今年6月に来日していたビル・フリゼールを取材。ECMからの最新作『エピストロフィー』など30点を超えるリーダー作を発表してきた、唯一無二のギタリストが明かす演奏論とは? さらに、NYの実在するギターショップを舞台とし、自身も常連客の一人として出演している映画『カーマイン・ストリート・ギター』(8月10日より全国順次ロードショー)についても語ってくれた。
聞き手は音楽評論家の萩原健太

この人のギターには魔力がある。ビル・フリゼール。既存の価値観とか方法論とかジャンルとか、そうしたすべてから解き放たれながら、独特のまろやかなトーンで、まるで歌うように、自在に、奔放に、空間を舞うギター。そんなフリゼールが先日、自身のトリオを率いて2年ぶりの来日を果たした。6月8日から10日まで、東京・青山のブルーノート東京で毎日2セットずつ計6回の公演。

初日、8日の1stセットを見ることができた。もちろん、素晴らしかった。盟友トーマス・モーガン(Ba)とルディ・ロイストン(Dr)とともにステージに姿を現わしたフリゼールは、ビグズビーのトレモロアームを装着した愛器テレキャスターを抱え、慈しむように奏で始める。ポップ・スタンダード「ムーン・リヴァー」の旋律が流れ出す。モーガンとロイストンも即座に反応し、ユニークなアンサンブルがブルーノートの店内をゆったりと包み込む。以降、ラストのバカラック・ナンバー「世界は愛を求めてる」に至るまで、途中にセロニアス・モンクのナンバーなども交えながら、シンプルな楽曲からアバンギャルドなものまで、ほぼ演奏を止めることなく1時間強。
この3人でなくては表現し得ない音世界を構築してみせた。

ビル・フリゼールが語るマジカルな音世界の秘密、『カーマイン・ストリート・ギター』の記憶


ビル・フリゼールが語るマジカルな音世界の秘密、『カーマイン・ストリート・ギター』の記憶

Photo by Takuo Sato

「プランはないんだ。何ひとつ……」

翌日、ライブ前にインタビューさせてもらった際、フリゼールはそう話してくれた。

「昨夜も1stセットと2ndセットはまるで違っていた。自然にそうなるんだ。だって、セットリストはないんだから。ステージに出た瞬間、ぼくは何も考えずにギターを弾き始める。どの曲を弾こうかすら決めていない。最初の1音を弾いたときに次に弾くべき音が決まる。ふたつの音を出した瞬間、すべてが動き出す。テンポも、進むべき方向も。ものすごく繊細なやりとりさ。
毎晩、まだ見ぬ新しい世界に足を踏み出す感覚とでも言えばいいのかな。あとは、ただ進んでいくだけ。言葉で説明するのはむずかしいけれど、あえて言うなら夢を見ているような感じだ。ルディとトーマスと一緒にね。ぼくは彼らと出会えて本当にラッキーだよ。彼らとなら事前に何ひとつ相談する必要はない。ぼくが歩き始めれば、どこであろうと彼らもついてくる。彼らが行くべき道を指し示してくれることもある。そうやって、ぼくたちはどこにでも向かって行けるのさ」

それにしても、ドラムのロイストンがどんな曲にでも反応できるのはわからなくもないが、ベースのモーガンがキーやコード進行を即座にキャッチして”これしかない”というフレーズを重ねていくさまには、もう圧倒されるしかない。

「そう。トーマスはインクレディブルだよ。ぼくが音を出す前に、ぼくが何を弾こうとしているかわかっているかのようさ(笑)。
驚くしかない。彼は頭の中で時の流れを旅することができるのかもしれない」

フリゼールとモーガン、ふたりの鉄壁のコンビネーションはこの5月、日本でもリリースされたライブ・アルバム『エピストロフィー』でも堪能することができる。2016年、ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードで収録されたデュオ・ライブ盤。2017年に出た『スモール・タウン』と同趣向の続編だ。ここでもフリゼールとモーガンは、ジャズ、カントリー、R&B、映画音楽など幅広い”素材”に無心でアプローチし、まるで会話するかのように音を交わし合いユニークな音世界を構築している。

