ここ2年間でストリーミングの世界に「偽アーティストたち」が続々と出現している。この状況に苦情を呈してきた大手レコード会社のソニーは、”潰せないなら手を結べ”手法に出たのか、独自の新サービスを開始した。


「お前らは一度も騙されたと思ったことはないか?」

これはジョニー・ロットンの言葉だ。1978年、サンフランシスコのウィンターランド・ボールルームで行われたセックス・ピストルズのさよならライブでロットンが観客に向かって言い放ち、それ以来語り草になっている言葉でもある。多くのファンが純粋なパンク・アイコンと信じているセックス・ピストルズだが、実は最初から巧妙な策略を練っていたかもしれないぞと、ロットンはこの発言で仄めかしている。

2019年の音楽業界は猛スピードでストリーミングへと移行しており、かつてロットンが発したピストルズへの好戦的な別れの挨拶は、音楽業界の未来を予言したわけでもなかっただろうが、それ以降の音楽業界のビジネスモデルとなってきた。2年前の夏、ミュージック・ビジネス・ワールドワイド(MBW)はSpotifyに登場した「偽アーティスト」についてのレポートを掲載し、世界中の音楽関係者を震撼させた。架空と思しきアーティスト50組を掲載したこの暴露記事では、これらの架空アーティストこそがSpotifyのコスト削減に貢献する中心的な役割を担っている可能性が高いと述べた。

これら偽アーティストたちには疑わしい要素が多数あった。彼らがアップロードしている楽曲数は片手で足りる。さらに、全アーティストが、ディープ・フォーカス、スリープ、ピースフル・ピアノなどの、何百万人というフォロワーがいるSpotify作成の「ムード」系や「アクティヴィティ」系プレイリストの上位曲として広く普及していた。ところが、このアーティストたちはSpotify以外での露出がまったくない。つまり、ソーシャルメディア履歴が皆無で、他の音楽サービスで検索しても彼らの名前は一切出てこない(彼らの音楽ファンが彼らの楽曲をSpotifyから略奪してYouTubeにアップロードしているケースは稀に存在する)。

スウェーデンの制作会社エピデミック・サウンドと契約しているコンポーザーが(偽名を使うなど)「偽の」名義で音楽を提供しているのではないか、という当時の仮説は、のちに検証を経て事実と証明された。
また、これはまだ憶測の粋を出ないが、Spotifyは同じプレイリストの上位を得ようと競い合っている「実在の」アーティストよりも低い印税をこれらの偽アーティストに支払っていると、メジャー・レーベルの間では囁かれている。

その理由は、Spotifyの印税計算は按分ベースに起因する。以前ローリングストーン誌上で説明したが、「按分」とは、企業が提供するプラットフォームでのストリーミング全体に占めるアーティストごとのストリーミング割合で、プラットフォーム上で企業が得た全収益を割るという計算方法だ。ここで注目すべき点は以下のことだ。「偽アーティスト」に支払われる印税金額が契約書を交わしている「実在アーティスト」よりも低いと仮定すると、これらの楽曲を意図的にプレイリストに含むことでSpotifyは偽アーティストの楽曲を毎月一定の割合でストリーミング総数に加算することが可能だ。すると最終的にはSpotifyが支払う印税額が低く抑えられて、Spotifyが利益を得ることになる。以前ヴァラエティ誌に掲載された元Spotify関係者の発言に、Spotifyが意図的に行っている企業戦略がこれだと書かれていた。つまり「メジャーレーベルへ支払う印税額を抑えることが内部の戦略だ」と。

MBW記事が発表されると、Spotifyの経済活動における「偽アーティスト」の重要性を否定する人が出てきた。彼らは「これらのアーティストのストリーミング総数はSpotifyの純利益に重大な影響を与えるほど大きくない」と断言した。Spotifyプラットフォームに存在する代表格として、2017年にMBWが公表した「偽アーティスト」50組の再生回数の総数は、当時でも約5億2000万回だったというのに。

その後どうなったかというと、最初のリポートから約2年を経た現在、例の「偽アーティスト」50組の人気は上昇しており、現在までの再生回数の総数は28億5000万回となっている。
下記の10アーティストのSpotifyでの累積再生回数は合計10億回を上回っている(約12億2000万回)。

・Ana Olgica:再生回数1億5400万回、月間リスナー152万人
・Charles Bolt:再生回数1億4300万回、月間リスナー185万人
・Samuel Lindon:再生回数1億4500万回、月間リスナー155万人
・Aaron Lansing:再生回数1億2100万回、月間リスナー162万人
・Enno Aare:再生回数1億2000万回、月間リスナー115万人
・Piotr Miteska:再生回数1億1500万回、月間リスナー147万人
・They Dream By Day:再生回数1億800万回、月間リスナー124万人
・Lo Mimieux:再生回数1億700万回、月間リスナー128万人
・Karin Borg:再生回数1億400万回、月間リスナー98万7000人
・Jozef Gatysik:再生回数9880万回、月間リスナー96万6000人

