そんな意識の変化が、彼らの3rdアルバム『HELLO STRANGER』には確かに刻まれている。それを象徴するのが、紗羅マリーが作詞作曲を手掛けた「シャンブルの恋」。この曲を筆頭に、LEARNERSの音楽には社会的なメッセージ性が明らかに宿りはじめている。「僕らはこれでようやくバンドになった」。LEARNERSの首謀者である松田”CHABE”岳二はそう語る。そんなLEARNERSの転機作『HELLO STRANGER』について、紗羅マリーと共にこのバンドの二枚看板を担うギタリストの堀口知江、そしてリーダーのチャーべに話を訊いた。
25年間で初めての経験
ー『HELLO STRANGER』はこれまでの作品と一線を画しているというか、ちょっと位置付けの異なるアルバムだと感じました。みなさんの実感としては、いかがですか?
チャーべ:そうですね。
ー変化せざるをえなかった、ということ?
チャーべ:そう。というのも、紗羅ちゃんの意識が決定的に変わったんです。元々LEARNERSはふわっと始まったバンドなんですけど、それが去年の夏頃だったかな。僕がある曲を書いたんですけど、その歌詞を紗羅ちゃんに歌わせるのが、なんとなく心苦しいというか、単純に似合わないなと思ったんですよね。これからは本人に作詞させないと、シンガーとしての紗羅ちゃんのモチベーションが持たないだろうなって。
ー紗羅さんの意識に変化を促したものとは、一体なんだったのでしょうか?
チャーべ:2019年にライブをひたすらやって、それこそGEZANとか、NOT WONKとか、そういう表現の質量が高いバンドと接しまくったんですね。そうなると影響されないわけがないというか、「自分たちもふわっとしてらんないな」という気持ちがおのずと生まれて。そうなったら、もう戻れないんですよ。もっと簡単にいうと、初期衝動を使い切っちゃったんですよね。
ーそれこそ昨年の「全感覚祭」なんかは、出演者側にとっても相当に刺激的なイベントだったのでは?
チャーべ:まさにその「全感覚祭」で、紗羅ちゃんは初めて長いMCをしたんです。ああいう経験があったから、彼女の表現者としての自我は芽生えたんじゃないかな。
「全感覚祭」での”長いMC”が冒頭に収録された、「ALLELUJAH」のカバー(原曲はフェアーグラウンド・アトラクション)
ー制作との向き合い方が、過去作とはまったく違っていた?
チャーべ:もう、ぜんぜん違いました。25年くらい様々なレコーディングに携わってきたけど、こんな気持ちになったのはこれが初めてだったな。LEARNERSの場合はいつも僕が用意した明確な設計図があるんですけど、今回は僕もそれがわからなかったから、最後までずっと不安だった(笑)。でも、心のどこかでは絶対にできると思ってるので、とにかくなんとかしなきゃと。
紗羅マリーがバンドの意識を変えた
ーチエさんから見ても、今回の制作現場はいつもと雰囲気が違いましたか?
堀口知江:そうですね。今までは私も「LEARNERSはチャーべさんのバンド」という意識が強かったし、とにかくリーダーに任せっきりだったんですけど、それが紗羅ちゃんの想いをきっかけとして、全員が当事者にならなきゃいけなくなったんです。私も紗羅ちゃんの話を聞いてるうちに「やばい。

紗羅マリー(Photo by 小野由希子)
チャーべ:今回のレコーディングはチエちゃんや僕が歌う曲とかをまず先に録りつつ、とにかく紗羅の曲をずっと待ってたんです。次の作品は紗羅マリーの1曲がなきゃダメだっていうのが全員の共通認識だったし、ここで1曲つくらないと、きっと彼女はこのバンドを辞めると思ってたから。で、もしそうなったらレコーディングもツアーもすべてキャンセルになるから、今回はとにかく重圧がすごくて…。僕、それで体重が3キロくらい落ちましたからね(笑)。で、あれは1月3日だったかな。紗羅ちゃんからいくつかのボイスメモが届いたんです。
ーそのボイスメモが決定的だった?
チャーべ:そう。「シャンブルの恋」の1番のデモが送られてきた段階で、僕は「これだ!」と思いました。それですぐ紗羅ちゃんに「これをフル尺でつくってほしい」と伝えて。
ーそのデモは、本当に声だけが収録されたものなんですか?
