インターネットの特定のエリアで長く過ごしていると、#NoNutNovember、略して#NNNというハッシュタグを目にしたことがあるだろう。世の男性諸君に1カ月間マスタベーション(または大多数の男性の場合、セックスも含む)を控えるよう呼びかける年に1度のキャンペーンNo Nut Novemberは、元々アイス・バケツ・チャレンジやMovember(訳注:前立腺がん啓発運動として1カ月間ひげを伸ばし続けるチャレンジ)といったインターネット由来の現象のパロディとして登場した。
基本的にNNNチャレンジ参加者のほとんどが、くだらない書き込みや、巷で過剰に言われている禁欲の利点を小ばかにするミームをツイートする口実として参加しているに過ぎない。だが、真に受けている人も大勢いる。少なくとも5万2000人がr/NoNutNovemberというサブレディットで、毎日どれだけ進歩したか(あるいは挫折したか)を逐一、熱心に記録している。r/NoNutNovemberのモデレーターu/yeevalの推測によると、投稿の約90%は「積極的な参加者」からのものだという。「もちろん、挫折したメンバーもたまに見かけますが、その後も社交と笑いのためにサブレディットに残ることもあります」
表面的には、No Nut Novemberは比較的無害なチャレンジだ。特にこれという理由もなく自慰を控えるのはばかばかしく思えるかもしれないが、面白いミームもあるし、1カ月間(自慰、性交を問わず)禁欲したからといって人が死ぬわけでもない。u/yeeval曰く、目的はポルノやマスタベーションそのものを敵視することではなく、男性に自慰の習慣を顧みてもらうことだという。「私の意見ですが、多くの場合みんな最初はミーム目当てでNNNに参加したんだと思います。でも何日か経つうちに、自分がいかにポルノやマスタベーションに依存していたのか気づき始めるんです」と彼は言う。プラマー氏も、NoFapの目的はマスタベーション全般をやめさせることではなく、男性が一時的にポルノ習慣から距離を置いて、「ポルノなしの穏やかな、衝動的ではない自慰生活」に回帰してもらうことだと語っている。
無邪気なミームとして見逃せなくなりつつあるCoome
だとしても、NoFapの背景にある基本的な思想――No Nut Novemberにもある程度当てはまるものだが――と極右思想の間に、かなり重なる部分があるという事実を無視するわけにはいくまい。極右思想は次第に禁欲の原則を取り入れるようになっているのだ。このチャレンジはポルノからの脱却に関連しているため、運動参加者の中にはさらに一歩踏み込んで、アダルト業界のパフォーマーにソーシャルメディア上で嫌がらせする者もいる。「昔は(No Nut Novemberといえば)いつも、『ちょっと見てよ、一部の人たちがまたくだらないことに参加してる』という感じでした」と言うのは、アダルト業界のパフォーマー兼ディレクターのケイシー・カルヴァート氏。「今年は(業界内で)噂になってます。『実はNo Nut Novemberは極右とつながっているらしい、ハハハと笑い飛ばすわけにはいかないんじゃないか?』 って」
新種のミームCoomerがこうした現象をさらに浮彫にしている。Coomerとは、ひげを生やした小汚い、見るからに変わり者で、どこかユダヤ人っぽい特徴を備えた白のランニング姿の男性のことだ。その隣には「政治についてはちんぷんかんぷん」「見事なまでに鍛え抜かれた右腕(この筋肉を見よ)」「NoFapなんて聞いたこともない」といった説明文が添えられている。
この1年、4chanではよく見かけたが、ポルノ動画サイトxHamsterのアレックス・ホーキンス副社長曰く、同社のTwitterフィードにこうしたリプライが見られるようになったのは9月頃、ちょうど大統領選立候補者アンドリュー・ヤン氏がポルノへのアクセスを制限する内容のツイートを投稿した時からだという。最初は「我々も真意が掴めず、ただ面白がっていました」と、ホーキンス氏はローリングストーン誌に語った。すると10月後半TeapodLadと名乗るユーザーが、No Nut Novemberに失敗したらアバターをCoomerに変えよう、と呼びかけるTwitterキャンペーンを展開したために、再びCoomerが顔を出した。スウェーデンのユーチューバーPewDiePieが最近YouTubeの動画でキャンペーンを支持すると、極右ユーチューバーのポール・ジョセフ・ワトソン氏も同様に支持した。
