戦士・乙骨は、ビジュアルや第1話の演出でも中心的に描かれ、虎杖を圧倒する姿を見せた」とした。

5点目は「禪院家滅門が父権主義批判へ発展」だとし、第3期の第4話では、覚醒した禪院真希(ぜんいんまき)が一族を皆殺しにする壮絶な展開が描かれた。

実母すら手にかける徹底ぶりは強烈だったが、議論の中心は倫理ではなく『父権主義』の批判へと移り、東西の視聴者による激しい論争が巻き起こった。しかし、禪院家で抑圧されていたのは真希だけではなく、伏黒甚爾(ふしぐろとうじ)も同様である。一族の排除と差別は単なる男尊女卑ではなく『呪力至上主義』によるものであった。真希は甚爾と同系統の逆向きの天与呪縛を持ち、三大家系にとって許容できない存在だったのである。第2期で甚爾は天元の計画を破壊し、第3期で真希は腐敗した一族を全滅させる。結果は対照的だが、禪院家が2人の真価を完全に見誤っていた点は共通している」と論じた。

そして、「『呪術廻戦』は物語の舞台を学園から社会、さらには国家規模へと拡張し、三大呪術師家系、呪術高専、特級呪術師、千年を生きる術師、非術師、そして呪霊が入り乱れる戦争を描くようになった。テーマは『いかに正しく死ぬか』から『生き延びるために人を殺す』へと転じ、呪いは減ることなく増え続け、平和は遠のくばかりである。戦いの勝敗すら幸福をもたらさない第3期は、終末的な時代を生きる世代にとって、深い哲学的思索を促す契機となっている」と結んだ。(翻訳・編集/岩田)

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