チャーべ:ええ。でも、そこにすべてが書いてあったんですよ。紗羅ちゃんはクリックを聴きながら歌ってるので、リズムもあってるし、彼女はアカペラでもピッチがパーフェクトだから、そのままコードが当てられるんですね。
堀口知江:ボイスメモの段階で、もう完成されてましたよね。紗羅ちゃんがひとりであそこまで完成に持っていける人じゃなかったから、このバンドは壊れてたかもしれない。なので、そこはプロだなと思いましたね。
チャーべ:でも、紗羅ちゃんはきっと無自覚なんじゃないかな。そのボイスメモも、最初は僕とチエだけに送られてきたんですよ。「こんなショボいもの送ってごめんなさい」みたいな感じで(笑)。でも、僕はそれが本当に嬉しかった。もともと彼女は作りたかったはずなんですよ。それを人前に出せなかっただけで、きっと彼女の頭のなかではすべての音が鳴ってたんだと思う。
ーすごい。
チャーべ:いやもう、とんでもないことですよ。彼女に絶対音感があるってことはなんとなくわかってたんですけど、それにしても、これはとんでもないものを開けてしまったなと。で、そのボイスメモからチエちゃんと(ドラマーの古川)太一がコードを解読して。あれはもう、解読って感じだったよね?
堀口知江:そうですね。ギターだと表現できないようなコードだったので、太一さんのピアノがなければ大変だったと思います。
チャーべ:それをたたき台にみんなで3時間くらいスタジオに入って、それでやっと「これでいける。もう大丈夫だ」と。そうしたら紗羅ちゃんにも少し余裕が出てきたので、僕が用意してた「つきかけ」の歌詞のリライトをお願いして。「作詞:紗羅マリー/作曲:松田岳二」みたいなことができたんです。それって二人でLEARNERSを始めた頃のことを思うと、超面白くて(笑)。
ー「WIPER BLUES」のクレジットも「作詞:紗羅マリー/作曲:松田岳二」ですね。
チャーべ:これまでのLEARNERSのオリジナル曲で、僕は「女の人がひとりで過ごしている夜の情景」をずっと描いてきたんです。それは単純に僕がそういう曲が好きだっていうのがあるんですけど、そういう僕の妄想から生まれた曲を紗羅に歌わせるのは、もう難しいなと。それで紗羅に書き直してもらったんです。

堀口知江(Photo by 小野由希子)
堀口知江:当初の「WIPER BLUES」はいつも通りの元気な感じでアレンジしたんですけど、その歌詞を紗羅ちゃんがリライトしたことによって、私のギター・アレンジもかなり変わったんです。というか、今回のレコーディングはそういうことがたくさんありましたね。紗羅ちゃんに「『シャンブルの恋』のイントロ、どういう感じがいい?」と訊いたら、「キャバ嬢が吸ってるタバコみたいな感じ」と言われて、なんとなくそういうイメージで弾いてみたり。
チャーべ:(笑)。
堀口知江:今まではそういう話し合いって一切なかったんです。でも、今回は私がギターを録る段階で、太一さんから「こういう感じで弾いたらどう?」と言ってもらえたり、そういうメンバー同士のイメージの共有がそれぞれあって。今回はそれがすごくよかった。
ひとりの表現者が誕生する瞬間
ー結成当初をいま思い返すと、今回のようなレコーディングは想像もつかないことだったのでは?
チャーべ:そうですね。LEARNERSはただ好きな曲をカバーするっていうところから始まって、それがみんなと出会っていくなかで、徐々にバンドになっていった。それが一時期ちょっと行き詰まったかのように思ってたんですけど、こんな未来もあるんだなって。「ああ、バンドってこういう感じだったな」っていうのを思い出しましたね(笑)。メンバー間でピリつくときがあるのって当たり前なんだけど、LEARNERSはそれがなかったから。
堀口知江:そういうのはなにもなかった(笑)。私のなかでLEARNERSは楽しむだけのバンドっていう感覚だったし、それがかっこいいと思ってたんです。みんなでそれぞれの生活と仕事があるなかで集まって、ライブして、反省会もなにもしないで帰るっていう(笑)。
チャーべ:反省会はこの先も多分しないと思うけどね(笑)。それもまたすごいことなんですよ。この5人だから成し得たことだし、それを経たうえでの今作なので。とりあえず、ここでひとつ乗り越えたなって感じですね。僕は結成当初から、このバンドはそんなに長続きしないだろうなと思ってたし。
ーえ、そうだったんですか?
