小松菜奈、門脇麦がダブル主演を務めた映画『さよならくちびる』。同名主題歌を秦基博、挿入歌2曲をあいみょんが制作したという豪華なコラボレーションも話題の本作だが、映画を基にしたノベライズ本も発売されている。
ローリングストーン誌では、監督・脚本を務めた塩田明彦と、ノベライズを担当した相田冬二の対談を敢行。

映画『さよならくちびる』は、『害虫』や『抱きしめたい -真実の物語-』でメガフォンを取った映画監督、塩田明彦によるオリジナル脚本。ハル(門脇)とレオ(小松)によるフォークデュオ、ハルレオがローディー兼、付き人のシマ(成田凌)と共に「解散ツアー」を行う2週間を描いたロードムービーである。「解散の日」が近づくにつれて、3人の人間関係が微妙に変化していく様子を丁寧に描いており、同名主題歌を手がけた秦基博と、挿入歌2曲を手がけたあいみょんによる素晴らしい音楽が、「本格的な音楽映画」を目指したという本作を骨太のものにしている。

一方ノベライズは、映画の中で描かれなかったエピソードや、特にハルの細かい心理描写などが加わっており、映画を観終わってから読めば作品世界により深く入り込むことができるだろう。

今回RSJでは、監督・脚本を務めた塩田明彦と、ノベライズを担当した相田冬二の対談を敢行。本作を「失敗を繰り返す人たちの話」だという塩田と、「ハッピーエンドかアンハッピーエンドかといえば、アンハッピーエンド」だという相田と共に、『さよならくちびる』の真髄に迫った。

──映画『さよならくちびる』は、どのような経緯で製作がスタートしたのでしょうか。

塩田:まず企画として、小松菜奈さんと門脇麦さんを共演させ、そこにもう一人、主役級の男性俳優をぶつけて何かストーリーが作れないかというオファーから全てが始まりました。その設定を基に色々考えていたら、解散ツアーを行う女性アーティスト2人と、その付き人の男という関係性がふと頭に浮かんだんです。

後から思い返してみると、自分がそんなことを思いついたのは、映画『害虫』(2002年)の音楽に起用したナンバーガールの解散が、大きなキッカケだったことに気付きました。最初からそれがモチーフとしてあったわけではなかったのですが、今年に入ってナンバーガールが再結成するなど、妙にリンクしてしまったのは不思議な気分でしたね(笑)。


失敗を繰り返す人たちの物語、映画『さよならくちびる』ハルレオ誕生秘話

© 2019「さよならくちびる」製作委員会

──「本格的な音楽映画」を目指したそうですが、そこで気をつけたこと、こだわったことは?

塩田:やはり「楽曲勝負」というところはありますよね。もちろん、音楽なので好みもありますし、世の中の全ての人が「素晴らしい」と思う楽曲なんて、なかなかないと思いますが。僕が考えたのは「必ずしも時代の最先端をいっている必要はない」ということ。むしろ時代からは少し外れている音楽……そんなこと言うと、実際に作曲してくださった秦基博さんとあいみょんさんに対して失礼かもしれないですが、これぞ今の音楽、みたいな気負いとは別の魅力を持った音楽。

──わかります。物語の設定として、ちょっと時代からは遅れている音楽ということですよね。

塩田:そうです。今どきフォークデュオという編成に、新しさはないですからね。そういう音楽をやっている女の子たちの「ドサ回り」を描きたかったんです。その時代から外れた感じが一周回って新鮮だったり、面白く感じたりしたらいいなと。実際、そんな音楽を作ってくれる人はいるのかな、と思っていたところ、音楽プロデューサーの北原京子さんからの助言で、秦さんとあいみょんさんを紹介していただいたんです。

──秦さん、あいみょんさんの印象はどのようなものでしたか?

塩田:秦さんのことは存じ上げていましたし、素晴らしいシンガー・ソングライターだと思っていました。
あいみょんさんはまだブレイク前でよく存じ上げてなかったのですが、聴かせていただいたら「まるで河島英五」みたいな曲もあって。こんな人が、今どきいるんだなと非常に驚きました。このお二人に引き受けていただけたことは、本格的な「音楽映画」を作る上で非常に大きかったと思います。

──今回、『さよならくちびる』のノベライズのオファーを受けた相田さんは、率直にどう思われましたか?

相田:心から光栄に思いました。塩田監督というと、一般的には『害虫』で知られていると思うんですけど、2014年に公開された『抱きしめたい』という映画があって。北川景子さんと錦戸亮さんが主演を務めた実話ものの作品なのですが、大げさでもなんでもなく「小津安二郎作品に匹敵する」と思っているんですよね。

あと、監督には『映画術』という著作があるのですが、こちらはロベール・ブレッソンの『シネマトグラフ覚書 - 映画監督のノート』という名著に引けを取らない内容だと思っています。僕にとっては、そのくらいの存在なんですよね、塩田監督は。なので、引き受けないはずがないという(笑)。

塩田:光栄です。今回、自分が撮った映画を「ノベライズ」という形で改めて読んで、これってものすごく面白い仕事じゃないかと思いました。ノベライズには、ノベライズにしかない「自由さ」がある。
いや、むしろ人が書いたシナリオをベースにしているからこそ面白いんじゃないか?って。

