2019年も野外フェスシーズンが終わろうとしている。今年もフェスならではの素晴らしい体験をいくつもさせてもらった。
ただ、このバンドをフェスでは一度も観なかった。それが自分たちの意志なのか、独自の音楽性ゆえフェス主催者から声がかかりにくいのか、その真意を筆者は知らない。

10月5日、千葉・市原市市民会館で行われたライブを観て、DIR EN GREYがフェスに出ていないことは、むしろこのバンドにとってプラスなのだと感じた。

今回はシングル「The World of Mercy」をリリースしての全国ツアー。9月15日の京都公演から始まった本ツアー『TOUR19 This Way to Self-Destruction』はこの日の市原市市民会館公演まではライブハウスを回ってきた。ライブハウスということで、演出は照明だけだったそうだが、この日からはDIR EN GREYのライブには欠かせない映像による演出が加わった。

18時5分。定刻より5分押しで、会場が暗転。場内にSEが流れ、ステージに映像が流れる中、Shinya(Dr)、Die(Gt)、Toshiya(Ba)、薫(Gt)、京(Voice)の順にメンバーが登場する。

映像による演出というと、何だか華やかな世界を想像するかもしれないが、DIR EN GREYの映像は、美しくはあるが、ダークでグロテスクだ。そんな趣の映像の力も手伝い、DIR EN GREYのライブはどこか深い森に放り出された感じがある。

普通のライブは、ステージMCでオーディエンスとのコミュニケーションを取ったり、楽器の各ソロパートや、アコースティック・コーナーがあったりなど、わかりやすい構成でオーディエンスが置いてきぼりにならないようにする仕掛けがしてある。
だが、DIR EN GREYのライブにはそうした要素が一切ない。演奏(と映像)だけを頼りにエンディングまで突き進む。

そして、この日は1曲目から驚かされた。1曲目に演奏されたのは「絶縁体」。この曲は去年9月にリリースされた4年ぶりのニューアルバム『The Insulated World』に収録されている曲だが、7分超えの長尺曲で、それ故なのかアルバム発売後の全国ツアーで、アルバム収録曲の中で唯一演奏されなかった曲である。

その「絶縁体」が演奏された瞬間に身震いに近い興奮を覚えた。そして、前述のフェスのことを思ってしまった。フェスに出ているバンドには、よくも悪くもライブの1曲目は、わかりやすい曲からスタートし、オーディエンスを安心させる。それが、アルバムお披露目ツアーでも演奏されなかった長尺の曲でのスタート。

想像でしかないが、DIR EN GREYがフェスに出ているバンドなら、「絶縁体」から始まるようなセットリストは組まないような気がする。終演後にリーダーの薫に、なぜ「絶縁体」からスタートしたのかを聞いた。薫は「あの曲をどこでやろうか考えたんですが、やはり1曲目しかないなぁって」と教えてくれたのだが、振り返れば「絶縁体」から始まったことで、今回のライブの本編は圧倒的な感動にたどり着くことになった。


DIR EN GREYのライブはどこか深い森に放り出された感じがある

2曲目もアルバム『The Insulated World』から「赫」。気が付けば、ライブ本編は6曲目に演奏された「Merciless Cult」以外は全てが『The Insulated World』からの曲だった。DIR EN GREYの代表曲とも言える「朔-saku-」「Revelation of Mankind」といった曲は演奏されなかった。

この選曲に関して薫はこんな風に教えてくれた。「今回は完全にアルバム『The Insulated World』の世界観ですよね。なので、他の曲は入れたくなかった。しかも、近い時期の曲は入れたくなかった。そっちの曲の世界が微妙に入ってきてしまうので。なので、アルバム以外の曲としては(発売時期が)遠い曲を入れました」と。確かに、「Merciless Cult」は、2005年に発売されたアルバム『Withering to death.』の収録曲だ。この曲を入れて『The Insulated World』の世界を完成せるかのようにメンバーは演奏を続けた。

先ほど、「DIR EN GREYのライブはどこか深い森に放り出された感じがある」と書いたが、この日のライブはさらに”雨が降る”深い森のような感じだった。


そもそもDIR EN GREYのライブは照明演出において、スポットライトは使われない。メンバーの顔が見えないとまでは行かないが、照明としては常に、暗い色目で明るくはない(もちろん、凝った照明だ)。そんな状況の中、激しい演奏と京の生々しいまでの歌と叫びが続くステージが”雨が降る”という感覚にさせた。

雨が降る深い森。あなたはきっと不安で、声を上げ、森の外に出るために、走り出すだろう。実際、DIR EN GREYのライブでは、京のシャウトに煽られるようにオーディエンスが叫ぶ。それはもちろん、メンバーへの声援でもあるのだろうが、何かを求め漏れ出て来る声に近いように感じる。

そして、そうした声を上げる時、人は生きていること実感するし、生きていたいんだとわかる。そういえば、DIR EN GREYのライブでは京が何度も「生きてんのか?」「生きてんだろ?」とオーディエンスを挑発する。これがライブ中のメンバーによる唯一のMCなのだが、これはオーディエンスが迷わず森の出口へ向かうための命綱なようなものなのかもしれないとさえ思えた。

先日のRolling Stone Japanでのインタビューで薫がアルバム『The Insulated World』について、「メロディアスな部分を極力排除した、激しいアルバム」と語っていた。そのアルバムからの激しい曲が続くライブの本編は、5曲目の「Rubbish Heap」、6曲目の「Merciless Cult」辺りで激しさのクライマックスを迎えたような気がした。


