2019年9月に書籍『なぜアーティストは壊れやすいのか?』を出版した、音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦。同書では、自身でもアーティスト活動・マネージメント経験のある手島が、ミュージシャンたちのエピソードをもとに、カウンセリングやメンタルヘルスの基本を語り、アーティストや周りのスタッフが活動しやすい環境を作るためのヒントを記している。
そんな手島が、日本に限らず世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている ~アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス~」をスタート。第9回はADHD(注意欠如・多動性障害)をテーマに、産業カウンセラーの視点から考察する。

ケンドリック・ラマーに『ADHD』という楽曲がありますが、ADHD(注意欠如・多動性障害)は発達障害のひとつで、年齢あるいは発達に不相応に、不注意、落ち着きのなさ、衝動性などの問題が生活や学業に悪影響を及ぼしていて、その状態が6ヶ月以上持続していることと定義されています。マルーン5のボーカル、アダム・レヴィーンは自分がADHDであるということを公表しています。彼は10代の頃にADHDであると診断され、それ以来自分のこの特質に主治医とともに対処してきたそうです。また、ブラック・アイド・ピーズのウィル・アイ・アムもADHDであると発言しています。


ADHDにはどのような特徴があるのか、精神疾患の世界的診断基準のひとつであるDSM-5から確認してみます。

■注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)
不注意や多動性・衝動性が特徴で、それぞれ以下の症状のうち6つ以上(17歳以上では少なくとも5つ)があてはまる

【不注意】
(a) 学業・仕事などで綿密に注意できず、不注意な間違いをする
   (例)細部を見過ごす、作業が不正確
(b) 課題・遊びの活動中に、注意を持続できない。
   (例)講義・会話・長時間の読書に集中し続けられない
(c) 直接話しかけられたとき、聞いていないように見える
(d) 指示に従えず、学業・用事・職場での義務をやり遂げられない。(すぐに集中できなくなったり、脱線してしまったりする。)
(e) 課題や活動を順序立てられない。
   (例)資料や持ち物の整理ができない、作業が乱雑でまとまりがない、時間管理が苦手、締切を守れない等)
(f) 精神的努力の持続を要する課題(学業や宿題、報告書の作成、書類に漏れなく記入する、長い文書を見直すなど)を避ける、嫌う、いやいや行なう
(g) 必要なものをしばしばなくしてしまう
(h) すぐに気が散ってしまう
(i) 忘れっぽい

【多動性・衝動性】
(a) しばしば手足をそわそわ動かしたりトントン叩いたり、椅子の上でもじもじする
(b) 席についていることが求められる場面で席を離れる
(c) 不適切な状況で走り回ったり高いところに登ったりする(青年・成人では落ち着かない感じのみに限られるかもしれない)
(d) 静かに遊んだり余暇活動につくことができない
(e) じっとしていられない。

(f) しゃべりすぎる
(g) 質問が終わる前に出し抜いて答えはじめてしまう。他の人の言葉の続きを言ってしまう。会話で自分の番を待てない。
(h) 順番を待つことができない
(i) 他人を妨害、邪魔する(会話・ゲーム・活動など、他人の活動に干渉する、相手に聞かずに人の物を使ってしまう、など)

これらが、「本人の努力が足りないせいだ」とか「育て方が間違っている」「しつけがなっていないからだ」とか、「怠け者」「だらしない」などと言われてしまう誤解を生じがちですが、前回の自閉スペクトラム症同様に、生まれながらの脳の機能的な原因によります。

マルーン5のアダム・レヴィーンは初のアルバム制作の頃、頭の中にアイデアがたくさん湧きすぎて、それをどのように形として完結させるかがわからなかったと本人は言っています。つまり、身体や行動だけでなく「頭の中も多動」だということです。


また、ブラック・アイド・ピーズのウィル・アイ・アムは自分の頭の中の多動性を「止める方法がない」「学んだことは、注意をキープすることや、じっと座っていることができないということだ」と語る一方で、「しかし、それらの特徴は、スタジオでクリエイティブなアイデアを話し合うのには良いんだ」と、それを長所に転換できていると言います。そして「君が僕の書いた曲を聴けば、それがADHDソングだってわかるよ。1曲の中に5つのフックがあって、それが3分間の中で全部出てくるんだから」と、自身の曲について解説しています。

人をなんらか評価するときに、その人の特徴を否定的に捉えるのか、肯定的に考えるのかで変わってきます。ADHDの場合も、落ち着きがないという特徴は、好奇心が旺盛だったり、発想が豊かだったりという、肯定的な面を見ることもできます。アダム・レヴィーンやウィル・アイ・アムなどは、本人も周囲も特性を受け入れて上手につきあっている例といえるでしょう。


また、人間関係全般にも通じることかもしれませんが、「あまり完璧を求めすぎない」ことも大切です。ADHDの場合ふたつのことを両立して対応することが難しいという特性もあります。例えば、「時間を守ること」と「結果を出すこと」の両立が難しい、ということがあります。それから、一定の姿勢で人の話を聴くことが苦手という場合があります。これは「良い姿勢でいること」と「話を聴くこと」の両立が難しいのです。実際、姿勢が悪くても実はむしろ話に集中しているという可能性があります。
これらの場合、優先すべきことはどちらでしょうか? もちろん時と場合にもよるでしょうが、「結果を出すこと」や「話を聴くこと」の方を優先すべき場合も少なくないと思います。もしそうならば、時間を守れなかったり、良い姿勢を保てなかったりしたミスを咎めるよりも、優先事項が達成されていることを評価すべきです。そもそも人間は誰でも必ずミスをおかします。「ミスは必ず起きるものだ」と考えておき、その上でどうするのが良いのかを考えておくことも大切なことだと思います。また、ふたつのことを同時に並行して行なうことが難しいのですから、ADHDの方と一緒に作業するときなどは、業務に関係ない雑談等は控えた方が良いでしょう。本人に悪気がなくても、注意が逸れてしまい、不注意や衝動的な行動を誘発してしまうことがあります。

 
これまでも言ってきましたが、人間にはそれぞれ多様な特性があるということをまず認識すること、そして、その多様な特性に即して、完璧を求めすぎない行動や目標設定を心がけ、個人を無理矢理社会や多数派の都合、建前に合わせようとしてはいないか気をつけて環境の調整をはかっていくこと、そうやって、皆が自分を否定的に捉えることなく自信を持って生きていけるようなやり方をその都度考えていくことが大切なのだと思います。


<書籍情報>
不注意? 落ち着きがない? 周囲に求められるADHDという特性の理解


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP
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