No Nut Novemberに便乗する極右思想
Coomerという言葉は「OK coomer」という文脈でも使われている。「OK boomer(訳注:ベビーブーマー世代の大人を冷笑するミーム)」をもじったもので、No Nut Novemberや自慰禁欲全般に批判的なツイートへ対抗する形で現れた。「マスタベーションを支持する劣勢のベータ軍と、NoFapを支持する優勢のアルファ軍との戦国絵巻、といった様相を呈しています」とホーキンス氏。
大半のミームがそうであるように、coomerも棘のある皮肉以上のメッセージを発信している。しかも、ほんの軽い冗談のつもりなのか、それとも本気で自慰をする男をおちょくっているのか、そう簡単には見分けが付かない。だが、暗に言わんとすることは明白だ。「マスタベーションは何が何でも抑制するべき欲求である」ということだ。
自慰を控えることは健康に非常に良い、という考えは、精液を体内に留めておくとテストステロンの量や精力アップにつながるという(主にインターネットで喧伝されている)説に基づいている部分もあるが、この説が間違いであることは広く知られている。しかしこのマスタベーションは女々しいものであるという考えは「分厚い埃をかぶった男らしさ」に根付いていて、その多くは極右集団によって推進されたものだとレイ博士は言う。例えば、暴力傾向で知られる過激極右グループProud Boysはずいぶん前からメンバーに対し、男性ホルモンが増して女性にもっとモテるようになるからと、マスタベーションの節制を呼びかけてきた。確かに、グループの創始者ギャヴィン・マッキネス氏は2015年の極右会報誌Takis Magazineの記事で、NoFapを大絶賛していた(NoFap関係者はProud Boysとの関係をきっぱり否定している)。
さらに過激な極右思想
こうした極右の反オナニー哲学をさらに過激に推し進めているのがデヴィッド・デューク氏だ。K.K.K.の元リーダーである彼は、ユダヤ人がポルノ業界を牛耳って、ポルノを媒介に白人男性を支配しているという陰謀論を展開している。暗号メッセージアプリTelegramの極右系スレッドには、この手の内容がかなり蔓延している。「ユダヤ人はポルノ業界の大半を支配しているばかりか、男性を手懐けて骨抜きにするために、異教徒と手を組んで射精の悪習をはびこらせている」というコメントもある。また別のコメントはNo Nut Novemberチャレンジに失敗したユーザーをからかうPornhubの人気ツイートをシェアして、「ユダヤ人は数百万人の理性を汚し、お前をバカにした」と書いている(Pornhubの親会社はカナダの企業MindGeekで、CEOフェラス・アントゥーン氏はユダヤ人ではないと思われるが、4chanの数々の/pol/スレッドではユダヤ人ではないかと臆測されている)。
こうした反ユダヤ主義は、しばしばホモフォビアや人種差別的なコメントとセットで現れることが多い。この手のスレッドでは、ヘテロセクシャル向けポルノでマスタベーションする男性は、他の男のペニスに欲情しているからゲイだ、と中傷するコメントをしばしば見かける(件のペニスがヴァギナに挿入されているのだが)。
一見するとこうした一連の自慰反対運動は、白人男性を洗脳して骨抜きにしようとする巨大ポルノ産業に立ち向かっているように見えるが、皮肉なことに、歴史的にはファシズムの連中が社会を支配するための道具として利用してきた。自慰に対する文化的レッテルに、ほぼ誰でも自慰をするという事実が相まって、大勢の男性たちがほぼ間違いなく「ひそかに羞恥心を募らせる」ようになる、とレイ博士は言う。「そのため、男性は洗脳や社会支配の影響を受けやすくなります」 その例として、博士は1930年代のドイツの国家社会党(ナチス)がヒトラー青年団のメンバーの自慰を厳しく禁じた事実を挙げた。反ポルノ、反マスタベーション運動の参加者は異性愛者の若者男性が多いため、一部の極右系がメンバー勧誘に想的な場であるとみなす可能性もある。事実、No Nut Novemberのようなものは表面上ジョークに見えることから、「興味をそそる表向きの看板として機能する一方、より邪悪な中傷活動の深みへ引きずり込む勧誘の手口となっているようです」とレイ博士。
