ーカトリーヌ・ドヌーヴとは初顔合わせですが、いかがでした?
是枝:朝、撮影現場に入って来た瞬間から、「お疲れさま」って帰って行くまでの一挙手一投足が、そこにいるすべての人の注目を集める人でしたね。映画にキッチンのシーンがあるんだけど、そこで(ドヌーヴが演じるファビエンヌが)動き回りながら言いたいことを言って、鼻歌を歌いながらいなくなる。あんな感じでした。すごく自由で軽やかで魅力的。
ー大女優って感じですね。
是枝:朝、楽屋に呼ばれるんです。だいたい、ドヌーヴさんは遅刻して来るんだけど(笑)、楽屋に行くとメイクをしていて、そこで今日撮影をするところの台本を開いて「ここはこう言いたいわ」「ここはこのほうがいいと思うのよ」っていうやりとりをする。そんな話をしながら、「そこのブルーベリー、市場で買って来たから食べて。美味しいわよ」って言ったりするわけ。それがなんかチャーミングなんだよね。
ー完全に場を支配してますね(笑)。お芝居に関してはいかがでした?
是枝:ドヌーヴさんは自分の芝居がどうこうよりは、作品全体を俯瞰して見ながら、ここは笑いがほしいのか? もう少しシニカルにした方がいいのか? 作品の世界観をきちんと見極めて芝居をしていく。そういうところは(樹木)希林さんに似ているかな。ただ、立ち位置は違いますね。ドヌーヴさんはいつも作品の中心にいるから、作品のトーンは彼女が決めていく。撮影中に一度、「(この映画の)編集したものが観たい」って言われたことがあって。「自分が出てない、男達の芝居が観たい」って言われて、それでDVDを渡したんだけど、そしたら「あなたのセンスとかリズム、男達の芝居のトーンとかがよくわかった」って言ってましたね。

ファビエンヌ・ダンジュヴィル役を演じるカトリーヌ・ドヌーヴ photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3
ーそうやって作品全体を俯瞰して見ているんですね。そのなかで自分の演技のバランスをとっていく。
是枝:現場に入って、その日の自分の調子とか、天気とか、相手の役者の力量とか、いろんなことのなかで自分の芝居を決めていく感じでした。
ーファビエンヌはドヌーヴにあて書きしたようなはまり役でした。
是枝:いくつか入ってますね。例えば「フランスには自分のDNAを受け継ぐ女優はいない」っていうセリフは、脚本が出来る前にさせてもらったインタビューのなかで、彼女からポロッと出て来たひと言。「これは使えるな」と思って、そのままもらいました。まわりから見ると「本人そのままなんじゃない?」って思われるけど、本人は「ファビエンヌと私は全然違う」って言ってましたね。「私は娘との関係は良好だし、豹柄のコートに豹柄の靴なんて履かない。そんなセンスが悪いことはしない」って(笑)。
ーでも、似合っていましたね(笑)。
是枝:豹柄を用意したのは、衣装の人があえてちょっとずらして持って来たんです。ファビエンヌは、ほんとはセンスがよくはない、みたいなところが、ドヌーヴさんには面白かったみたいですね。あと、ファビエンヌの言葉の端々に皮肉が入る時に「こういう言い方をすると嫌われるわよ」って言いながら、楽しんでやっていました。
ー娘のリュミール役のジュリエット・ビノシュさんはいかがでした?
是枝:とても面白かったです。例えば最初のシーンで実家に着いた時、ふと家を見上げた3秒ぐらいの間の表情の変化で、「あ、この人ここであんまり幸せじゃなかったな」とか「今、家で暮らした18年が蘇ってるな」っていうのが見えて「すごいな」と思いました、セットで撮影中の母親のお芝居を見てる時も、彼女の目線だけで、今彼女が見ているのはフィクションの芝居じゃなく、そこに自分の子供時代を重ねていることがわかる。

リュミール役を演じるジュリエット・ビノシュ photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3
ー演じている時の集中力がすごいですよね。役作りのプランをしっかり立てて撮影に挑むタイプだと思いますが、監督はいつも直前にセリフを変えるじゃないですか。そこは大丈夫でした?
是枝:やめてくれって言われました(笑)。せめて、変えるなら2週間前にしてくれって。役を掴むためにいろんなことをする人だから。例えば、自分の子供時代まで遡って、その時の傷を引っぱり出して、それを役に「移植する」って言ってましたね。役作りのためには、そういう心理的なメソッドも使うって。
ーそれは2週間かかりますね。
是枝:でも、こっちは(直前でセリフを変える演出を)やめられなくて、彼女は途中から諦めてました。

