新型コロナウイルスの感染拡大を懸念して、SXSWやコーチェラなどの大規模音楽フェスティバルは計画変更を強いられた。しかしライブ音楽業界全体の急激な路線変更により、さらなる混乱が起きようとしている。


コーチェラやSXSW等の大規模音楽フェスティバルや、パール・ジャム、マドンナら人気アーティストのコンサートの企画が突然仕切り直されたことは、ライブ音楽業界にとって既に大きな痛手だ。しかしこれらはさらなるカオスの始まりにすぎない、と予言する者もいる。

コロナウイルスに関連したイベントのキャンセルは、時々刻々と広がっているようだ。世界全体で260億ドル(約2.7兆円)規模のライブイベント業界は、固唾を飲んで状況を見守っている。ローリングストーン誌はブッキング、マネジメント、イベント施設に関わるいくつかの情報筋に取材を試みたが、状況がはっきりしないことに加えて対応方法を決めかねている組織もあり、コメントを得られなかった。先の状況が読めないという問題もある。米国政府のどの機関も、コロナウイルスの感染拡大による公衆衛生の危機がいつまで続くのか、具体的な見通しを立てていない。また、大人数が1ヶ所に集まる行為を禁じるべきだと主張する医療関係者もいる。

「もちろん、企業や組織が必要な感染抑制策を講じて夏頃までに収束してくれることを願っていますが、私たちはあらゆる状況に備えています」と、独立系レコードレーベルPartisanのゼナ・ホワイト社長はローリングストーン誌に語った。同レーベルには、ローラ・マーリングやブラック・エンジェルズらが所属している。「弱い立場の人たちを守るために出来る限りの努力をするのが、私たちの社会的責任でしょう。けれども明らかに今は、アーティストや独立系プロモーターのビジネスにとって大きなリスクです。
将来のことは誰にもわかりません。でもぐずぐずしていれば、事態を収拾する機会も遠のくでしょう。」

Partisanは「全てのキャンペーンのオンライン対応化を強化すべく準備を整えている」という。つまり物理的な製品やサービスの投入なしに乗り切ろうというのだ。レーベルとして「ビジネスを維持するために新たな方法を模索している」と彼女は言う。一例として「中国のアーティストらが自宅のベッドルームにいながら、オンラインでフェスティバルを主催した」こともあるという。

2020年4月に開催が予定されていたコーチェラ・フェスティバルの延期は3月初旬から噂されていたが、10月の開催が正式に発表されたのは3月10日の夜になってからだった。関係筋によると、オーガナイザーはアーティスト側と数日間に渡って話し合ったという。出演予定のアーティストの多くは、秋にツアーの予定が入っていた。無名や中級のアーティストにとってコーチェラへの出演は知名度を上げるチャンスだが、半年の延期は彼らにとって特に痛手となるだろう。

「何もかもがカオスよ。アルバムリリースのスケジュールを保留するなどあり得ません。今時はアルバム制作の納期がきっちり決められていて、厳しいリードタイムの中で作業しているのです」 ローラ・ジェーン・グレイス(リードシンガー/アゲンスト・ミー!)

DIYやインディーズのアーティストもヘッドライナー級のメジャーアーティストも、皆が慌ててスケジュールを調整している。
「何もかもがカオスよ」と、アゲンスト・ミー!のリードシンガーでギタリストのローラ・ジェーン・グレイスはローリングストーン誌に語った。「ウイルス騒ぎの前にヨーロッパのブッキングエージェントと話した時は、”今すぐに先のことまで準備しておかなければならないぞ”と言うので、私は”2021年11月のコンサートまで決まっているわ”という感じでした。先の先までスケジュールを入れて活動している人間にとって、突然のキャンセルは厳しいです。SXSWなどの場合、1年以上前から準備を始めます。ひとつの計画を一から練り直して再スケジュールすることで、他の計画全てがドミノ倒しのようにならないことを願うのみです。これ以上のキャンセルは勘弁して欲しいし、この先どうなるか皆が注視しています。」

グレイスによると、他のアーティストもウイルスがツアーに影響するだろうと考えているという。「アルバムリリースのスケジュールを保留するなどあり得ません。今時はアルバム制作の納期がきっちり決められていて、厳しいリードタイムの中で作業しているのです」とグレイスは言う。「アルバム制作を進めてきたバンドがプレス作業を5ヶ月間止められた上に、リリース予定日が1ヶ月後に迫っているという状況をどうしたらよいでしょう。アルバムリリースやツアーのスケジュールは、よっぽどのことがない限り変えられないのです。何年もかけて準備してきたものを無駄にはできません。」

