2019年のNHK紅白歌合戦に出場した氷川きよしさんは、「男らしく生きて欲しいって言われると、自殺したくなっちゃうから、つらくて」「どうしても人間はカテゴライズをする傾向がある。これからは時代も変わって、ありのままの姿で本当の自分を表現していきたい」と語り、デビュー20周年記念シングル「大丈夫」と「限界突破×サバイバー」のメドレーを男女の枠を超えた表現で披露しました。また、MISIAさんはLGBTの尊厳やその社会運動、そして多様性を象徴するレインボーフラッグを掲げ、ドラァグ・クイーンのダンサー等とともに熱唱しました。
前回は男性、前々回は女性がテーマでしたが、今回はLGBTについて取り上げたいと思います。まず、LGBTという言葉ですが
・Lはレズビアンの頭文字からとられていて、女性に性的・恋愛感情(性愛感情)を抱く女性を指します。
・Gはゲイの頭文字で、男性に性的・恋愛感情(性愛感情)を抱く男性を指します。
・Bはバイセクシュアルでの頭文字で、男女どちらにも性愛感情を抱く人です。
・Tはトランスジェンダーの頭文字です。これは、産まれたときに割り当てられた性別に対して違和感を持っている人、自分が生きていきたい性別が異なっている人です。一方で、生まれたときに割り当てられた性別に対して違和感のない場合を「シスジェンダー」と言います。
実際には先の4つ以外にも、身体の性別の特徴が男女どちらともいえない「インターセックス」や、男女どちらにも性愛感情を抱かない「アセクシュアル」などの人も存在します。そのように、LGBTという括りからも漏れてしまう人がいることや、どんな性的指向や性自認のあり方でも、すべて守られなければならないという考え方から、LGBTQという言い方も増えてきています。Qはクエスチョニング(Questioning)あるいはクイア(Queer)です。
クエスチョニングは、自分の性別がわからない人、決めていない人、模索中の人などを指します。なんらかの性に自分を当てはめることで生きやすい人もいれば、そうでない人もいます。また、多くの誤解を持たれているところですが、セクシュアリティは固定的なものではなく、流動的で、変化することもあるのです。性は絶対にひとつに決まるものではないのです。
クィアは、元々「風変わりな・奇妙な」という意味で、かつては侮蔑的に使われることもある言葉でしたが、今ではあえてそれをセクシャル・マイノリティである自身を指す言葉として使うようになりました。また、最近では「性的指向(Sexual Orientation)「性自認(Gender Identity)」の頭文字をとって「SOGI(ソギ/ソジ)」という言葉も使われるようになってきています。この文章では、以降LGBTQを使用します。
いまだにLGBTQに対して「(生物学的に)異常だ」という偏見や誤解もあります。しかし、アメリカの精神医学会は1973年に「同性愛は精神障害ではない」と決議しました。
映画『ファンタスティック・ビースト』でクリーデンス役として活躍している俳優のエズラ・ミラーは、自身が「クィア」だとし「自分を男とも思っていないし、女とも思っていない。かろうじて言えば、単純に自分が『人間だ』と思っているだけなんだ」と語っています。また『お騒がせモリッシーの人生講座』(上村彰子著・イーストプレス)では、モリッシーの「残念ながら、私はホモセクシュアルではない。厳密に言うと、私はヒューマセクシュアル(humasexual)ということになる」という言葉を紹介し、「彼の歌は、特定の性に向けられたものではなく、『人間』に向けられている」「モリッシーは、この世の中でまかり通っている陳腐な性区分に、耐えられないのだろう」と指摘しています。彼らのように、単純な性区分ではなく「人間」を単位として考えるのは、とても大切なことだと思います。
最近では、「Old Town Road」が19週連続ビルボード・ホット100で1位となったリル・ナズ・Xが2019年6月に、自身が同性愛者であることをカミング・アウトしました。
彼のように、自分がLGBTQのいずれかである、と公表しているアーティストはたくさんいます。
1960年代のアメリカは、LGBTQにとって暮らしやすい国ではなく、同性間の性交渉を禁止する「ソドミー法」が施行されているなど、根強い偏見がありました。そんな中、比較的自由な空気のあったニューヨークにストーン・ウォール・インというゲイバーがありました。そうしたゲイバーはしばしば警察の理不尽な介入が行なわれていましたが、1969年にその店の客たちが警官に対して抵抗し、そこに差別撤廃と解放を求める人々も加わり「ストーンウォールの反乱」と呼ばれる抵抗運動が起きます。これをきっかけのひとつとして、70年代以降、差別撤廃運動が加速していきます。
そうした背景があった中、70年代の初頭には、アフリカ系アメリカ人、ラテン・カリビアン、LGBTQなどが集まる空間が形成され、そこで「ディスコ」と呼ばれるダンス・ミュージックが誕生し、ドナ・サマー、シック、ビージーズなどが世界を席巻します。
80年代になるとディスコ・ミュージックは様々な理由から低迷しますが、そんな中でニューヨークのパラダイス・ガレージなどのクラブでは、自らゲイであることを公表していたラリー・レヴァンのような人気DJが登場します。彼の音楽はガラージと呼ばれるようになり、後のハウス・ミュージックの源流にもなります。そして、同じくゲイであることを公表していたフランキー・ナックルズはシカゴを拠点にシカゴ・ハウスを生み出します。
80年代後半には、サイケデリックな要素も持つアシッド・ハウスが誕生し、イギリスでも流行。「レイブパーティ」が行なわれるようになり、やがて「セカンド・サマー・オブ・ラブ」という大きなムーブメントに発展し、ストーン・ローゼス、ハッピー・マンデーズ、808 stateなど、多数のアーティストたちが登場しました。
ごく一部ですが、LGBTQと音楽の関わりを見てみました。こうした素晴らしい側面とともに、気をつけたいのは「何かの役に立つから尊重されるわけではない」ということです。いかなる性的指向や性自認であっても、人間として尊重されるということが大切なのです。
参照
氷川きよしさんの紅白に注目 「自分らしく輝くことが一番大切」メッセージに多くの共感集まる
https://m.huffingtonpost.jp/entry/kiyoshi-hikawa_jp_5e0ae6fde4b0b2520d1a5f8d
Ezra Miller opens up about queer identity and #MeToo 8 NOV 2018 - 11:04AM
https://www.sbs.com.au/topics/pride/fast-lane/article/2018/11/08/ezra-miller-opens-about-queer-identity-and-metoo
『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』石田仁著 ナツメ社
<書籍情報>

手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』
発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029
本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。
手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。
Official HP
https://teshimamasahiko.com/