それは1955年11月だった。絶望的なまでに生真面目な生徒ばかりが集まった体育館では、ダンスパーティー「エンチャントメント・アンダー・ザ・シー」で生徒たちが陽気にジルバを踊っている。そのステージに登場するのが、チェリーレッド色のギブソンを抱えたマーティ・マクフライという正体不明の転校生。「これはオールディーで」と言ってマーティはとっさに訂正する。「えーっと、これは僕の出身地ではオールディーなんだ」と。その直後、彼は後ろのメンバーを熱烈な「ジョニー・B・グッド」へと導く。これをカバーというのはいささか正確さに欠くだろう。この曲が実際に誕生するのはこの数年後なのだから。会場の高校生たちはわけも分からずに、頭が動き出し、足が動き出し、腰が揺れる。それを見ていた一人の男はこの演奏に心を奪われて、いとこのチャック・ベリーに電話をかけて、彼が探している「新しいサウンドが」これだと、受話器越しに聞かせるのだ。タイムトラベルという奇跡のせいで、マクフライはヒルバレー高校にロックンロールを紹介してしまったのである。
今見ると文化的な問題をはらんだシーンではあるが、これは映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のハイライトシーンだ。
実際問題、1955年にアイク・ターナーとビリー・ヘイリーがすでにロック風の音楽を実験し始めていた事実など、誰が気にするというのだろう。チャック・ベリーでさえも「Maybellene(原題)」という草分け的な楽曲を同年夏にリリースしていた。映画のワンシーンとして、あえて言わせてもらうと、ここには間抜けさとカッコよさが共存する。このシーンを見たベリーがどう思ったのかは定かではないが、ベリーの60歳の誕生会で、彼のバックバンドが映画に登場するマクフライのバンド、スターライターズと同じスーツを着て演奏したことは記しておこう。