以下にインタビューを掲載するラッパーのkamuiは、地元の名古屋で暮らしていた頃に、PUNPEEやKANDYTOWNの作品を手がけてきた有名プロデューサー/エンジニアのillicit Tsuboiへデモテープを送り、わずか30分後に「おれがやります」という返事を受け取った。

そうしてパッケージされた『Yandel City』では、新人らしからぬストーリーテリングの才能を発揮、近未来のSFを描く。
その後、上京した彼はトラップと出会い、2ndアルバム『Cramfree.90』を完成させる。ここまでは、内省的なムードが作品の大半を占めていた。

だが、女性ラッパーのなかむらみなみと組んだTENG GANG STARRを経て、彼の意識は変わり始める。それは、もっとヒップホップのコアを突き詰めること。他でもない自分のことだけを真正面からラップし、ライブではキッズと一緒にブチ上がる。「Salvage」という新たなアンセムも誕生した。彼の熱は正しく外に向かい始めた。元からラッパー/ミュージシャンとして才能は豊かだったし、前2作に関しては過小評価な気がしないでもないが、今のkamuiは本当に向かうところ敵なしだと思う。

-まず、kamuiさんが音楽に触れた最初のきっかけからお話いただけますか?

エミネムの「Lose Yourself」を聴いて衝撃を受けて、はじめて自分のお金で『8マイル』のサントラを買って、そこから他のラッパーたちのことも知っていきました。音楽だけじゃなく、クソみたいな環境から音楽の力で抜け出すっていう映画のストーリーにもグッときましたね。

-地元の名古屋はkamuiさんにとって「クソみたいな環境」だったんですか?

地元ではずっとイライラしていました。自分の周りのしがらみ……土地の縁とか家族の縁とか、広義のブラッド(血)が自分を閉ざしているような気がしていたんです。
会う連中も変わらないし、それで袋小路にハマっていく感じがして。で、東京に来ればこの状況を変えられると思っていたら、何も変わらなかった。一番大事なのはてめえだったっていう。環境によって多少は変わるけれど……要は自分が身勝手で幼稚だっただけで。そこでやっと自分と向き合うことを始めたんです。

-名古屋時代の友人はどういう人たちだったんですか?

俺の周りには、警察にパクられたり、少年院入ったりするやつが多かったです。だけど、各々自由にやってたんで、別につるんでたわけじゃなかった。気づいたら誰も連絡とれなくなっている、あいつはどうやら広島にいるらしい、どういうこと?みたいなことが常日頃から起こっていて。

「名古屋は……なぜかメタル聴いてるやつが多かったですね(笑)」

-音楽の話に戻すと、ヒップホップから入って、それからロックも掘っていったんですよね。

そうですね。ヒップホップはノリなんですけど、俺は違う感情表現に興味があったから自然とロックを聴き出した。あと、周りにヒップホップを聴いている人なんていなかったんです。
東京では、「弟がトラック・メーカーで~」みたいな環境があって羨ましかった。名古屋は……なぜかメタル聴いてるやつが多かったですね(笑)。その環境のおかげか、自分は何でも聴ける体になりました。

-そこから自分の音楽はどうやって形作っていったんですか?
 
レイジ(アゲインスト・ザ・マシーン)の勢い、あの感情表現をどうやったらサンプリング・ベースで出せるかなと試行錯誤していました。だから、その時ちょうど出会ったトラップが衝撃的で。ビルドアップして落とすその瞬間に感情を乗せられるわけじゃないですか。もちろんエミネムとかも感情的なんですけど、彼のエンジニアはギターとかシンセとか生の楽器を入れるんで、そういうことができない俺からしてみれば、トラップが最適な手段に思えた。

-トラップのことはどこで知ったんですか?

VICEのトラップ特集(『noisey ATLANTA』)が衝撃でしたね。インディー時代のミーゴスとかが出ていて、みんな音楽の知識はないのに、とりあえず808のベースを出すっていう。とりあえず低音を出せっていうノリがバカっぽくてよかった。これはパンクだなと。それが(1stアルバムの)『Yandel City』を出した後、2016年あたりの話ですね。
その前はフライング・ロータスあたりを聴いていました。

-ではここで、過去の作品を一つ一つ振り返っていきたいと思います。まずは架空の未来都市を舞台にしてSF群像劇を描いた『Yandel City』から。これはビートメイカー・u..とのコラボ作でもありました。

これはヤンデルシティっていう架空の近未来都市を舞台に自分の感情を反映させたアルバム。その下地になっているのは、デヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』ですね。人間じゃない存在にたって歌うっていうのが衝撃的だった。俺はこの作品で、特定の感情、怒りとか悲しみとかじゃなく、もっと抽象的な感情表現にトライしました。

-アルバムに対するリアクションはどうでしたか?

