人気アニメ『スポンジ・ボブ』の生みの親、ステファン・ヒーレンバーグがアメリカ現地時間26日に亡くなったとヴァラエティ誌が報じた。約1年前、ヒーレンバーグはALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断され、その後闘病を続けていた。


ヒーレンバーグがALSと診断されたのは去年のことだった。『スポンジ・ボブ』を放映しているニコロデオンの声明では、「スティーヴが描く『スポンジ・ボブ』には独特のユーモアと無邪気さがあり、何世代にも渡って世界中の子どもたちと家族を楽しませてきた。彼が生み出したオリジナリティ溢れるキャラクターたちと、彼らが住む海底都市ビキニタウンは、どんな状況でも楽観すること、友情を大切にすること、そして想像力の無限のパワーの象徴として、今後も長く愛され続けることだろう」と記されている。

ニコロデオンでスポンジ・ボブが初放映されたのが1991年5月1日で、子どものみならず大人の心も掴む独特のユーモアセンスが人気を博し、あっという間に同局を代表する番組となった。それ以来放映されたエピソードの数はおおよそ250話に上り、映画、コミックブック、ビデオゲーム、テーマパークのアトラクションと、スポンジ・ボブとキャラクターたちの活躍の場がどんどん広がり、ブロードウェイで公開されたミュージカルではトニー賞を受賞するまでに至った。そして何よりも、インターネット・ミームの無限の泉であるスポンジ・ボブに、熱狂的なファンたちがネタを繰り返し提供し続けている。

ヒーレンバーグが誕生したのはオクラホマ州だが、育ったのはカリフォルニア州アナハイムで、子どもの頃から海に魅了され、海洋学者ジャック・クストーの映画に夢中だった。海洋資源に特化した天然資源計画の学位を取得してカレッジを卒業。カレッジ時代のヒーレンバーグはアーティストとしての才能も開花させ、その後何年間も自作のイラストとストーリーを使って海洋生物学の授業を行っていた。その頃に学習用コミックブック『The Intertidal Zone(原題)』を制作しており、このコミックにはスポンジ・ボブの原型とも言える「ボブ・ザ・スポンジ」というキャラクターが登場している。

1980年代後半になって、ヒーレンバーグはアニメーション制作の道に進むために教職を離れた。1992年に制作した短編アニメ『Wormholes(原題)』はオタワ国際アニメーション・フェスティバルで「ベスト・アニメ・コンセプト賞」を受賞している。
その後、ヒーレンバーグはニコロデオンのアニメ『ロッコーのモダンライフ』のディレクターとライターを長年務めた。このとき、『ロッコーのモダンライフ』を一緒に作っていたライターの一人がヒーレンバーグの『The Intertidal Zone』を読み、これを元にオリジナルのアニメ番組を制作するように強く勧めたのである。

2009年のワシントン・ポスト紙のインタビューで、スポンジ・ボブの喜劇的要素をもたらしたものをヒーレンバーグはこう説明していた。「たぶんローレル&ハーディ(※日本では「極楽コンビ」の名称で親しまれていた)のコントが大好きなせいだと思う。あの間抜けな仲良しコンビという設定からかなり影響されているからね。スポンジ・ボブは無邪気そのもので、間抜けでもバカでもない。それにスポンジ・ボブはパトリックがちょっとバカっぽいとは思っていても、正真正銘のバカだとは思っていないんだ。そして、無邪気とバカの最強コンビがとんでもない状況を繰り広げるわけだ。ここにユーモアが生まれる素地があるってことだよ」と。
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