Photo by Hana Yamamoto
ードヌーヴとビノシュは全然違うタイプの女優なんですね。
是枝:真逆でしたね。
ーそんな二人が母娘を演じるのが面白いです。二人がぶつかるシーンとか、日本とは違う親子関係のリアルさがあって。
是枝:日本だったら、多分ぶつかる前にそらしますね。フランスの人たちを見てると「そこまでぶつからなくても……」っていうぐらいぶつかる。だから、衝突させたほうが人間関係としてはリアルだろうと思ったので、日本で書くよりは正面からぶつけてるんですよ。
ー監督から見て、母と娘の関係の面白さはどんなところですか。
是枝:親子によって関係は違うから一概には言えないけど、友人になったりライバルになったりするところかな。母と息子って、もっとべったりしているし、父と息子はもう少し距離ができる。ビノシュさんもドヌーヴさんも娘がいるから、それぞれの娘との関係も参考にさせてもらいました。
ーそういう母と娘の間に入ってくる、ビノシュの夫、イーサン・ホークが良い感じで緩衝材の役割を果たしていますね。
是枝:彼はちょっと情けない役が巧いんですよ。ダメになりきらないところがいい。(リチャード)・リンクレイターとの仕事が圧倒的に良くて、監督とキャストがすごく良い関係で作品を作っている。イーサンは視線が監督寄りなんですよね。監督の視線で現場を見てる。こっちが考えていることを、すごくわかってくれているんです。

ハンク・クーパー役を演じたイーサン・ホーク photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3
ーイーサンもはまり役でした。映画を拝見していて印象的だったのは、役者の佇まいや演技の間、カメラワークなど、見事にフランス映画になっていたことです。フランス映画を作る、という意識はあったんでしょうか?
是枝:むしろそこを考えないようにしていました。普段、「日本映画を撮ろう」と思って撮ってないから、今回も「フランス映画にしよう」と思わないほうがいいと思って。ただ、目の前にいる役者さんたちをどう魅力的に活かすか、自分が選んだ家の空間をどう魅力的に撮っていくかっていう、日本でやっていることと同じことをやれば、ちゃんと映画的になると思ったんです。
ー役者の動きでカメラワークが変わる?
是枝:日本映画だと非常に家の中の移動が難しい。でも、フランスは家のなかに段差がないから、タイヤの移動車を使うとカメラが部屋と部屋を簡単に横断出来るんです。だから、僕がカット割りしてたところを、エリック(カメラマンのエリック・ゴーティエ)が「部屋から部屋までワンカットでいけるよ」って。それでずいぶんカットが省略されました。人の動きにあわせてカメラが二部屋動ける。ヘタすると三部屋動かせるというのは、作品のリズムに大きく影響していて、もしかすると、それがフランス映画っぽいリズムを生み出しているのかもしれないですね。

photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3
ーなるほど。素材の魅力を引き出そうとすることで、自然とフランス映画になっていくんですね。本作は家族の物語であると同時に、ファビエンヌの生き方や女優たちの名演を通じて「女優とは何か」と考えさせられる物語でもありました。ある映画監督が「人間には3種類いる。男と女と女優だ」と言っていましたが、監督からみて女優とはどんな存在ですか。
是枝:この映画を制作する過程で読んでいたトリュフォー(映画監督のフランソワ・トリュフォー)の本に出ていた言葉で、「演じることは手袋に似ている。女が10人いたら9人は手袋が似合う。男で手袋が似合うのは10人のうち1人しかいない」っていうのがあったんです。女性と「演じること」は切っても切れない関係だという意識があったから、トリュフォーはあれだけ女優を撮ったんだと思いますね。子役もそうで、女の子は自分と違う役に自然に入っていくけど、男の子は自意識を引きずっている。
ー男は大人になっても、自意識とかプライドを捨てられませんよね。
是枝:そう。プロの役者でも自意識を引きずっているのは男が多いかな。女優さんのほうがそこは切れてる。『誰も知らない』を撮っていた時に、男の子二人がケンカをするシーンがあって。お兄ちゃん(柳楽優弥)が弟(木村飛影)のラジコンを蹴っ飛ばすんだけど、ラジコンを蹴られることを知らなかった弟は本気で怒ったんです。撮影が終わって、帰りの車の中でも二人は顔をそむけてケンカが続いてて、それを見た長女役の女の子(北浦愛)が「馬鹿じゃないの。お芝居なのに」って言ってたのがすごく印象に残ってますね。
ー大人ですねー(笑)。
是枝:長女役の女の子は、現場で脚本を渡した時に、京子っていう役柄を意識して僕に訊くんです。「京子はこの時、どんな気持ちなんですか」って。ちゃんと自分と役を分けている。あとで彼女に聞いたら、(撮影現場の)アパートの入り口をくぐって階段を昇っているうちに京子になるらしい。でも、柳楽君はアパートを出て家に帰ってからも、ずっと役をひきずっていたってお母さんが言ってました。
ー女性は自然に演じることができる、だから母と娘も親友になったり、ライバルになったり、いろんな関係になれるのかもしれないですね。その点、男同士の父と息子は、ぶつかるしかない。
是枝:そう。男の方が単純なんです(笑)。

Photo by Hana Yamamoto

『真実』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
原案・監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホーク、リュディヴィーヌ・サニエ
撮影:エリック・ゴーティエ
配給:ギャガ
©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA
公式サイト:https://gaga.ne.jp/shinjitsu/