「ぼくたちがやっているのはいわゆるエンターテインメント・ショーとは違うからね。ぼくたちは、毎回どこまで先に進んでいけるかに挑んでいる。ルディやトーマスと演奏するときはもちろん、他のどんなグループと演奏するときでも同じ。夢の中で断崖絶壁に立って、そこから飛び降りる感じさ。どこに飛んでいくかわからないまま宙を舞っていく。時には、あ、ダメだ、間違った方向に落ちて行っている、ということもあるけれど、そういうときは周りの仲間がレスキューしに来てくれるんだ(笑)。だからこそ、危ないアプローチにでも安心して踏み出せる。
やっぱりグループはいいね。最初にエレクトリック・ギターを手にした日からそう。友達とグループで演奏することが最高の楽しみだった。グループとソロ、それぞれ別ものだと考えて取り組んではいるけれど、いまだにソロだとちょっとナーバスになる」

なるほど。穏やかで人の言葉にもよく耳を傾けるフリゼールの人柄からすると、確かにうなずけるエピソードではある。が、昨年3月にリリースされた18年ぶりのソロ・アルバム『Music IS』も素晴らしい仕上がりだっただけに、意外と言えば意外。この8月に日本でも公開が予定されている映画『カーマイン・ストリート・ギター』でも、フリゼールは素晴らしいソロ・ギター演奏を披露しており、それを試写会で見たばかりだったぼくにとって驚きの告白ではあった。

この映画はニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジに店を構える小さなカスタム・ギター・ショップの1週間を淡々と描いたドキュメンタリー。店に縁の深いギタリストたちが次々と登場し、愛器を奏でながら様々な物語を語っていくのだが。その中のひとりとして、フリゼールも登場。遠き日の想い出を語りながらビーチ・ボーイズの名曲「サーファー・ガール」をリリカルに即興演奏していた。まるでビーチ・ボーイズのふくよかなコーラスすら聞こえてくるような素晴らしい演奏だった。


「実は完成した映画をまだ見ていないんだ。だから何をどう弾いたか、さっぱり思い出せないんだけど……(笑)。『サーファー・ガール』を弾いたのだとしたら、ぼくの頭の中にはもちろん、子供のころから何度も何度も繰り返し聞いてきたビーチ・ボーイズのコーラスもドラムもベースもすべてが鳴り響いているわけで。現実には全部の音をギター1本で再現することはできないとはいえ、ぼくの心で鳴っている音がぼくのギターから流れ出してくれるよう、そのときもトライしたんだろうね」

ビル・フリゼールの2014年作『Guitar in the Space Age!』に収録された「サーファー・ガール」

このインタビューの直前、来日公演2日目、6月9日のライブ前には熱心なファンを集めてギター・クリニックも行なわれた。フリゼールの大ファンを公言するフジファブリックの山内総一郎もゲストで登場。ソロ演奏、デュオ演奏、ふたりのトーク・セッション、参加者を交えてのQ&Aコーナーなどが盛り込まれ、フリゼールの人柄をじっくり味わうことができる貴重なイベントとなった。また来日することがあれば、ぜひ続編も期待したところだ。

「いやいや。アメリカでもたまに学校とかでこういうイベントをやることもあるけれど。ぼくは、あまりしゃべるのが心地よくないというか。ギターでのほうが多くのことを伝えられるんだよ。そっちで勘弁してもらえないかな……(笑)」

ビル・フリゼールが語るマジカルな音世界の秘密、『カーマイン・ストリート・ギター』の記憶

クリニックではビル・フリゼールと山内総一郎の共演も実現。
山内は『カーマイン・ストリート・ギター』について、「劇中のビル・フリゼールさんの『サーファー・ガール』は息をのむほど美しい音でしたし、(中略)ギターを始めた頃から楽器屋さんで色んなことを経験させてもらった自分は、また一つ何か大事なことを教わった気がします」と推薦コメントを寄せている。(Photo by Yuka Yamaji)

ビル・フリゼールが語るマジカルな音世界の秘密、『カーマイン・ストリート・ギター』の記憶


映画『カーマイン・ストリート・ギター』
8月10日(土)より新宿シネマカリテ、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー!
監督・製作:ロン・マン
(『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』)
扇動者:ジム・ジャームッシュ  編集:ロバート・ケネディ
出演:リック・ケリー、ジム・ジャームッシュ(スクワール)、ネルス・クライン(ウィルコ)、カーク・ダグラス(ザ・ルーツ)、ビル・フリゼール、マーク・リーボウ、チャーリー・セクストン(ボブ・ディラン・バンド)他
音楽:ザ・セイディース  原題:Carmine Street guitars  2018 年/カナダ/80 分  配給:ビターズ・エンド 
©MMXVⅢ Sphinx Productions.

公式サイト:
http://www.bitters.co.jp/carminestreetguitars/
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