The 1975のフロントマン、マシュー・ヒーリーが、80年代への愛、好きな人物、2016年という時代にロックスターであることの意味などを徒然に語ってくれた。

ある火曜日の午後にロンドンから電話をかけてきたThe 1975のマシュー・ヒーリーは、犬の散歩、歌のレッスン、弟とのくつろぎタイム、バンドのメンバーとワールドツアーのリハーサルといった具合に、彼ならではの休日を楽しんでいた。
The 1975は、2013年に予期せぬヒットを記録した、ドラッグとセックスについての告白曲が詰まったセルフタイトル作をリリースした後から、ほぼノンストップでツアーを行ってきた。そして、『The 1975』に続くアルバムとして2016年にリリースされた『君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。』は、全米アルバムチャートで1位を制覇した。The 1975の結成は14年前に遡ることができるが、彼らの音楽が初めて世にリリースされたのは、それから10年の年月が経ち、幸いにも彼らがエモを卒業してからのことだった。「13歳から24歳まで、僕たちは毎日一緒に過ごしてた」。こうマシューは言う。「本当の兄弟よりも多くの時間をね。バンドは、僕たちのグループの核になったんだ。人が僕たちに共感するのは、僕たちが真のバンドで真の友達だからなんだ」

─あなたの両親は、イングランドで有名なテレビタレントですよね。そのことは、マイナスに作用しましたか?多くの人が、音楽ビジネスにおいて、ものすごく有利に働いたと考えたでしょ?

そのことについては、かなり早い段階で乗り越えなきゃいけなかったんだよね。そうじゃなかったら、僕のエゴにすごくダメージを与えただろうから。
人の信頼性をその人の両親がどんな人かってことだけで判断するなんて、できっこないんだ。もし、昼間のテレビ番組に両親が出演している人が、ナンバーワン・アルバムへの鍵を握ってるっていうなら、僕、そのことについて本を書いて大富豪になるよ。ありがたいことに、アメリカでは全く違う状況でね。そっちだと、僕は有名だけど母親はそうじゃないから、滞在するのが楽しいんだ。

─フィル・コリンズなど、評論家ウケが良くない80年代のアーティストを称賛していますね。

フィル・コリンズが大好きなんだ。僕たちは自分たちのアルバムについて語る時、いつも80年代の話をするんだ。ポップは自己認識と皮肉、それからダサいことへの恐れからそれほど邪魔されてなかったんだよね。僕たちは常にその時代から影響を受けようとしてるんだ。

─ここ3年、アメリカで過ごす時間が多いですよね。想像上のアメリカと比べて、どうでしたか?

全て想像通りだったけど、ベーコンの量は想像以上だった。シカゴのフード・フェスティバルで、クリスピー・クリーム・ドーナッツ2つで砂糖漬けベーコンを挟んだハンバーガーを食べたんだ。
薬でハイになってる16歳だったら、美味しく感じるかもしれないけど、僕は一口で無理だったね。

─大麻はアメリカの方が良いですか?

カリフォルニアのクシュはやばい。アメリカの大麻の方が良いってことは、ずっと知ってたけど、どれだけ良いかってことは知らなくてね。ナグは漫画かってくらい、本当にデカい。

─ドラッグの中で、試した瞬間に恐ろしい間違いだって気付いたものはありますか?

ケタミンがそうだね。悪夢だったよ。ウォッカをボトル3本飲んだ気分だった。

─グーグルであなたの名前を検索すると、テイラー・スウィフトのストーリーが出てくるのですが、会ったのは一度だけで、テイラーが1975のTシャツを着てただけとか?

あるインタヴューで、付き合ってないって言ったんだけど、ペレス・ヒルトン(※アメリカのゴシップ・ブロガー)みたいな最悪なヤツが、文脈を無視して僕がまるでディスってたみたいな言葉に変えて使ったんだ。彼女はライヴに来てくれたんだけど、バラク・オバマが登場したみたいな感じだった。この世界で、そういう反応を引き出せる人なんて他には知らないよ。ひょっとしたら、カニエがそうかもしれないけど、でも彼でさえそんなことはできない。今、2人の世間のイメージが一緒だっていうから、変だよね。


─ナンバーワン・アルバムを獲得したロックバンドのフロントマンとして、ジーン・シモンズなど「ロックは死んだ」という人をどう思いますか?

自己認識なしのロックスターの時代は死んでる。何からも切り抜けれて、そのことを称賛される時代は死んでる。インターネットのおかげで、みんなが他のみんなの正体を見破ることができるでしょ。誰があのジム・モリソンだって、出ていくことができる?世界はそんなことを許さないから、(スターダムは)謙虚さと自己認識、僕の場合は不器用さを少し取り入れる必要があるんだ。

─ソロ・アルバムをいつか出すと思いますか?

思わない。メンバーが僕の邪魔をしてるとかそういうのじゃなくてね。新しい創造力の表現方法が欲しい時に、そういうことが起きるんだと思うんだ。僕は、ただ違うサウンドの1975のアルバムを作るよ。

─上半身裸でのパフォーマンスが好きなようですが、どのようにシャツを着るか着ないかを決めているのでしょうか?

現実的なことなんだ。ほら、ライヴ中はかなり暑くなるけど、ツアーバス生活の間に服が全部汗まみれってのは嫌でしょ。有名になってきた今は、ライヴの後に服をドライクリーニングできるんだけどね。

─サタデー・ナイト・ライブでは、上半身裸でやることを選択しましたね。


あの夜は特に反抗的になりたかったんだ。自分では、皮肉屋で破壊的だと思ってたけど、カンザスのみんなは、僕が正真正銘のバカ野郎だと思ったみたいなんだ。
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