6月10日、レディオヘッドは、『OKコンピューター』誕生のプロセスを深く理解できる、トム・ヨーク個人のMDに録音された17時間の音源『Minidiscs [Hacked]』を(止む無く)公式にリリースした。そのタイトルが示すようにMD18枚分のmp3ファイルがインターネットにリークされ、その約1週間後、バンドは音源をバンドキャンプで公開した。
リークの発端はまだ明らかになっていないが、レディオヘッドはハッカーに音源ファイルに対し15万ドルの身代金を要求されていたことを公表している。再販盤『OKコンピューター OKNOTOK 1997 2017』のデラックス・エディションに付属のカセットテープはこのMD音源を短く編集したものである。
当然『Minidiscs [Hacked]』にも収録されているが、この80分のカセットテープにはサウンドを切り貼りしたものやデモ音源、未公開曲、リハーサル音源、実験的な試みを録音したものが収められており、『OKコンピューター』の制作過程を垣間見ることができた。しかし、今回の『Minidiscs [Hacked]』によってすべてが丸裸になった。
17時間におよぶ音源はレディオヘッドの熱狂的なファンにとっても長く感じられるだろう(ほぼ完成形である「アイ・プロミス」は14回も収録されている)。そこで、我々は『Minidiscs [Hacked]』をライトなファンも聞いておくべき30分としてまとめた。
注:今回の記事における曲の時間は、レディオヘッドのものではない音源(6枚目に収められていた15分におよぶジェイムズ・ボンドの曲など)や完全に不要な部分(公式リリースでは51分から18分に短縮された13枚目のMDに収められていた12分の野外録音音源など)を除外したレディオヘッドの公式リリース版の18のファイルを基準とせず、非公式のリーク版を基準としている。また、『OKNOTOK』付属のカセットテープに収録された音源も除外している。
「リフト」(MD125 - 10:00から)
「リフト」は20年以上、『ザ・ベンズ』リリース以降のライブで演奏されることはあってもスタジオ・アルバムやB面曲として収録されることがなかった。「クリープ」以来最高のフックを持った、レディオヘッドのファンが愛してやまない曲であり、『ザ・ベンズ』が持つブリットポップのよさと『OKコンピューター』の大衆受けを狙わず追求したアートが完璧に融合した曲であった。
すばらしさを再現するという意味では、3回分収められている当時の『リフト』のスタジオ音源は今回のMD音源においての至宝と言える。中でも最高なのは、チープな電子音のイントロとストリングスを模倣したシンセと重なり合う高揚感のあるギター、そしてヨークの情熱的なボーカルで録音されたMD125の10:00から始まるひときわ印象深いテイクである。この音源に収録された「リフト」にはバンドキャンプで寄付金として提示されている23ドルの価値、そして身代金の15万ドルの価値が優にあるだろう。
「(Tomorrow Night in Paris)」(非公式タイトル、MD127の最終曲)
過去にリリースされたレディオヘッドの曲の未完成版以外で、今回のリークで最もワクワクさせてくるのはヨークがMDプレーヤーに1人で録音した数々のデモである。その大半はレディオヘッドでもヨークのソロ作品としても使われてはいない。
レディオヘッドは常に自分たちの音楽に対して厳しい監督であり続けてきた。だからこそ、このように無防備で完璧でないヨークの歌と演奏を聞くことができることは魅力的であり、衝撃的であり、天地がひっくり返るようなことなのである。ある意味、このMD音源は、大衆受けを狙っているわけじゃないというカート・コバーンの意図を捉えた『COBAIN: モンタージュ・オブ・ヘック~ザ・ホーム・レコーディングス』と同じような、生々しいのぞき見的な体験をさせてくれるものなのである。
ヨークはよく思いついたばかりの曲のアイデアやリフを適当な歌詞を歌って録音しているので、こういった1人で録ったデモ音源の大半は大して重要なものではない(デモに録ったアイデアの大半が使われなかったのにはおそらく理由があるだろう)。しかし、レディオヘッドの公式リリース音源にすっと入ってもおかしくない完成したデモも数曲ある。中でも際立っているのが「ザ・デイリー・メール」や「ラスト・フラワーズ」(後者は次に紹介する)にも似た洗練されたピアノ・バラードのファンが「Tomorrow Night in Paris」と呼ぶMD127の最後の曲だ。