アーティスト以上にプロモーターも、コロナウイルスによる影響を感じ取っているようだ。法律事務所のKing, Holmes, Paterno and Berliner LLCのマネージングパートナーであるハワード・キングは、コロナウイルスによる影響が、一部のビッグなアーティストを除く全てのアーティストに悲惨な状況をもたらす可能性がある、と指摘する。
Live NationやAEGなどの有力プロモーターでない限り「コロナウイルスの影響でかかった費用を回収できずに廃業していく可能性がある」という。

「現時点で(オーガナイザーが)できることは限られています」と、あるエージェンシー筋は証言する。せいぜいイベントの観客向けに手指用の除菌剤を会場に用意する位しかないという。「コンサート会場へ足を運ぶことでどのような危険に晒されるか、人々は理解しています。ウイルス感染を予防する最善策は、正しい方法で手洗いを実施し、他人と直接触れ合わないことです。」

コロナウイルスの影響による損失を保険でカバーしようと期待しているプロモーターやアーティストは、明暗が分かれる。「伝染病は保険の補償範囲になり得ますが、2020年1月後半に、コロナウイルスに関する特定の免責条項が業界全体で付加されました」と、保険会社HUB Internationalでエンターテインメント業界向け保険を担当する部門の上級副社長は言う。「免責条項が付加される以前に興行中止保険に加入していたフェスティバルやイベントは、限定的ながらも補償されるかもしれません。ところが今後加入する新規の保険契約では、コロナウイルスによるイベント中止は一切補償されないでしょう。」

「世界金融危機以来最大となる危機管理対策に課された試練です」

アナリストらは、コロナウイルス問題はここ10年で最も大規模な経済的試練のひとつだとしている。南カリフォルニア大学マーシャル・ビジネススクールでリスクマネジメント・プログラムの責任者を務めるクリステン・ジャコニは、コロナウイルスに関する知識とデータが不足していたために、各企業が積極的な対策を取れなかったと指摘する。テクノロジー、小売、ライブ音楽などグローバルに展開する業界では、特にビジネスに欠かせない移動・輸送に関する問題に直面している。

「世界金融危機以来最大となる危機管理対策に課された試練です」と、ジャコニはローリングストーン誌に語っている。「現時点ではウイルスの影響を明確に把握できておらず、収束するのか否かもはっきりしません。
従って多くの企業にとっては、2008年の金融危機以来最悪の事態と言えます。」

一方で、正確なデータが全くわからない状況にある。「私たちは公共の健康と安全に対するリスク対策を最優先しています。エンターテインメントやスポーツの業界も、公共の健康と安全を現時点で最も重要視しています」とジャコニは続けた。また、複数のアナリストが最近フォーブス誌に語ったところによると、音楽業界全体の損失は50億ドル(約5200億円)に上る可能性があるという。また映画業界でも、同規模の損失を被ることが予想されている。既に、最新のボンド作品『No Time to Die』をはじめとする有力な映画の制作や公開スケジュールが先送りされている。

「音楽業界は全体的に、今回のようなブラックスワン・イベントへの準備ができています。しかし規模の大きなオペレーターであれば経済的な嵐を乗り切れるでしょう」と、IBISWorldの業界アナリストであるケビン・ケネディは言う。「概してコロナウイルスは、特にキャンセルや延期のリスクに上手く対応しにくい小規模なオペレーターに経済的な悪影響を及ぼす可能性があります。」

コロナウイルスのさらなる流行とフェスティバルシーズンが重なることになれば、今後数ヶ月の間にライブ音楽業界はさらなる経済的影響を被るだろう、とケネディは指摘する。「イベントが計画サイクルの後半に入っている場合、キャンセルや延期による損失は通常時よりもずっと深刻なものになるでしょう」と彼は、Covid-19がさらなる景気低迷につながる可能性を示唆した。コンサートで自分の生活費の余剰分を落としてくれる観客に大きく依存するライブ音楽ビジネスにとって、経済的な停滞は、生活必需品を提供する業界などと比べてより大きな影響を受けるだろう。そのような状況でもライブ音楽ビジネスは立ち直らねばならない。


「コンサートの売り上げは生活費の余剰分でチケットを買ってくれる観客に依存しているため、人々の収入レベルを低下させるような経済の低迷は、ライブ音楽業界にさらなる影響を与えるでしょう」とケネディは言う。「従って、Covid-19が世界経済に与える影響を理解し、業界全体の業績がどう推移するかを見極めることが重要です。」

