『アトランタ』1stシーズンに度肝を抜かれ(日本では本国から1年遅れて2017年9月にFOXチャンネルで初放送された)、ドナルド演じるランド・カルリジアンが特別な存在感を放つ『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』のトレイラーが公開されて、『ライオン・キング』の主人公シンバの声を演じることが発表されて(ヒロインを演じるのはビヨンセ)、2018年には『Awaken, My Love!』に続く4作目にしてチャイルディッシュ・ガンビーノ名義での最後のアルバムがリリースされるとの噂が飛び交っていた2017年の終わり。もしかしたらドナルドは、再来年あたりエミー賞、アカデミー賞、グラミー賞を同時期にすべて受賞する史上初のエンターテイナーになるのではないかと興奮せずにはいられなかった。
ちなみに受賞時期がバラバラだったら過去にもそうした万能型エンターテイナーはいて、黒人男性ではジョン・レジェンドがトニー賞まで含めたEGOT受賞者(エミー、グラミー、オスカー、トニーの頭文字を並べてそう称される)だったりするのだが、その集中的な仕事量だけとってみてもどう考えても不可能な、プロデューサー(及び脚本、監督)、主演俳優、ポップスターとして同時期にアメリカのエンターテインメントの頂点に立つという偉業を可能にしてしまうような勢いが、あの時期のドナルドにはあった。
さて、2019年。フタを開けてみれば、『ハン・ソロ』は『スター・ウォーズ』スピンオフ映画の息の根を止めてしまった失敗作と位置付けられ、チャイルディッシュ・ガンビーノとして「最後」の北米ツアーはあったもののニューアルバムのリリースは延期されたまま、『アトランタ』2ndシーズンは相変わらず高評価を受けながらも1stシーズンに続いてのエミー賞受賞は逃し、その一方で単発でリリースした「This Is America」がグラミーで主要2部門(最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞)を含む4部門を制覇してしまった。未来は誰にもわからない。きっと、ドナルド本人にも。
もう時効なので書くが、自分は昨年5月にロンドンで極秘裏に行われた、ドナルドのマネージャーも同席していたチャイルディッシュ・ガンビーノの視聴会に参加した。そこで聴かせてもらったのは、その夏にリリースされた「Summertime Magic」と「Feels Like Summer」のマスタリング前音源の2曲だけ。その時点ではまだ、秋までにはニューアルバムをリリースするつもりですべての物事が進んでいた。
また、そこで耳打ちされたのは、「This Is America」をアルバムに収録するつもりはないということ。思えば、ラップソングとして史上初のグラミー最優秀楽曲賞・最優秀レコード賞受賞曲となった「This Is America」は、基本歌モノのチャイルディッシュ・ガンビーノのディスコグラフィーの中ではかなり異色の曲で、「チャイルディッシュ・ガンビーノ」としての音楽キャリアのラストスパートを前にした打ち上げ花火的な作品だった。そう考えると、今年のグラミー賞でパフォーマンスを断っただけでなく、式典そのものも欠席した理由にも察しがつく。
数か月後にどう変化しているのかわからないが(それが現在のアメリカのポップ・カルチャーのスピード感だ)、あくまでも現時点で、「ラップ曲での史上初のグラミー主要部門受賞者」にしてグーグル社の広告塔まで担うトップスターとなったドナルドの置かれている立場はなかなか微妙だ。例えば、ミーゴスのオフセットは最近になって、昨年サタデー・ナイト・ライブでドナルドが披露したミーゴスのパロディネタに対して「バカにされたように感じた」と不快感を表明している。ミーゴスは『アトランタ』1stシーズンに出演もしていたわけで、その信頼関係もあったからこそネタにしたのだろうが、もしそのような冗談も通じなくなるとしたら、コメディ作家出身のドナルドとしては足場を失うことにもなりかねない。
と書きつつ、実はまったく心配していなかったりもする。アメリカにおいてコメディ作家・コメディアンという仕事はーー特にそれが黒人であった場合ーー最も優れたバランス感覚と卓越した知性がないと成功できないトップジャンルであることは歴史が証明している通り。「This Is America」もドナルドにとってはキツいジョークの一つであったはずだが、シリアスに受け止められすぎてしまった(もちろんそこには真顔のメッセージも込められていたわけだが、それも含めてコメディの力だ)。
むしろドナルドのバランス感覚と知性は「Feels Like Summer」(とそのミュージックビデオ)に顕著だったが、それが「This Is America」の余波の中で中途半端に消費されてしまうという計算違いもあった。でも、きっとドナルドのこと、状況の変化もふまえた目の覚めるように鮮やかな次の一手で、我々をまた驚かせてくれるはずだ。
Edited by The Sign Magazine