「合計45元よ」
QRコードをスキャン。4、5、送金ボタン。
「唐辛子、多めに入れておいたよ」
「ありがとう」
この会話を、もうおばちゃんと何回しただろうか。
「日本に帰っても、美味しいものたくさん食べるんだよ」
今度中国にきたら、また野菜買いにくるね。そう言いたかったけれど、鼻の奥がつんとして、言葉が出なかった。
玉米、番茄、土豆、胡萝卜、莴笋、辣椒が入った袋を肩にかけ、涙をこらえおばちゃんと笑顔でお別れをする。そう、今日は今まで通った第2の母とも言えるおばちゃんがいる市場を訪れることができる、最後の日だったのだ。おばちゃんのQRコードをスキャンするのも、今日が最後。
家のキッチンで、私は買ったものを一つずつ台所に並べていく。とうもろこし、トマト、じゃがいも、にんじん、チシャ、唐辛子。手に取るたびに、一つ一つの野菜にまつわる思い出が蘇ってくる。
まずはとうもろこし。おばちゃんの市場で初めて買った野菜だ。
そしてトマト。私が初めて選んで買った野菜だ。おばちゃんの市場には、2種類のトマトがいつも並んでいた。今までは指差しとグットのジェスチャーだけで野菜を買っていたが、どうしても甘いトマトが欲しかった私は、どれが甘いですか?と質問した。
ジャガイモとにんじんは、冬休みに久しぶりに訪れた時に買った野菜だ。コロナ政策が終わり、私は寮に住みながら学校生活を送っていた。久しぶりに帰省し、私が一番に向かった先はあの市場だった。忘れられているかも。そう思いながらも、夏休み中あんなに通っていたのだから…と信じ、私はおばちゃんの野菜売り場に顔を出した。笑顔で手を振る私を見つけ、おばちゃんも両手を振りながら私に声をかけてくれた。
「少し前に、毎週ここに来ていた子よね?元気にしてた?」
おばちゃんの言葉をすんなり理解できたことに、自分でもびっくりした。少し前は酸っぱい甘いを聞き取るのが精一杯だったはずなのに。おばちゃんに、今日は家族にカレーを作ってあげるんだと言うと、この土豆と胡萝卜はカレーによく合うわよ。
冬休みの間、私は毎週おばちゃんのところに通った。唐辛子がおいしかったと伝えると、おばちゃんは毎回おまけの薬味と調理法を教えてくれた。たわいもない会話をしたり、野菜の調理法を教えてもらうあの瞬間が、とても楽しかった。おばちゃんに教えてもらった野菜の中で一番美味しいと感じたのは、緑色の茎野菜、チシャだ。これはお鍋に入れると美味しいのよ、とおばちゃんは白い息を吐きながら教えてくれた。莴笋をお鍋に入れてみると、おいしさが冷えきった体に染み渡り、新しい野菜を知ることは、こんなにも素晴らしいのだと気がついた。
そして今日、思い出のたくさん詰まった野菜たちを買いに、おばちゃんへ最後のお別れに、おばちゃんのいる野菜売り場に顔を出したのだ。日本の大学に通うのでもうしばらくは来られないと伝えると、おばちゃんは微笑みを浮かべ、美味しいものをたくさん食べるんだよと母のような眼差しで私を送り出してくれた。母に連れられて入った市場で、私はこんな素晴らしい出会いに巡り会えたのだ。
中国にはさまざまな配達アプリがあり、もちろん野菜もアプリ上で買うことができる。しかし、わざわざ市場まで足を運び、お店の人と話すことで、新鮮な野菜を買うと同時にたくさんの喜びや幸せを手に入れられるのだと、私は中国に来て気がついた。いつかまたおばちゃんのQRコードを読める日まで、私は日本でも中国語の勉強を続けようと思っている。
■原題:市場のおばちゃん
■執筆者プロフィール:若林実里(わかばやしみさと)大学生
2005年福岡県生まれ。父の仕事の都合で東京都、マレーシアで幼少期を過ごす。その後父の中国転勤に伴い、高校は中国上海の現地校国際部へ進学。3年間、コロナウイルスの影響を受けつつも、友達や先生方に助けられながら楽しい中国生活を送った。現在はこれまでの言語を学ぶことの楽しさを子どもたちに伝えたいという思いから、北海道教育大学教育学部へ進学。北海道という地で、新たな生活をスタートさせている。
※本文は、第7回忘れられない中国滞在エピソード「中国で人生初のご近所付合い」(段躍中編、日本僑報社、2024年)より転載したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。











