アンディ・シャウフがアンタイ・レーベル移籍後、2枚目となるアルバム『The Neon Skyline』をリリースした。「エリオット・スミスの再来」ともいわれるカナダ出身のシンガー・ソングライターについて、音楽評論家の高橋健太郎が考察。


ジョニ・ミッチェルの「River」は多くのアーティストにカヴァーされている彼女の名曲のひとつだが、歌詞を読んでみると、私達が普通に想像するような「川」が歌われてはいないことに気づく。繰り返されるのは「I wish I had a river I could skate away on」という一節。ここに川があったら、私はスケートで滑って貴方のもとに行けるのに、とジョニは歌っているのだ。ジョニが生まれ育ったのはカナダのアルバータ州のフォート・マクラウドという町。アメリカ国境に近いが、冬はロッキー山脈から寒風が吹き下ろし、最低気温は−45度Cを記録したことがある。冬になれば、川は凍るものなのだ。

アンディ・シャウフは隣のサスカチュワン州エステヴァン市で、1987年に生まれている。ここもアメリカ国境に近いが、気候は厳寒で最低気温は−46度Cを記録したことがある。市内を流れるスーリ川はやはり凍るだろう。シャウフは同州で育ち、10代の終わりから主都レジャイナで音楽活動を開始した。彼の音楽にその風土が強い影を落としているのも間違いない。アメリカ音楽に強い影響を受けつつ、アメリカ人には表現できないような繊細な詩情を湛えた作品を生み出すという伝統が、カナダ出身のシンガー・ソングライター達にはある。
ジョニ・ミッチェル、ニール・ヤング、ブルース・コバーン、ロン・セクスミスなど、先人の名を挙げていくとキリがなくなるが、そこに新しい1ページを書き加えているのがアンディ・シャウフと言っていいだろう。

2009年からアルバムやEPを発表していたシャウフの名が一躍、世界に知られるようになったのは、2016年のアルバム『The Party』によってだった。僕もこのアルバムで彼を知り、その年の年間ベストテンに選んだ。近年、最もよく聴いたアルバムのひとつと言っていい。その後、シャウフは2018年にフォックスウォレンというバンドでもアルバムを発表。この2020年の始めには、ソロとしては3年半ぶりになるアルバム『The Neon Skyline』を発表した。2010年代に最も強い影響力を放ったシンガー・ソングライターはボン・イヴェールではないかと思われるが、この数年、シャウフの音楽も静かな影響力を放ち、各地のシンガー・ソングライターの作品にもその影響が見て取れるようにも思われる。

『The Neon Skyline』を聴きながら、彼の音楽はどこがフレッシュで、どこにインパクトを持つのか、僕なりに考えてみたことを以下、つらつらと書いてみよう。

2016年の『The Party』を最初に聴いた時、僕はアンディ・シャウフの歌が出てくる前にやられてしまっていた。1曲目の「Magician」はワンコードの演奏が続くイントロが1分近くもあるのだが、その雰囲気がすでに最高だったのだ。

アンディ・シャウフは様々な楽器をこなすマルチ・プレイヤーで、『The Patry』ではストリングス以外のすべての楽器を一人で演奏している。だが、アルバムにはベッドルーム・ミュージック的な感触はあまりない。
それもそのはず、レコーディングはレジャイナのスタジオ・ワンというニーヴ・コンソールを備えた大きなスタジオで行われている。そこでシャウフはドラム、ベース、ピアノ、ギター、クラリネットなどをひとつひとつ演奏して、重ねていったのだ。

アコースティック楽器中心のサウンドには突飛なところは何もない。だが、近年のシンガー・ソングライター作品の中でも『The Patry』が際立って魅力的に響いた理由は、器楽的に考え抜かれた、別の言い方でいえば、アレンジと一体となったソングライティングがそこにあるからだろう。ヴォーカルが出てくる前にこのアルバムはヤバイという予感で僕が満たされたのも、それゆえだった

ライヴではアンディ・シャウフはギターを弾きながら歌っていることが多い。だが、彼の楽曲は所謂フォーク・スタイル——ギターで何かコードを鳴らしながら、浮かんだメロディーや言葉を紡いでいくような形——では作られていないように思われる。ギター弾き語りにバンド・サウンドを加えていくのが、アメリカ的なフォーク・ロックの基本だとしたら、彼の音楽はそこに当てはまらないと言ってもいい。器楽的なアンサンブルが入念に構成され、舞台が完全に整ったところで、ギターを持ったシャウフが現われて、歌い出す。そういう図が見えるのだ。

シャウフのバイオグラフィーを読んでみると、彼はミュージック&エレクトロニクスのストアを経営する両親のもとで育ち。早くから様々な楽器に親しんだという。子供時代には両親とともにクリスチャン・ミュージックを演奏していたそうだ。
彼にとって、とりわけ重要な楽器はクラリネットのようで、『The Patry』の前作に当たる2015年のアルバム『The Bearer Of Bad News』のイントロダクションはピアノとクラリネットのアンサンブルに始まる。シャウフの歌メロが放つ手垢のついていない叙情性は、クラリネットほかの楽器で作った部分が多いからではないかとも思われる。

