2026年2月17日、中国のポータルサイト・新浪網に、劇場版「名探偵コナン 11人目のストライカー」が示すものについて考察した記事が掲載された。同作は12年4月14日公開の劇場版シリーズ16番目の作品。
記事はまず、「劇場版『名探偵コナン』の魅力といえば、多くの人が密度の高い推理や大規模な演出を思い浮かべるであろう。しかし『11人目のストライカー』の真価はそれだけではない。同作は『スポーツ精神』と『社会的責任』を一本の主軸として並置し、熱血さを保ちながらも節度ある語り口で、真の強さとは試合に勝つことだけではなく、決定的な瞬間に他者を守り、越えてはいけない一線を踏み外さず、最後までやり抜くことにあるのだと示している。サッカーを中核的イメージに据え、競技の情熱と公共安全という厳粛なテーマを同時に響かせることで、エンターテインメント性を超えた、より明るく前向きな価値観を示しているのだ」と述べた。
次に、「同作が最も心を打つのは、スポーツ精神を単なるスローガンとして扱わなかった点である。熱血的なセリフで精神論を語るのではなく、物語の展開を通して、競技の本質はルールと尊重にあり、チームワークと自己抑制にあるのだと伝えている。ピッチ上の一つ一つのパスやポジショニング、カバーリングの背後には、相互の信頼と連携がある。そして危機が迫った時も、登場人物たちは冷静な判断と迅速な連携を重視し、集団の安全を最優先に据える。ここでの『熱血』は単なる感情の爆発ではなく、方向性を持った行動力である。挑む勇気、背負う覚悟、そして自制心だ」と説明した。
さらに、「社会的責任の描写も堅実である。同作は、危機を公共空間や大規模イベントの中に置くことで、人が密集し、情報が錯綜し、感情が増幅されやすい状況では、1人の衝動が群衆全体のリスクへと拡大し得ること、また1人の理性が損害を食い止める契機にもなり得ることを示している。
また、「同作は『チーム』を感情の原動力としている。サッカーが本質的に協働を要する競技であることを生かし、登場人物同士の信頼と補完関係を力強く描いた。情勢が変化する局面では、個人の英雄主義だけでは勝利は保証されない。自らをチームの体系に組み込み、全体の中で機能してこそ、行動は意味を持つ。観客は、推理の快感だけでなく、最も輝く存在である必要はないが肝心な場面で信頼される存在にはなれるという、素朴だが力強いメッセージに心を動かされる。これこそが『11人目』の精神である。誰かを置き換えるのではなく、必要とされる場面で前へ出て、チームを一歩前へ押し進める存在だ」と論じた。
記事はこのほか、「産業的・文化的波及の観点から見ても、同作のポジティブな価値は拡張性を備えていると言える」とし、「近年『名探偵コナン』のオフラインイベントには『謎解き』『協働』『安全意識』が体験型企画として組み込まれることが多い。またスポーツを題材とする同作は、親子鑑賞や学校活動、地域イベントなど現実生活との接点も生まれやすい。
その上で、「重要なのは、同作が前向きな『熱血観』を示している点である。暴力による解決を奨励せず、単一の才能を過信せず、ルールを守ること、仲間を信じること、結果に責任を負うことの3点に熱血を位置づけている。真の熱血とは無謀な突進ではなく、圧力下にあっても正しい方法を選び取る姿勢であり、真の勝利とはスコアだけではなく、人々を守り、危険を食い止めることにあるのだ」と強調した。
そして、「同作は観客にとって、誰もが『11人目』になり得るという温かな励ましでもある。最強のストライカーでなくとも、最も聡明な推理者でなくとも、必要とされる場面で安定と勇気と冷静さを差し出せる存在であればよい。だからこそ同作は色あせない。スポーツ精神を日常に、社会的責任を選択の中に描き、熱血に持続的な生命力を与えているからだ。長期シリーズ『名探偵コナン』の強みが、熱い推理の背後にある価値観であることを同作は改めて示した。今後も、同作の前向きなエネルギーは現実社会の中で共有され続けるであろう。それは最終的に『責任を引き受ける』という瞬間に帰着するからだ」と結んだ。(翻訳・編集/岩田)