チャーべ:2ndアルバム(2017年の『More Learners』)を出した時点で、「次はもうこの感じでは作れないな」と思ってました。それこそ今までみたいにただ楽しいだけではやれないなって。
2016年のライブ映像
ーそうだったんですね。LEARNERSはずっと上り調子だと感じていたから、今のお話には驚きました。
チャーべ:まあ、パーティ・バンドってそういうものですから。最高の2ndアルバムをだしたところで終わるっていうのも全然ありだし、それはしょうがないなって。でも、この5人がもう少し一緒にいたいという感覚を持っているのであれば、こうして乗り越えられるんだなって。それが今回でわかったんです。
ーLEARNERSはもうパーティ・バンドじゃないんですか?
チャーべ:どうなのかな(笑)。僕らはそのつもりだけど、それはお客さんがどう思うのかに任せますって感じですかね。オリジナルがそうなったってだけであって、ライブのテンションは変わらないし。ただ、『LEARNERS HIGH』に収録されてる「ALLELUJAH」のカバーと「CASSIS OOLONG」がなかったら、多分その先の2年はなかったと思う。「CASSIS OOLONG」みたいな曲はいつまでも古びないというか、紗羅がいつ歌っても似合うんですよ。「ALLELUJAH」に関してはメンバー全員が特別な想いを持ってて。あの曲をカバーしたことによって、LEARNERSは今までのようにはいかなくなったし、それに匹敵するようなものをなにか作らなきゃと思ってました。
ーそれでたどり着いたのが今作だと。
チャーべ:うん。とはいえ、僕らの場合はプライマル・スクリームみたいにいきなりは変われないんですけど(笑)。LEARNERSはこれからどういうふうに変わっていけるか。それが今回のアルバムですこし見えた気がしてます。だから、次はもうなんでもイケるかなと思ってて。この5人で音が作れさえすれば、それがロックンロールじゃなくても別にいいというか。それはそれで面白そうだなって。
堀口知江:私も、きっとLEARNERSはここから少しずつ変わっていくんだと思います。いつか今回のアルバムを振り返ったときに「ああ、ここから私たちは変わったんだね」と思うんじゃないかな。
ー今作はバンドの過渡期を捉えた作品ということですね。
チャーべ:本当にそうですね。今まではとにかく「この5人のアンサンブルを見てくれ!」っていう感じで、わりとイージーに自信をもってやってたんですけど、今回に関してはこれがどう評価されようが、別にいいやって感じだし。
堀口知江:うん。私もそうですね。
チャーべ:変な言い方なんですけど、これが駄作と言われても全然いいんです。もしこれで離れていく人がいたとしてもかまわない。出来ただけで超ハッピー。だって、ひとりの表現者が誕生する瞬間に立ち会えたんですからね。しかも、そこにチエちゃんたちがこれまで積み重ねてきたものをすべて注ぎ込んでくれた。あらためて、このメンバーは本当にすごい人たちだなと思いました。僕、今までいろんなミュージシャンと接してきましたけど、それでもこの4人は本当にすごいなと思う。そういう誇りを今回あらためて感じました。
ーこれがLEARNERSの新たなスタートだと。
チャーべ:まさに。紗羅ちゃんも「このアルバムがLEARNERSというバンドにとって初めての作品みたいな気がする」みたいなことを言ってたんですけど、たしかにその通りだなと僕も感じてて。まあ、これで全曲オリジナルだったら、もっとかっこいいんだろうけど。それはまたこの先の目標にすればいいし、別にそうならなくてもいいとも思ってる。というか、この流れで「次は全曲オリジナルでいこう!」みたいな話になると、俺がまたさらに痩せ細ってしまうので(笑)。
ー(笑)。これからもなるがままになるだろうと。
チャーべ:うん。きっと紗羅ちゃんのなかには次の発想が生まれてて、そこからLEARNERSに合うものと、そうじゃないものの線引きが徐々にできてくると思うんです。そこで僕がいま思ってるのは、その先に彼女のソロとかがあったらいいなって。あるいは、ゆくゆくは堀口チエと紗羅マリーのスプリットが出来たりしたら、僕としてはLEARNERSをここまでやってきた甲斐がありますね。今作をつくったことで、そういう展開が見えてきたし、こうなったら紗羅ちゃんはやるしかないはずなんで。彼女はもう、表現したいことが溢れ出して止められなくなると思う。ようやく始まったなって感じですね(笑)。

Photo by 小野由希子

LEARNERS
『HELLO STRANGER』
発売中
LEARNERS
”HELLO STRANGER” Release ONE MAN TOUR
2020年3月2日(月)名古屋QUATTRO
2020年3月3日(火)梅田QUATTRO
2020年3月10日(火)渋谷QUATTRO
https://learnersband.tumblr.com/