相田:まさにそうです。音楽でいうところのカヴァーを歌っているような感覚というか(笑)。人が書いた脚本だし、その内容は大きく変えていないのですけど、ちょっとしたところで自分の「コブシ」を回すことが出来る。そのことで、ちゃんと「自分の作品」になる感覚があるんですよね。いろいろな文章を書かせていただいていますが、ノベライズの仕事が一番好きです。

失敗を繰り返す人たちの物語、映画『さよならくちびる』ハルレオ誕生秘話

© 2019「さよならくちびる」製作委員会

──僕の個人的な印象では、「カヴァー」よりむしろ「リミックス」に近いのかなと思いました。脚本という「素材」を基に、自分なりの感覚を加えて再構築していく、という意味で。

塩田:ああ、確かにね。リミックスっぽい。

相田:そういう要素もありましたね。特に今回は、時制を入れ替えるなどよりリミックスっぽい作り方だったかもしれない。
映画自体、進行していく現在と、フラッシュバックする過去が入り混じっているのですが、小説における「現在と過去」は、映画におけるそれとは違っていて。

例えば映画では「過去」については徹底的に語らないことに徹しているので、その語られていないところの情景を、観客が想像力で補っていくわけですが、小説ではあえてハル(門脇麦)のモノローグを中心にして、彼女にとっての「過去」についても語りました。ただ、語ることで読者には別な想像力も生まれるはず、と思っています。

──逆に、レオ(小松菜奈)の過去については、映画でも小説でもほとんど語られていません。

相田:なぜなら、ハルにもおそらくわかっていない領域だから。そこがかなり映画の肝でもあるんですよね。「一番好きな人のことが、一番わからない」という不可能性。わからないからもがくし、わからないから抱きしめることもできない。自分の思いすら持て余してしまう。そういう経験って誰しもあると思うんですよ。大切な相手のことが「わからない」から、どうすることもできない領域が自分の中にあることも発見できる。相手の存在で、初めて見えてくる自分がいる。
それはキツいこともあるけど、だからこそ素晴らしいともいえます。

ただ、ハルのモノローグだけでは描ききれない作品なので、時々シマ(成田凌)の視点を入れています。ハルの感情になりきり過ぎていると、書いている僕もだんだん疲れてくる(笑)。なので、シマで一息いれる感覚ですね。ただ、不思議なことに女の子の気持ちを描くよりも、男性の気持ちを描く方が難しいんです。男が男のことを描く責任みたいな、妙なバイアスがかかってしまうのでしょうか(笑)。「女の子を好きになってしまう女の子」の気持ちの方が、すんなり入っていけたんですよね。

──レオに対するハルの恋心は、この作品の重要な要素ですよね。

塩田:僕自身、脚本を書くにあたって最も感情を掴むのに苦労したのはハルでした。物語のフィクション性が高いというか、ファンタジー要素が強い作品の場合は、例えば同性愛者の描き方に関しても、ある程度のカリカチュアライズも許容範囲内だと思うんです。ただ、こういうリアルでシリアスな物語を書く上では、あまり嘘は描けない。それで色々と試行錯誤をしたのですが、最終的にはハルがレオについて考えている詩を、僕自身が書いてみるという手法をとりました。
「歌詞」ともまた違う、日常の雑感も含めたメモのようなものを「ハルメモ」と称してずっと付けていて。「さよならくちびる」というタイトルも、その「ハルメモ」に書き留めた沢山の言葉の一つだったんです。

相田:小説の中で、ノートみたいに横書きになっているページがありますが、あれは塩田監督からあらかじめいただいた「ハルメモ」の中の言葉を使っています。「ハルメモ」は彼女にとって、歌を作るためのツールであると同時に、日常を支えるものでもある。監督がよくインタビューの中で、「ハルは歌を書くことでしか社会と繋がれない、人間として立っていられないと、自分で思い込んでいるところがある」とおっしゃっていて。そんな彼女の、「歌詞」とはまた違う「ハルメモ」の言葉を、小説の中でどう取り扱うかも重要なポイントでした。

──小説の中には、映画では描かれなかったシーンもいくつか登場します。それらは、脚本には描かれていたのですか?

塩田:脚本の中に活字化はされていなくても、例えば撮影中に小松さん、門脇さんにそれぞれのキャラクターの説明をするために、「以前こういうことがあって、2人はキスをして、その後こうなりました」みたいな、感情の履歴書みたいなものを書いて、説明はしています。そこには例えば、ハルと昔の彼女とのエピソードなんかも入っていましたね。そういった資料は全て相田さんに渡したのですが、すごく素敵な形で小説の中に盛り込んでもらえました。

──ハルは、以前の恋人と経験した辛い過去が原因で、今の恋にも全力で飛び込んでいない臆病さを持ち合わせた人物として描かれていますよね。

塩田:結局、この映画はハルをはじめ「失敗を繰り返す人たち」の話なんです。そのテーマに関しては、ノベライズでもかなり丁寧に描かれていたと思います。

相田:実は非常にシリアスな関係性について描かれているし、解決しない問題を抱えたまま終わる作品なんですけど、それでもネガティヴには描きたくなかった。「解決しなくていいんじゃないか」とも思うんですよ。映画を観た人の感想などをSNSで辿ってみると、あのラストシーンを「ハッピーエンド」だと思っている人が結構多い。「ハッピーエンドだからガッカリした」とかね。「ラストツアーの話だと思っていたら、結局は再結成するのかよ」とか(笑)。でも、「問題を抱えているから解散します」よりも、「問題は何も解決していないけど、このまま続けていきます」の方が、実はシリアスじゃないですか?