「ラスト・フラワーズ」(MD117 – 2:30、MD119 – 17:00、MD120 – 0:00)
アコースティック・バージョンの「パロ・アルト」やひっきりなしに手を加え続けていた「トゥルー・ラヴ・ウェイツ」のほぼ完璧なインスト・バージョン、いろいろと”歴史”がある「イグジット・ミュージック」など、18枚のMDに収録された際立った再編バージョンの中でも特にすばらしい変貌を遂げているのは複数回収録されている「ラスト・フラワーズ」である。『OKコンピューター』期の曲であるが『イン・レインボウズ』のデラックス・エディションのボーナス・ディスクで初めて完成版としてリリースされている。
『イン・レインボウズ』版ではヨークとピアノだけの曲となった。しかし、このMD版ではバンド演奏によるファンキーなベースラインや激しいファズ、ギター・ソロの途中で初期のタイトル「Last flowers till hospital」と歌うヨーク、そして、ジェームズ・ボンドのテーマ「007は二度死ぬ」に似すぎていると言えなくもないギターのメロディで、曲のより色鮮やかな可能性を示している。
前述の「トゥルー・ラヴ・ウェイツ」のオリジナルのライブ・バージョンがサウンドボード音源としてクリアに録音されており、それもこのMDの特筆すべき部分の1つではあるが、この曲が公式に初めてリリースされたのはEP『アイ・マイト・ビー・ロング』に収録されたアコースティック・バラードとしてであり、その後、形を変えて『ア・ムーン・シェイプト・プール』に余韻を残す最終曲として収録された。願わくは「ラスト・フラワーズ」にも同様の機会が与えられ、その潜在力がフルに発揮されてほしいものである。
「Attention」(MD111 – 4:30)
「Attention」という曲はヨークの4トラック・レコーダーに録音された音源として『OKNOTOK』のカセットテープで初めて世に出た。『Minidiscs [Hacked]』によってバンドがいかにこの曲に”Attention”(注意)を注いでいたのかを感じることができる。完成版のスタジオ音源はリークされていないが、この曲はアコースティックの断片からバンドでのリハーサルまで、今回のMD音源に全部で10回登場している。その中でも、最もすばらしいのは1枚目のMDに収められているポートランドでのサウンドチェック中にフル・バンドで録音されたもので、この完成版が作られることのなかった曲の可能性を示している。
「レット・ダウン」(MD119 – 24:00)
『Minidiscs [Hacked]』は、ボブ・ディランの『ザ・カッティング・エッジ1965-1966:ザ・ブートレッグ・シリーズ Vol.12』やザ・ビーチ・ボーイズの『スマイル』のような膨大な数の曲/テイクを集めた再販盤的な側面を持っており、曲の構想から完成までの過程を聞くことができるすべてのテイクが不規則に収められている。ただこの音源にはレコーディング・スタジオでのテイクが繰り返し録音されているのではなく、レディオヘッドが『OKコンピューター』に収録されることとなる曲を一連のリハーサルの中であれこれ試す過程が記録されている。
MD119の「レット・ダウン」は録音されたリハーサルの中で最も興味深いものである。11分におよぶそのリハーサル音源は、リークされた音源の中で野外録音部分を除くと最長であり、後にファンのお気に入りとなる曲が生み出される瞬間を聞かせてくれる。固まった土台の上で、バンドはジャズ・バンドのようにメンバーがそれぞれ「レット・ダウン」を最終目的地に向かって推し進めている。その実験的試みのいくつかは最終版にも使われ、(当然のことながら)不採用になったものもあるが、この「レット・ダウン」のリハーサルからは普段なかなか見ることができない制作中のレディオヘッドの親密な関係性や一緒に曲作りする様子を感じることができる。
「エアバッグ」(MD124)
この一連のMD音源の3分の1は、1996年にレディオヘッドが『OKコンピューター』に収録されることとなる曲を実際にライブの本番やサウンドチェックで試し、それをサウンドボード音質で録音したものである。アメリカ東部のツアーを通じて録音されたMD124には「エアバッグ」のシンプルなサウンドチェック・バージョンが5回収められており、プロデューサー、ナイジェル・ゴッドリッチが『OKコンピューター』の最終バージョンとして華やかさを加える前のものあるので、その5回のどれもが『ザ・ベンズ』寄りのサウンドとなっている。