そのへんのことが想像しやすくなったのは、2018年のフォックスウォレンのアルバム『Foxwarren』を聴いたからだった。アンディ・シャウフがギターを弾きながら歌っているという点では、彼のソロ作と大差はないようだが、アンサンブルの在り方は微妙に違う。たぶん、ライヴを重ねる中で、メンバーに委ねる部分を多くすることを考えたのだろう。ギター・パートなどはアドリブを含めた呼吸感重視で作られているように思われる。ウィルコっぽいバンド・サウンドと言ってもいい。アグレッシヴな実験性も香るが、それはオーバー・ダビングやミックスで凝らされたもので、すべてが事前にアレンジしてあるようなソロ作のプロダクションとは異なるものだ。

2019年にはアンディ・シャウフはアルバムを発表しなかった。だが、僕は彼の『The Party』に通ずる志向性を他のシンガー・ソングライターの作品の中に感じていた。器楽的に考え抜かれた歌もの、という感覚だ。年間ベストテンの一枚に選んだフェイ・ウェブスターのアルバム『Atlanta Millionaires Club』もそうだった。
スティール・ギターを効果的に使ったサウンドは、歌が出てくる前にすでに印象的なメロディーが舞い始める。キーボードとユニゾンのヴォーカル・リフレインなども、ギター弾き語りを基本とするようなシンガー・ソングライター作品にはない意匠だ。

アトランタ出身のフェイ・ウェブスターはシンガー・ソングライターとして活動を始める以前はヒップホップのサークルに身を置き、フォトグラファーとしても活動していたそうだ。ストーリーテリングを重視した歌詞を含め、楽曲に対する俯瞰的な視点を感じさせるのは、そんな経歴とも関係しているかもしれない。

2020年の最新作『The Neon Skyline』ではアンディ・シャウフは再び、ストリングス以外の全楽器をひとりで演奏している。だが、冒頭のタイトル曲はギター・ストロークによるわずか8秒のイントロで歌い出され、少しストレートに、少しアメリカっぽくなったようには思わせる。演奏もフォックスウォレンの経験を反映して、バンド的なドライヴ感を増したようにも感じられる。『The Party』の曲はほとんどがピアノで作曲されたそうだが、本作はギターで作曲された曲も多いのかもしれない。ボブ・ディランやポール・サイモンの系譜を感じさせる曲想が少なくない。

とはいえ、聴き進んでいくうちに、器楽的な構成を重視する彼の音楽の在り方には変化がないことが分かる。曲の間奏部なども優れてメロディックに作曲されている。スキャット・ヴォーカルがしばしばキャッチーな決めとなることもあって、歌ものなのにインストゥルメンタル作品のように聴ける心地良さも備えている。
声を楽器のように、楽器を声のように扱って、ひとつひとつトラックを重ねていく。そんなプロダクション・スタイルをシャウフは完全に確立しているのだろう。クラリネットとストリングスがそんな彼の重要な絵の具であることも変わらない。

その一方で、シャウフの書く歌詞はこれまで以上に、文学的なストーリーテリング性を増している。『The Party』はひとつのパーティーに集まる人々の人間模様を描き出すというコンセプトだったが、『The Neon Skyline』では同名のバーでの一夜の物語が描かれていく。友人のチャーリーとバーで飲み始めた主人公は、昔の彼女だったジュディが町に戻ってきたことを知る。そこからのバーでの出来事や主人公の回想が、曲として綴られていく。シャウフは多分、自分の感情をストレートに表出させるのは苦手なタイプなのだろう。フィクショナルなストーリーを編み上げる中に、複雑な感情をそっと忍び込ませる。歌手としては淡々と歌うことに撤しているのも、そんな彼の作家性と結びついたスタイルに違いない。

短編小説のような曲を書くことにおいては、シャウフはランディ・ニューマンに強い影響を受けているようだ。だが、『The Neon Skyline』を聴きながら、僕が思い出したのはジョニ・ミッチェルの「A Case Of You」のことだった。
「River」と同じく、1971年のアルバム『Blue』に収録されたジョニの代表曲のひとつ。そして、これも酒場を舞台にした歌だ。

「A Case Of You」の主人公はバーのカウンターでひとりグラスを重ねる女性。そして、彼女はコースターの裏側にカナダの地図を描く。別れた彼と故郷のカナダへの想いが、この曲では重ね合わされている。ジョニがダルシマーを弾きながら歌う「A Case Of You」は透明感に富んでいるが、歌詞の中の彼女は泥酔しているかもしれない。「A Case Of You」のケースとは、ワインの1ケースを指すものでもあるのだ。

『The Neon Skyline』ではアルバムの途中で別れた彼女もバーに現われ、主人公は揺れに揺れる。だが、アルコールの底に沈んでいくような物語を描きつつも、シャウフの歌はリリカルで、最後まで端正さを失うことはない。そんなところにも、僕はカナダのシンガー・ソングライターの伝統を見るような気がしている。

アンディ・シャウフが静かに提示する、シンガー・ソングライター表現の新しいかたち

Photo by Colin Medley

アンディ・シャウフが静かに提示する、シンガー・ソングライター表現の新しいかたち

アンディ・シャウフ
『The Neon Skyline』
発売中
配信リンク:https://andyshauf.ffm.to/theneonskyline
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