失敗を繰り返す人たちの物語、映画『さよならくちびる』ハルレオ誕生秘話

© 2019「さよならくちびる」製作委員会

──確かにそうですね。

相田:まあ「ハッピーエンド」「アンハッピーエンド」という区分け自体も乱暴ではありますけど、その二択でいえば、実はあの映画はアンハッピーエンドではないかな。問題を抱えながら継続するというのはしんどいですよ。でも僕は、そういう過酷な選択をしたあの3人を小説なりに肯定したいと思ったんです。できれば、明るく軽やかに讃えたかった。

塩田:「再結成する」というのは、非常にカッコ悪いんですよ。でも、あの「カッコ悪さ」を正当化する彼女たちの振る舞いというものがあった。つまり、解散ツアーのファイナル公演となる函館でさえも、彼女たちは何一つ特別なことはせず、いつも通りの衣装でいつも通りステージに立って、いつも通りに歌を歌って終わらそうとしているわけです。

あそこで本人たちが、「これが最後の最後なので、心を込めて歌います」なんて言ったら全てが台無しじゃないですか(笑)。「だったらお前たち、いつもは心を込めてなかったのか?」っていう話になる。私たちはプロなんだから、ファイナル公演でもいつも通りに演奏して消えていくつもりだったと。その振る舞いがあったからこそ、「結局は再結成」という彼女たちのカッコ悪い選択も生きてくると思ったんですよね。

──なるほど。

塩田:さっきも言ったように、この映画は「失敗を繰り返す人たち」の話で、その失敗に対して、いかにケリをつけていくかっていうことが描かれている。例えばハルは、二度と自分が傷つくようなことはしたくないと思っていたのに、ついレオに声をかけてしまった。「またやっちゃった」ってことじゃないですか(笑)。でも、「もう二度と同じ失敗はしたくない」と強く思っている人は、大抵また失敗するものなんですよね。更にいえば「解散」も失敗だったし、「再結成」も失敗かもしれない。でも、「それの何が悪い?」っていう映画なんですよ。

──だから「馬鹿で何が悪い?」というセリフが繰り返し出てくるわけですよね。

塩田:そう。それともう一つ、「音楽をやると人生で一番大切なものを失う」という非常に強烈なセリフが映画でもノベライズでも出てきます。音楽に夢中になって、夢を見て全てを失って悪い? と本気で思うし、僕はそういう人たちが好きなんですよね。

相田:失うって、決してネガティヴなことばかりではないですよ。実は「喪失もまた享受である」という考えから、ノベライズでは「ある実験」をしてみました。一字一句全く同じ5ページを繰り返しています。

この手法って映画ではよくありますよね。冒頭のシーンに、映画の本編をいきなり持ってくるという。そうすると、本編の中でまたこのシーンが出てくると、最初に観た時の印象とは全く違ったものとして受け止めることになる。それを小説の中でもやってみたかったんですよね。ハル、レオ、シマと一緒に旅をした読者が、同じ文章を全く違う情景で思い浮かべることになったら面白いんじゃないかって。

──しかも活字だから、頭に思い浮かべる映像すら全く違うものになる。面白い実験ですね。

相田:全く違う映像を思い浮かべるから、もしかしたら同じページが出てきたことすら気づかない人もいるかもしれない。そうなったら、それはそれで大成功(笑)。映画でも小説でもない、ノベライズならではの仕掛けを、未読の方は是非とも楽しんでみてほしいですね。

失敗を繰り返す人たちの物語、映画『さよならくちびる』ハルレオ誕生秘話
監督・脚本を努めた塩田明彦氏(左)と、ノベライズを担当した相田冬二氏(右) Photo by Takanori Kuroda

『さよならくちびる』
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー中
出演:小松菜奈 門脇麦 成田凌
監督・脚本・原案:塩田明彦
うたby ハルレオ 主題歌 Produced by秦 基博 / 挿入歌 作詞作曲 あいみょん 
https://gaga.ne.jp/kuchibiru/

失敗を繰り返す人たちの物語、映画『さよならくちびる』ハルレオ誕生秘話

ノベライズ
『さよならくちびる』
原案・脚本/塩田明彦 ノベライズ/相田冬二
定価:本体 600円+税

失敗を繰り返す人たちの物語、映画『さよならくちびる』ハルレオ誕生秘話

公式ブック
映画「さよならくちびる」公式ブック
原案・脚本・監督/塩田明彦 編/「さよならくちびる」製作委員会
本体 2000円+税
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