これはパニック!アット・ザ・ディスコのブレンドン・ユーリーとのデュエット曲で、ミュージック・ビデオには目まぐるしいほど多くの要素が盛り込まれている。パステルカラー、虹、フランス語のセリフ、壁にかかった額入りのディキシー・チックスの写真、コラース部分の足元で存在感を放つゴーゴーブーツ。
古めかしいのにポップで陽気、インタールードがしゃべり言葉で(「hey kids, spelling is fun!(子どもたち、スペリングは楽しいよ!の意)」)、仲間内でしか通じない冗談満載……なミュージック・ビデオは、これこそがスウィフトの「先行シングル」というカードの標準仕様である。
ただ、スウィフトの新作において最初のシングルはアルバムの一つの側面しか示していない、ということを忘れてはいけない。アルバム『スピーク・ナウ』のシングル「イノセント」(2010年のMTVビデオ・ミュージック・アワードで初公開)、『レッド』の「私たちは絶対に絶対にヨリを戻したりしない」、『1989』の「シェイク・イット・オフ~気にしてなんかいられないっ!!」、『レピュテーション』の「ルック・ホワット・ユー・メイド・ミー・ドゥ~私にこんなマネ、させるなんて」に共通していることは、全曲とも収録されているアルバムの音楽とはかけ離れている点だ。どのシングルもスウィフトのパブリック・イメージをメインテーマにしている。つまりスウィフト個人ではなく、セレブとしての彼女を描いているわけだ。
その中でも「ルック・ホワット・ユー・メイド・ミー・ドゥ~私にこんなマネ、させるなんて」を見てみよう。このシングルを聴いた誰もが、『レピュテーション』は全曲セレブの陰の側面を描いた楽曲になるだろうと予想した。しかし実際は収録曲15曲中2曲だけ。その他はまったく違うタイプの曲だった。
議論の余地はあるかもしれないが、ファンの目をくらますという点でこのシングルは効果を発揮したと言える。
一方、今回のシングル「ME!」はかなり陽気なイメージだが、「I know that I went psycho on the phone(「電話でキレたって知ってるわ」の意)」のようにスウィフト自身のイメージをからかうような部分もある。
彼女が「先行シングルの出し方のお手本」としているのがアルバム『スリラー』なのは明らかだろう。1982年にマイケル・ジャクソンがアルバム『スリラー』のリリース準備をしていたとき、彼が先行リリースしたのが「ガール・イズ・マイン」だった。これを聴いて、『スリラー』にはありきたりなバラッド曲が収録されていると世間は思った。事実、この曲をデュエットしたポール・マッカートニーですら困惑して、「この曲は底が浅い」と言ったと認めた(そんなマッカートニーも1972年にソロとしてシングル「メアリーの子羊/Mary Had a Little Lamb」をリリースしている)。
このような下地があったせいで「ビリー・ジーン」がリリースされたときに世界中が度肝を抜かれた。マイケル・ジャクソンが張った「ガール・イズ・マイン」という煙幕の後ろに「ビリー・ジーン」が隠れているなど、誰ひとり思いもよらなかったのである。そして、これこそがジャクソンが意図したことだった。スウィフトもこれと同じ効果を狙っているはずだ。
スウィフトの先行シングルには必ず「しゃべり言葉」が登場する。今回の新曲に出てくる「Spelling is fun」は「I mean, this is ex-HAUS-ting(ねえ、これってめちゃ疲れるんだけどの意)」、「the old Taylor cant come to the phone right now(現在、昔のテイラーは電話にでることができませんの意)」、「the fella over there with hella cool hair(あっちにいるかなりクールなヘアの男の意)」などのテイラー的しゃべり言葉の流れを汲んでいる。
スウィフトの新曲が公開された翌朝はいつも大騒ぎになる。これまでの彼女の「先行シングル」同様、「ME!」も示唆がてんこ盛りだ。スウィフトだからこそ、念入りに計画された戦略に基づいてリリースされるアルバムを人々は楽しめる。そういう戦略までも自身のアート面の進化に組み込んだポップスターは未だかつていない。