「ピーターは自分の身体を醜いと思い込む精神障害を患っていて、僕の知り合いの中でも一番重症だった」と、ウォルトマンがローリングストーン誌に語った。「長年、彼がシリコン注入をしたがるたびに阻止したのが僕だった。彼はメキシコで施術したがった。というのも、自分でシリコンを注入できるほどの度胸はなかったし、彼自身、自分でするつもりは一切なかったと思う」と。
しかし結局、ウォルトマンは白旗をあげ、2017年初頭にドヴァックはカリフォルニアに行き、最初のシリコン注入を受けた。そして同年11月、ドヴァックは他界した。
4年前、全米整形外医師協会(American Society of Plastic Surgeons)はトランスジェンダー・コミュニティで広がり始めた憂慮すべきトレンドを確認した。そのトレンドとは、身体に丸みをつけるために体内に非合法なシリコンを注入するというものだった。
通称「パンピング」と呼ばれるのだが、これがゲイ男性の陰茎のサイズアップに使用され始めたことにより(使用した人は「ゲイナー」と呼ばれる)、危険なトレンドと懸念されるようになった。違法な施術を受ける場合、注入されるシリコンが不純物である危険性が高い。ここ1年間でドヴァックを含むネット上で有名だったゲイナー2人が死亡したことを受けて、ゲイ・コミュニティはこの施術の実態を明らかにしようと人々に呼びかけている。
トランスジェンダー女性の間では、完璧なボディを作るためのシリコン注入はよく知られた手法で、シリコンは丸みを帯びた尻、厚い太もも、豊かな胸を作る材料なのだ。
施術リスクとなる危険性の原因は注入されるシリコンにある。実際に、施術される患者は自分の身体に注入されるシリコンの中身を知らないことがほとんどだ。フロリダ在住の女性のケースでは、タイヤ用シーラント(シーリング剤)とセメントが顔面に注入されていた。
健康の専門家は、この合成剤は「シリコン」とすら呼べないと言う。
「ここにやってきた患者がシリコンだと言っても、彼らはそれが本物のシリコンだと思っているだけで、実際は何でもありだ」と、ニューヨーク市内にあるLGBTQに特化したヘルスセンターのキャレン=ロードで研究と教育を担当する専務理事アサ・ラディックスが言い、注入された”シリコン”の中身が急硬セメントやピーナッツバターという患者が実際にいたと教えてくれた。「自分の肉体を変えたい人は、そのために出来ることを何でも試すから」と。
最近では、トランスジェンダーに対する良質のケアが広がるにつれて、このトレンドが徐々に廃れ始めているようだ。ラディックスによると、少なくともニューヨーク在住の女性たちの間では減少傾向にあるらしい。しかしその一方で、肉体改造を求める男性たちのトレンドとして台頭してきている。
彼らのコミュニティはオンライン上で活発で、特にTumblrでは身体の大きさと巨根を理想とうたうブログが花盛りだ。
ストレート男性と比べると、ゲイ男性は自分の体重や外見に重きを置く傾向がことさら強い。さらに、ゲイ男性は摂食障害や身体醜形障害を患いやすく、結果として貧弱な自己像を抱くことになる。
「Grommr」という出会い系アプリの登場によってゲイナー・コミュニティの人気が高まる以前は、ゲイ男性が男性自身も含む身体の大きさを誇示でき、それが称賛される場所はほとんどなかった。しかし、このGrommrというサイトは、「大きいことは良いことだと信じる男性、子どもの頃にシャツの下にクッションを入れていた男性、スーパーで偶然見かけた太鼓腹の男性をじっと見てしまう男性のためのサイト」という位置づけがなされたのである。
ドヴァックが自分の身体の大きさに対する安堵を感じたのがこのサイトだ。そして、どんどん大きくなる肉体を好むネット上のファンを獲得したのもここである。ドヴァックの肉体の巨大化をパートナーだったウォルトマンは「怪物化」と呼んだ。