上記の数字は実際の総数よりも低くなっている。アーティストごとに上位10曲のストリーミングデータしか表示しないSpotifyの一般的なアーティスト・インフォメーションから得たデータであるためだ(ちなみに上記のアーティストがSpotifyで公開している楽曲は押し並べて6曲以下である)。ここで忘れないでほしい重大な点は、上記の異なる名義で公表されている楽曲がすべて一人の人間によって作られ、演奏されている可能性だ。その意味において、この「偽アーティスト」人気の非道さは、Spotifyでストリーミングしている全曲の累積再生回数が12億2000万回を下回る、実在の人気アーティストがビヨンセ、ジョン・レジェンド、ワン・ダイレクション、チャイルディッシュ・ガンビーノ、ロード、マーク・ミルという事実でご理解いただけるであろう。

「偽アーティスト」10組によって獲得したストリーミング回数がSpotifyにどれだけ有利かというと、出版印税を別にして、Spotifyが音楽録音物の著作権所有者に支払うストリーミング1回の金額は約4セント(4/100ドル)というのが業界の推定標準だ。そして、このレートで12億2000万回の支払額を計算すると、アーティストが実在する場合、Spotifyは本来ならばレコード・レーベルとアーティストに合計約490万ドル(約5億円)を支払うことになる。

Spotifyの「偽アーティスト」の深刻さは、収益金額だけに留まらない。少し前に報告された通り、Spotifyは主要著作権所有企業3社(つまりユニバーサル、ソニー、ワーナー)と2019年中にグローバル契約を再交渉する。Spotifyは自社作成の「ムード」系や「アクティヴィティ」系プレイリストからメジャーレーベル所属アーティストを排除する計画で、彼らよりも安い「偽アーティスト」に切り替えるつもりでいるという情報が流れており、これが交渉段階でメジャー・レーベルに大きな影響を与えることは想像に難くない。

面白いことに、ここ2年間「偽アーティスト」の存在を訴えてきた大手レコード会社各社は、ここにきて「潰せないなら手を結べ」戦略に方針転換する可能性が出てきた。プレイリスト作成のエキスパート、キエロン・ドノヒューが少し前に「ソニー・ミュージックが怪しげな『ムード』系プレイリストをSpotifyとApple Musicでストリーミング開始した」と指摘している。
このプレイリストは「スリープ&マインドフルネス・サンダーストーム」で、ソニーのFiltrブランドとして公開された。Spotifyの「スリープ&マインドフルネス・サンダーストーム」プレイリストには990曲以上の楽曲が含まれており、合計18時間以上のオーディオで、1分間隔で切り刻まれた一連の嵐の音をつなげたものがメインコンテンツだ。

このプレイリストのほとんどの楽曲のクレジットに登場するのが「スリーピー・ジョン」で、これはエピデミック・サウンドと同類の制作会社イエロートーンと契約しているコンポーザーのデヴィッド・タラディということが明らかになっている。Spotifyのスリーピー・ジョンのプロフィールを見てみると、再生回数の多いトップ10曲(その実は「曲」ではなくて単なる録音物で、雨音を加工した音だ)は、公開当日に400万回再生されている(これに対してSpotifyも、ソニー・ミュージックも、エピデミック・サウンドもコメントを拒否した)。

デジタル・マーケティング会社モーティヴ・アンノウンの創業者ダレン・ヘミングスは、ソニーの「スリープ&マインドフルネス・サンダーストーム」手法を検証しながら、これでソニーがそこそこの収益を得られるという結論に到達する過程で、オンラインで「スリーピー・ジョン」の本当の姿を見つけた。まず押さえておくべき点は、Spotifyにしろ、Apple Musicにしろ、音楽配信サービス会社は、どの楽曲であれ、その尺(時間的な長さ)にかかわらず、リスナーが30秒以上聞いた楽曲に対して1曲分の使用料を払う。だとすると、嵐の音を1分間隔でぶった切ってそれぞれを1曲とする手法は、金儲けできる最も手軽な手段と言える。加えて、「スリープ&マインドフルネス・サンダーストーム」の楽曲の曲名は、検索エンジン最適化を熟考して決められている。そして、何よりもプレイリスト名自体が長時間の聴取活動を促す仕様になっている(つまり、眠りにつくために聞くということは、リスナーが寝た後もそのままストリーミングされる可能性が高い)。

ヘミングスはソニーのこの戦略に不快感をはっきりと示しつつ、「簡単に説明すると、最大限の収益を得ようと慎重に作られた楽曲が、プレイリスト・ブランドを利用して、あらゆる所でストリーミングされる。それに広告料が加わると、彼らの収益は一気に入れ食い状態になる。みんな、2019年の音楽業界から目を離すんじゃないぞ」と締めている。
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