それがぜんぜん反応がなくて。自分の精神状態もかなり切羽詰まった状態で作っていたし、そもそも最初の段階でペルソナを打ち立てるラッパーなんていないから(笑)。だから、次の『Cramfree.90』では自分の過去、現在、その先についてだけを歌いました。それまで自分の人生に対して嫌気がさしていたんで、いったんそれを肯定しないと先に進めないなと。
そういう意味で、『ヒップホップをちゃんとやりたい』と思ったんです。その頃からケンドリック・ラマーに惹かれ始めて、だから『Cramfree.90』は『Section.80』(ケンドリックの1st)のオマージュですよね。彼はクラック・ベイビー世代(親にクラックやコカインの中毒者が多い世代)と一括りにされることへの抵抗をラップしていたんですけど、自分の場合は、ゆとり世代と一括りにされることへの抵抗だった。

「自分を見つめることはすごく社会的な行為」

-これに関して、「世代の声を代弁する」という意識も多少はありますか?

いや、自分が経験したことからしかものは言えないじゃないですか。それより先のことを言っても説得力がない。例えば「Aida」っていう曲には、自分の政治観をすべて詰め込んだ。あいちトリエンナーレの事件の時も思ったけれど、今は何もかもが極端すぎるなって。そもそも、人間が変わらなければ社会は変わらない。だから、自分を見つめることはすごく社会的な行為なんですよ。だけど、それが全体のことを表現できているかどうかはわからない。

-「Aida」は俺も超名曲だと思っていて。この曲のテーマになっている「間」という言葉は、まさにkamuiさんのラッパーとしての立ち位置をも表しているんじゃないかと。


自分はロック的なアテチュードが好きで、それが単にヒップホップの世界からすれば異端なだけで、自らアウトローになりたいと願ったわけじゃない。でも、どうやたどこにも属していないらしい(笑)。(”Salvage”で共演しているラッパーの)Tohjiは、『I am Special』を聴かせた時に『これはkamuiっていう新しいジャンルだね』って、すごく褒めてくれて。おれもTohjiは新しいジャンルを作ったと思っていたから、その言葉は嬉しかったです。

-そうやって徐々に”間”にいる人たちは増えてきたんじゃないですか?

どうだろ、それは分からないですね。ジャンルレスって聞こえはいいんですけど、ベースとなる音楽の強度が必要だから、俺はもう一度ヒップホップにこだわったんです。それが『I am Special』ということで。

-kamuiさんにとってあの作品はラップ回帰だったんですね。

純粋にやっとスタート地点に立ったなと。それまではダンベルをあげていた時期だったのかもしれない。みんなには悪いけれど、過去の作品は自分ではもう聴かないから。『I am Special』でやろうとしたことは、誰も聴いたことのない何か。
声の出し方とか、エフェクトとか、ビートとか、リズムの探求ですよね。ラッパーとしてどこまでいけるのかっていう。あと、あれですね、絶望したっていうのが大きい。『Cramfree.90』は、教会の鐘が鳴る、カラスが鳴いている、そういう死の匂いが漂うイントロで始まって、リスナーにとっては誰かわからない”君”に対して語りかけていく。死んでいった友人を描写しながら、『良い人間でありたい、優しくありたい』という思いに向き合いつつ、ゆとり世代にとっての本当の自由を探し求める。で、最後は「Find Me」っていう一番情けない曲で終わる。名盤じゃないかと(笑)。でも、まあ聴かれない。ダメだ、わかった、おれは日本語をやめる。伝えるメッセージなんてない。そう思って書いたのが、(『I am Special』の2曲めに収録された)「RAFな街」。

-たしかにあのラップはよく聴き取れない……。

YouTubeに何言ってるかわかんないっていうコメントが溢れて(笑)。でも、それでいいんだ、感じてくれと。

-ただ全体として聴くと、シンプルにラップを突き詰めようとした『I am Special』は、コンセプチュアルな前2作よりも一段とポップに開けている印象があります。

それまでは、一人部屋にこもってヘッドフォンで聴く想定しかしてなかった。でも今は、TENG GANG STARRでやっていたことをソロでもやらなきゃいけない。つまり、このアルバムは踊れるんですよね。頭ふってバウンスして嫌なことをぜんぶ忘れられるようなラップをやりたくて。自分の情けない部分を直接的に表現する。満足するほど金はないし、たいした人間でもないし、だから『俺つば吐くクソです』(「Salvage」)ということ。

-じゃあ、このアルバムにおけるメンターは誰でしたか?

自分の中ではオアシスなんですよ。『Supersonic』っていうドキュメンタリーを観てヤラれまして。あの2人、悪童なのに超繊細で、本当にずっと喧嘩してるのに、なんであんなに美しいメロディと歌詞ができるんだっていう。で、それはそれとして、一番衝撃だったのはリアムの歌い方ですね。ライブ中に手を後ろに組んでマイクを見上げるように歌う。すぐに自分にも取り入れました。普段からよく『声が良い』って言われていたんで、今までじゃ地声でやっていたんですけど、より情けなさを出すためにはこの歌い方がいい。それが一番開花しているのが「Credit Girl」ですね。自分にとってすごく良い塩梅で、ラッパーなのにUKロックのような情けなさが表現できました。

kamui(カムイ)
名古屋生まれ。自身はラップ、映像制作に加え、3-i名義でトラックメイクも行う。2019年3月にユニット・TENG GANG STARRの活動を休止後、即座にソロ活動を再開した。

kamui、まだ名前のない場所で闘う気高きラッパー

『I am Special』
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