「彼が摂取するステロイドの量が増えたので、当然、彼の身体は大きく強靭になったが、彼がその状態に満足することは絶対になかった」とウォルトマン。そして、「ジムを出ると彼の気分は最悪で、思い通りに大きくなれないともがいていた。だから、僕はある時点で身体を鍛えることを止めて、彼が実際に大きくなっていることを自覚してもらおうとした」と続けた。
ウォルトマンやその他の関係者の話によると、ドヴァックはオンラインである人物に連絡を取って知り合った。それはディラン・ハファーテペンというオンラインで人気のあったゲイナーで、ドヴァックは彼から不法な施術を行う場所を教えてもらったのである。ただ、ドヴァックが向かった先は闇クリニックでも医師でもなかった。
「その男は工場で使用するレベルのシリコンを取り引きする非合法マーケットに知り合いがいるってだけだった」
これはよくあることだ。
「違法というだけでなく、明らかに安全性に問題があり、施術者も免許を持った医師ではないし、当然、外科手術を行える認可も受けていない」と、全米整形外科医師協会の前会長マルコム・ロス医師が、ナショナル・パブリック・ラジオ出演時にトランスジェンダーのパンピング・パーティに関してたずねられて、こう答えたのだった。
肉体に注入されたシリコンは血管を通って肺に入り、これが死を引き起こす原因となり得る。
シリコン注入が原因の死者には、2017年11月に死亡したドヴァック、臀部に複数回注入したマイアミのトランスジェンダー女性(この女性に混合剤を注入したオニール・ロン・スミスは医師免許を持たずに施術した罪で禁錮10年を言い渡された)、そして今年10月に死亡したTumblrのゲイセレブ、タンク・ハファーテペンがいる。このハファーテペンはドヴァックがオンラインでアドバイスを求めたゲイナーで、シリコン注入症が一因の肺出血で死亡したと、ローリングストーン誌が入手した彼の死亡診断書に記載されていた。
「僕もタンクに自分でやりたいと相談した」と、ハファーテペンの友人ドミニク・スライックが教えてくれた。「でも、それが死に至る行為だと誰も教えてくれなかった。知ったのは実際に死人が出てからで、そのあとにタンク自身がシリコン注入が原因で死んだ」と。
ゲイナーとフェティッシュが集まるオンライン世界では、性的な羞恥心を消すために肉体にシリコンを注入した場合に生じる問題点を、正直に話し合うべきだとする人々と、分かっていてもそうしたくないという人々に分かれている状態が続いている。
「この投稿の目的はみんなを辱めたり、困惑させることではない。僕の目的は非常にシンプルだ。大量のシリコン注入が死を招くことを男性たちに気付いてほしい。施術中や注入直後も危険だが、一度注入するとその後決して止まらない時限爆弾を抱えることになる」と、あるTumblrブロガーはハファーテペンが死亡した後に投稿した。「これは悲劇だし、無分別だし、最悪だ。自分の望みの容姿にしたいだけなのに、それで死ぬなんて馬鹿げている」と。
ゲイ男性がシリコン注入を行うというこの危険なトレンドを受けて、医師や研究者の考え方に変化が起こった。前出のラディックスは「これからはここにやってくる男性患者には、問診でシリコン注入を確認すべき必要性が出てくるかもしれない。患者自ら話す前に聞くべきだろう」と言う。
しかし、ドヴァックにとって、シリコン注入のリスクは、大きな身体を求める気持ちに比べたら大した問題でもはなかった。
4度目の注入後、彼は呼吸器官に不調をきたして病院へ搬送され、到着後すぐに医師の判断のもと医療的昏睡状態に置かれた。
「火曜日の夕方、彼の酸素レベルが下がっていく様子を見ていた。彼の肺は両方ともひどい炎症を起こしていて、ほぼ使い物にならない状態だった」と、ウォルトマンが言い、ドヴァックの生命維持装置が外されて心臓が止まるまで90秒だったことを教えてくれた。
「彼を抱きしめたら、とても冷たく、まったく動かなかった」とウォルトマン。「どこかで(シリコン注入症の患者の)98パーセントは1カ月もすれば回復すると読んだことがある。不幸なことに、僕のパートナーはそうじゃない2パーセントだったってことだ」と。