「戦狼外交」と呼ばれる中国外交官の強硬姿勢と発言は、今や日常的な光景となっている。世界的な広がりを持つが、日中関係が対立局面にある中、日本はその矢面に立っている。
米調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、日本で中国に「好印象を持たない」と答えた人の割合は86%に達している(2025年7月)。日本だけではなく、同調査で、米国では77%。韓国は80%、オーストラリアは76%、スウェーデンは79%だ。いずれの国も中国との経済関係は深く、多くの国民は対中関係の重要性を理解していると思われる。その上で、この調査結果は中国への感情的な違和感を示すものだろう。
筆者は戦狼外交の現場での「実績」を見てきた。米連邦下院議員のスタッフに聞いた話だが、下院で中国を批判する決議の扱いを検討していた際、議会カフェテリアで下院議員数人がたまたま中国外務省当局者の会見をテレビで見ていた。
このように戦狼外交は、中国の対外的なイメージを高め、国益を増進しているようには見えない。だが、中国外交官の立場に立てば事情は全く異なる。彼らは相手国との関係改善を第一目標に置いているわけではないからだ。中国外務省の記者会見録は、中国語でも同省のホームページにアップされるが、その主な読者は中国市民だ。中国政府に不都合な部分は削除される。西側諸国に柔軟な姿勢を見せれば「カルシウムが足りないのではないか(中国で気骨がない、という意味)」とネットでたちまち批判される。外交官の目は外でなく国内に向いている。
また、外交官の評価はいかに相手国との関係改善に寄与したか、という観点からではなく、人事権を持つ共産党中央の方針にどれだけ沿っているか、という点に左右される。これは、一党独裁の政治体制下にある中では当然だろう。仮に党中央が対日非難の姿勢を決めれば、外交官は競い合うように日本批判を先鋭化させる。「首を斬ってやる」発言はその最たるものだ。純粋な外交的利益では「損」であっても一官僚の行動としては「得」になる。
中国政府の中で外務省の地位が西側諸国と比べて高くないことも戦狼外交の背景にあるとみられる。中国リーダー層を追いかける担務にあった中国国営メディアの記者に聞いたが、リーダー取材での外交部長(外相)の優先順位は「40~50番目くらいかな」ということだった。優先トップの対象は当然、総書記(現在なら習近平国家主席)で、その次に政治局常務委員(7人)、政治局員(24人)と続く。日本など西側諸国で外相は政権のナンバー2や3の有力閣僚であるのと対照的だ。外交官で最高の出世は外交担当の国務委員兼共産党政治局員とされてきた(現在の王毅外相は政治局員兼務)。外相がトップ指導層の政治局常務委員に手が届くことはない。
日本人外交官からは、中国外交官について「彼らはマンデート(権限)がないから」とよく聞いた。
戦狼外交はいつから始まったのだろうか。言葉の元になったとされる中国映画「戦狼 ウルフ・オブ・ウォー」の公開は2017年だが、強気の外交が本格化したのは2010年代初め以降だ。2001年の世界貿易機関(WTO)加盟で中国経済は急成長し、2010年の国内総生産(GDP)は日本を抜いて、米国に次ぐ世界第2位の経済大国に躍り出ていた。それまでは、トウ小平氏以来の国際協調路線である「韜光養晦」(とうこうようかい=能ある鷹は爪を隠す)や「平和的台頭」といった西側との協調路線を保っていたが、10年代以降はその姿勢が大きく変わっていく。
振り返れば、中国は一時期、戦狼外交から遠い位置にいた。1955年4月、周恩来首相はバンドン会議(アジア・アフリカ会議)で「平和五原則」を掲げ、対話と協調路線を打ち出した。周首相の哲人風の物腰も手伝って、中国外交の柔軟で温和なイメージを印象付けた。
変化を象徴する出来事は、2011年7月、当時の中国の楊潔篪(よう・けつち)外相が東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)で行った発言だ。「中国は大国だ。
楊外相発言の翌年、2012年1月に外務省報道局長に秦剛氏が就任した。秦氏は後に駐米大使、外相を歴任するが、報道局長とそれ以前の副局長時代に、日本や米国に対して歯に衣着せぬ「強硬」発言を繰り返した。その点が党中央に評価され、後の出世につながったとされる(秦氏はその後失脚した。本人は明るい性格で、外国人記者にも気軽に声をかけ雑談に応じてくれる好人物だった)。
当時はまだ「戦狼外交」という言葉は普及していなかったが、秦氏のその後の異例の出世を見て、後輩外交官たちは対外強硬姿勢を手本として学んだのかもしれない。そのころから、外交官に限らず当局者の対外強硬発言が中国のメディア空間の中で目立つようになった。中国軍と関係が深いシンクタンク、中国軍事科学学会の羅援(ら・えん)副秘書長(元少将)は2014年1月「中国と日本が開戦すれば、中国のミサイルで日本は火の海になる」と述べている(「日本を火の海に」と言う発言は、その後も中国官僚らが繰り返している)。
戦狼外交に何より大きく影響したのは、2012年に習近平氏が共産党総書記に就任したことだろう。習氏はトウ小平氏以来の韜光養晦といった西側との協調路線は捨て、民族主義的な「中華民族の偉大な復興」というスローガンを打ち出した。
中国の戦狼外交は、米国や準同盟国のロシアなどを除く、世界各国が対象となり得る。これに過剰に反応しても、相手が態度を変える可能性は低く、事態の悪化を招くだけだろう。結局は、冷静沈着に相手に向き合い、声高な非難に対しては、証拠に基づいて粘り強く対応していく「戦略的忍耐」の姿勢で臨むほかはない。中国外交官自身が好んで持ち出す言葉が「和則両利、闘則倶傷(和すれば共に利し、争えば共に傷つく)」だ。











