2002年発表のデビュー・アルバム『Highly Evolved』がいきなり全世界で200万枚近い大ヒットとなった、The Vines。そのフロントマンであるクレイグ・ニコルズはトラブル・メイカーとしても知られていましたが、その破天荒な彼の行動は、「ロックっぽい」という好意的な評価にも繋がっていました。しかし次第に、そのアーティスト活動においては見過ごせない問題に発展していってしまいます。
2004年の日本公演では観客に悪態をつき、英語のわかる観客と口論になってしまい、その影響で何度も演奏を中断してしまうという、散々なライブになってしまいました。そして、このツアーの直後には、シドニーのホテルで開催されたラジオ局のライブ・ショーで、クレイグはまたしても聴衆に向かって悪態をつき、女性カメラマンのカメラを破壊。更にはその記者に暴力を振るってしまい、とうとう警察に訴えられてしまうという事態にまで発展してしまいました。
ツアーに帯同していた、THE CURE、SISTERS OF MERCY、BLACK SABATHなども担当したことのあるベテランのギター・テックは、そんな一連のクレイグの様子を見て、クレイグ・ニコルズは「アスペルガー症候群(現在では自閉スペクトラム症)」なのではないかと推測します。そして、専門家を呼び診断してもらうと、やはりそうだったのです。
クレイグ・ニコルズは「臨機応変な対人関係が苦手」「双方向の会話が不得手」というアスペルガー症候群の人の持つ先天的な特性のため、毎回違うインタビュアーによる取材や、毎回新しい土地で新しい人たちと関わらざるを得ない「ツアー」が重大なストレスになっていて、それらが蓄積して「暴発」し、さまざまなトラブルを引き起こしていたのです。
もうひとり、事例を紹介します。
この2例で出てきた「アスペルガー症候群」は、アメリカ精神医学会の診断基準が2013年に改訂されてから、現在では「自閉スペクトラム症」に統一されましたので、以後「自閉スペクトラム症」という言葉を使用します。
最近、「発達障害」という言葉とともに「自閉スペクトラム症」の認知度も徐々に高くなりつつあります。しかし、当事者や支援者たちがどんどん詳しくなっていくのに比べると、そうでない人たちにはまだ知られていなかったり、誤解されていたりするのが現状だと思います。
この2人のミュージシャンは「臨機応変な対人関係が苦手」「双方向の会話が不得手」という特性を生まれながら持っていました。それに対して「そういうのはみんな、多かれ少なかれよくあることだよ」と思われた方もいるかもしれません。それが発達障害にまつわる誤解の1つです。NHK発達障害プロジェクトに寄せられた当事者の方の投稿には、
発達障害の特性を説明しても「誰にでもあることだ」や「特性を理由に怠けている」「あちこち病気して忙しいね」等言われ辛い。(女性50代 当事者 )
みんなが当たり前にできることができない人がいて それは当人のせいでも 親の育て方のせいでもないことがなかなか認知されてないと思う。
などの声が多数寄せられています。障害となっている人にとってそれは「誰にでもあるレベルではない」のです。
自閉スペクトラム症は、「臨機応変な対人関係が苦手で、自分の関心・やり方・ペースの維持を最優先させたいという本能的指向が強い」ことを特徴とする、発達障害の一種で、次の2つの症候が組合わさって出現します。
・対人交流とコミュニケーションの質が異常であること
・著しく興味が限局すること、パターン的な行動があること
実生活の中で、1人でいることを好んだり、一方的な対人交流であったり、人情への配慮に疎かったり、会話が噛み合なかったりすることがあります。また、特定の物事に強い興味を抱いたり、特定の手順を繰返すことにこだわったりすることもあります。たとえばクレイグ・ニコルズは、毎日ハンバーガーを食べ続けていることが知られていましたが、それも、慣れ親しんだルーチンを好むというこの特性に関係していると考えられます。
そうしたこだわりの強さもあって、特定の領域に関する記憶力が優れていることがあり、それが武器になり得ることもありますが、一方でいったん記憶したことを忘れられないため、それが不快な経験や悲しい体験の場合、いつまでも強い心痛を感じてしまったり、細部の記憶のために物事の優先順位をうまく決められなかったりする場合があります。
こうした特徴以外に感覚の特異性がある場合があり、聴覚、視覚、味覚、嗅覚、触覚、痛覚、温冷の感覚など、すべての感覚で過度に鈍感であったり、反対に敏感であったりすることがあります。これも本人にとってはとても重大なことですので、周囲の配慮も必要となります。
これらは、生まれながらの特性であり、病気ではありません。親の育て方のせいでも当人のせいでもありません。
自閉スペクトラム症の特性によってとても生きづらくなってしまうと、それは「障害」になります。逆に、これらの特性を持っていても、生きづらくなければ障害にはなりません。そうするためには、当人も周囲の人も「できることはしっかりやっていき、個性を伸ばす」が「できないことは無理してやらない」ことを基本として、1人1人に適した環境を考えていきます。ちなみにクレイグ・ニコルズの場合は、変化する、異なる環境が彼にもたらすストレスを軽減するために、ツアーを短縮し、自宅にレコーディングスタジオを作りました。決まった環境で作業を繰返す自宅でのレコーディングは、彼の特性には合っていたようで、その後も時にトラブルは発生するものの、コンスタントに音楽活動を継続できているのです。
この連載は『世界の方が狂っている』というタイトルですが、一貫して「生きづらさ」が生じてしまう問題の多くは、その当事者ではなく環境の方に問題があるかもしれない、と考えてみることが大切である、ということを訴えてきました。今回も同じで、まず、いろんな特性を持った人がいるということを知ること、そして、ひとりひとり違う特性を持ったわたしたちが、その違いによって生きづらくなることのない社会や環境をつくる方法を考えていければと思います。
参照
■The Gardian『Stop Maiking Sense』Craig McLean Sunday 5 March 2006
http://www.theguardian.com/music/2006/mar/05/popandrock
■ Autism Key 『Craig Nicholls of The Vines Copes with Autism』
http://www.autismkey.com/craig-nicholls-of-the-vines-copes-with-autism/
■ BARKS『ザ・ヴァインズ、ステージで言い争いショウをキャンセル』 2004.6.1
http://www.barks.jp/news/?id=1000000543
■ contactmusic.com
『Numan Convinced He Has Aspergers』By WENN on 25 February 2008
http://www.contactmusic.com/gary-numan/news/numan-convinced-he-has-aspergers_1060637
■ The Gardian『Gary Neuman : My family values』Angela Wintle Saturday 5 May 2012 00.05 BST
http://www.theguardian.com/lifeandstyle/2012/may/05/gary-numan-family-values-aspergers
■自閉症スペクトラムとはー特徴と症状、どんな人があてはまるのか?発達や大人になってからの不安について(Medical Note)
https://medicalnote.jp/contents/150530-000017-MFVVZG
■『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引き』(医学書院)
<書籍情報>
手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』
発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029
本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。
手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。
Official HP
https://teshimamasahiko.com/
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