DIR EN GREYライブレポ 「痛み」と向き合う覚悟と「生」の実感

Photo by 尾形隆夫

DIR EN GREYライブレポ 「痛み」と向き合う覚悟と「生」の実感

Photo by 尾形隆夫

DIR EN GREYライブレポ 「痛み」と向き合う覚悟と「生」の実感

Photo by 尾形隆夫

DIR EN GREYライブレポ 「痛み」と向き合う覚悟と「生」の実感

Photo by 尾形隆夫

DIR EN GREYライブレポ 「痛み」と向き合う覚悟と「生」の実感

Photo by 尾形隆夫

Shinyaのドラムは激しくうねり、Toshiyaのベースも太いビートを刻み、Dieのギターはヘビーで、薫のギターもノイジーかつ前衛的で、京のデスヴォイスは凄まじく、演奏はテンションがマックスだったし、オーディエンスの感情も頂点に達したような感じだった。そして、感情が頂点に達したオーディエンスはその後、感情を崩壊させていくような感じで、言葉にならない叫びのような声を上げていた。

「歌」を超越した京のヴォーカル

ただ、この日、感情が崩壊したのはオーディエンスだけではなかった。12曲目に演奏された「Ranunculus」で京の感情が崩壊した。

狂おしくも美しいこの曲で京の歌は、歌を超越していた。泣いているようにも聞こえたし、心の奥にある何かが突如として出てしまったようでもあった。それは表現を超えたリアルのように感じた。プロのステージでこうした瞬間を目にするのは稀だ。

一度、音楽以外の現場で観たことがある。立川談春の高座だ。談春の「芝浜」でこれと同じような演者のエモーションに触れたことがあった。談春の時も客は一瞬戸惑った。
ステージの上はリアルな世界ではなく、虚構のお約束の世界だ。そこで演者のリアルなエモーションに触れてしまったことに戸惑った。ましてや、その演者は素人に毛が生えたような存在ではない。プロ中のプロだ。そんなプロが感情を崩壊させ、それを見せていることに戸惑った。

筆者は寄席もフェスも好きだ。そこにはハッピーな空気、癒しの時間、緩やかな連帯が存在していて、日常の疲れを取り除いてくれる。そんな時間はとても貴重で大切だし、出来れば海外のフェスにも行きたいと思っているほどだ。ただ、それとDIR EN GREYのライブは完全に違う。

雨の降る深い森だ。大きな声を上げて、出口を探す。絶望や死さえ感じるその中で、声を上げ、叫び、生を実感し、本当の自分を見つける。
こんな風なライブが出来るのは、フェスに出てないからだと思えた。楽しい時間は嫌いじゃない。疲れをリフレッシュしたいとは思う。だが、良くも悪くもDIR EN GREYのライブはそれじゃない。

「Ranunculus」に続いてはニューシングル「The World of Mercy」。ヴォーカルの京は、アルバム『The Insulated World』の完結編としてこの詩を書いたとされている。そしてこの10分を超える「The World of Mercy」で本編は終了した。森の出口が近づいたことを知らせように、曲の最後、ステージの後ろの照明が強くなり場内が明るくなった。

前回のツアーで演奏されなかった「絶縁体」から始まり、『The Insulated World』の最後の1ピースである「The World of Mercy」の演奏で、去年から始まった『The Insulated World』が完結した瞬間でもあった。

それをどう受け取ったのか? 終演後に薫はこんな風に語った。「『The Insulated World』は激しさを突出させたアルバムなんですが、ライブでやってみると、そうじゃない部分、感情的にグッとくる部分が印象に残るんだなぁという感じがしています。そういう意味ではうちらは、激しいのが向いてないとは言わないですが、激しいだけではないバンドなだなぁって思いますね。それは、歌詞によるところもあるだろうし、メンバーの佇まい、雰囲気がよく見えるのは、そういう激しいだけじゃない曲なんでしょうね」と、メンバーのリアリティがライブに表出してくれていることを教えてくれた。

来年ももちろんフェスに行く。でも、もし、フェスにはない何かを味わいたくなったら、DIR EN GREYのライブに行ってみてほしい。フェスにはない何かがある。”痛み”をテーマに掲げるDIR EN GREY。彼らのライブを観ると、生きる上で生じる”痛み”から救われる……そんなありふれたことは言わない。その痛みを向き合う覚悟のようなものが芽生える。とは、言いすぎだろうか?

<INFORMATION>

TOUR19 This Way to Self-Destruction

2019年9月19日(木)
兵庫県 Harbor Studio
2019年9月20日(金)
兵庫県 Harbor Studio
2019年9月22日(日)
香川県 高松festhalle
2019年9月23日(月・祝)
香川県 高松festhalle
2019年9月28日(土)
北海道 小樽GOLDSTONE
2019年9月29日(日)
北海道 小樽GOLDSTONE
2019年10月5日(土)
千葉県 市原市市民会館 大ホール
2019年10月9日(水)
埼玉県 大宮ソニックシティ 大ホール
2019年10月11日(金)
石川県 金沢市文化ホール
2019年10月16日(水)
福岡県 Zepp Fukuoka
2019年10月19日(土)
沖縄県 ミュージックタウン音市場
2019年10月20日(日)
沖縄県 ミュージックタウン音市場
2019年10月27日(日)
岩手県 盛岡市民文化ホール
2019年11月5日(火)
大阪府 なんばHatch
2019年11月6日(水)
大阪府 なんばHatch
2019年11月13日(水)
愛知県 Zepp Nagoya
2019年11月15日(金)
三重県 NTNシティホール(桑名市民会館)
2019年11月19日(火)
東京都 新木場STUDIO COAST
2019年11月20日(水)
東京都 新木場STUDIO COAST

「The World of Mercy」
DIR EN GREY
発売中

http://direngrey.co.jp/
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