極右思想との関連付けに頭を悩ませている人々
もちろん、No Nut NovemberやNoFapの参加者がみな白人至上主義者や宗教原理主義者でないことは言うまでもないし、両グループの創始者も、関連性をほのめかす意見にははっきりと反論している。u/yeevalは彼のサブレディットでは反ユダヤ的、女性蔑視的なコメントは見たことがなく、ユダヤ人ポルノ支配説を仄めかす陰謀論は「誰かが良からぬ/明らかに攻撃的なジョークを仕掛けようとしている」のだと主張している。「NoNutNovemberは政治活動ではありません。反ポルノ運動でも、反女性運動でもありません。マスタベーションやセックスに反対しているわけではないのです」と彼は言う。「NoNutNovemberはただ単に楽しいインターネット・チャレンジです。
NoFapコミュニティの管理者プラマー氏曰く、サブレディットのモデレーターたちは「一部のヘイトグループや過激派集団、特に反ユダヤ主義的なグループが、反ポルノ運動を自分たちの主義に取り入れているのを見て嘆いている」という。「ごく限られた一部の反ユダヤ的トロールは、我々のフォーラムに時たま現れる程度です。その場合も、我々のモデレーターチームが即座に削除します」と言って彼は、女性蔑視や反ユダヤ的な投稿を禁止するサブレディットのポリシーを引き合いに出した。彼は、反ポルノ思想と極右グループ間の共通項をほのめかす意見を「回復期にある人々を中傷しようとする……ポルノ業界やポルノ支持者」らの手段だとみなし、そうした憶測は「怠惰で、欺瞞に満ち、正当でないばかりか、メンタルヘルス業界公認の”ポルノ中毒”と長年戦っている人々に対する甚大な攻撃」だと述べた。
Coomerのミームも、少なくとも本来は、政治とは無関係だとアリス・ヴォーン氏は言う。『Two Girls One Mic』というポルノ系ポッドキャストの司会者だ。「Coomerを取り巻くコンセプトは、政治的に右でも左でもありません。性欲が強い人々を辱めようとする願望は昨日や今日のものではなく、大勢の人々、特に若者(4chanのユーザーの大部分)はこの話題を不快に感じています」と彼女は言う。
性教育とNo Nut Novemberに参加する若者
だがCoomerの台頭は、男性のセクシャリティに明らかに保守的であることも含め、自慰反対運動が完全に無実だとか、単なるお遊びだと言い切れなくなっているようだ。事実、Z世代に対するベビーブーマー世代の批判を嘲るミームのパロディ「OK Coomer」の文脈でしばしば使われていることからも、主に若者発信の現象であることが伺える。若い世代はセクシャリティに関して、大人よりも健全で前衛的な見方をするのが普通だと思っていると、こうした事実はピンとこないだろう――だが、若年世代は前ほどセックスしなくなっている、という最新のデータが、これを裏付けているとレイ博士も言う。
通常セックスレスの現象は、ミレニアム世代の男性やzoomer(Z世代の人々)がより長時間ポルノを見るようになったせいだと言われる。
とはいえ、No Nut Novemberに積極的ではない男性も大勢いるし、全く見向きもしない男性もさらに大勢いる。Pornhubのコリー・プライス副社長はローリングストーン誌に宛てたメールの中で、同社のトラフィックはNo Nut Novemberの影響をほとんど受けていないと述べた。ローリングストーン誌が取材したアダルト業界のパフォーマーたちも、今月に入ってアクセスが劇的に減ったと言う者はほとんどいなかった。Pornhubの年間トラフィック数が100億台であることを考えると、ポルノが男性の精力を奪っているという陰謀が実在するならば、かなりいい成果をあげていることになるだろう。だがカルヴァート氏は、チャレンジの参加者や、途中で挫折した人々に労いの言葉をかける。「私も個人的にNo Nut Novemberはばかばかしいと思います」と同氏。「1カ月間マスターベーションをしなかったからといって、いい男、強い男になれるわけではないんですから」