一般的に大規模な音楽フェスティバルは、地元経済の大きな収入源となる。2019年にオースティンで開催されたSXSWでは、音楽、映画、インタラクティブカンファレンス、パネルディスカッション、ゲーミングエクスポなど多彩なイベントが行われ、41万7000人を集めた。フェスティバルの担当者によると、SXSWはオースティンに3億5600万ドル(約376億円)をもたらしたという。フェスティバル会場周辺のブティックホテルやレストラン等の小規模ビジネスにとって、近隣で開催される大規模音楽イベントは年間売上の大部分を占める重要な収入源となる。

米国第二の規模を誇るコーチェラは、2019年に約60万人を集めた(ちなみに2019年の最大のフェスティバルは、ミルウォーキーで開催され75万人以上の観客を集めたサマーフェストだった)。2019年、コーチェラ・フェスティバルが開催されたインディオの公共事業責任者ジム・カーティスはNBCのインタビューで、同市はコーチェラとステージコーチの両イベント合わせて14億ドル(約1480億円)の収益を上げたことを明らかにしている。NBCによれば、半分以上の8億500万ドル(約850億円)がコーチェラ・バレーの町の収入で、インディオ市には約2億1200万ドル(約224億円)が入ってきたという。グレーター・パームスプリングスのように退職後の高齢者が多く暮らす地域では、イベント収入の一部が、地域に必要な医療関係者にかかる高額な費用に充てられている。

業界で最も打撃を受けているのは、ツアーマネージャーをはじめサウンドボード・オペレーターや施設のスタッフ、クルーメンバーなどツアー収入に依存する人々だろう。コンサートが行われなければ収入源を失うことになる。「私のような立場の人間が最も懸念しているのは、担当しているバンドの仕事が無くなることです」と、ジミー・イート・ワールドとエンジェルズ・アンド・エアウェーブズらバンドのツアーマネージャーを務めるジェフ・ペレイラは言う。
「仕事の無い時期に備えて蓄えねばなりません。場合によっては数週間も続く予期せぬ休暇が現実味を帯びているのです。ツアーやプロダクションに関わる多くの人たちが同様の課題に直面しています。皆結局は、まだ開催される可能性のあるツアーがあれば一生懸命に仕事を求めて働きかけるか、或いは音楽とは関係のない地元での仕事を探さねばならない状況です。」

「ある時、バンドのメンバー全員がインフルエンザにかかって下痢と嘔吐で大変だった。それでも俺たちはステージに上がってプレイした。内容はとても見せられたもんじゃなかったけどね」 ブライアン・クック(ベーシスト/ロシアン・サークルズ)

インストゥルメンタル・バンドのロシアン・サークルズのベーシスト、ブライアン・クックは、6週間に渡るヨーロッパツアーを延期せざるを得なかった。ツアーで訪れる予定だった全ての国が、大人数の集まるイベントを禁じたからだ。「俺たちはあらゆる事を乗り越えてきた」とクックは言う。「メンバーのギタープレイヤーは親指を骨折したまま6週間のツアーに臨むつもりだった。高速道路を移動中にトラックに突っ込まれて、機材の半分が壊れてしまったこともある。ほとんどのアーティストはどんな状況でもプレイを続けると思う。背中痛で立っているのもやっとの状態でプレイしていたアーティストを知っている。ある時は、バンドのメンバー全員がインフルエンザにかかって下痢と嘔吐で大変だった。それでも俺たちはステージに上がってプレイした。内容はとても見せられたもんじゃなかったけどね。」

「レコードはできているしファンも心待ちにしてくれているから、ビジネスを止める訳にはいきません。だから会議も自宅からビデオチャットで続けているのです」と、レーベル社長のホワイトは言う。「あらゆる状況にできるだけ備えることが、最優先課題です。不安定な時期こそ、迅速な意思決定が必要とされるのです。」

コンサートファンが被る損失は?

ファンもまた、自分の財布にコンサートのキャンセルを実感している。2019年、SXSW向けのホテルの宿泊料金は1泊あたり平均365ドル(約3万8600円)で、平均滞在期間は5泊を超えた。つまり多くの場合、宿泊だけでひとりあたり2000ドル(約21万円)近くを費やしたことになる。2020年のイベント開催のキャンセルを決めたSXSWは、今年のチケットに関して、2021年、2022年、2023年の同フェスティバルへの振り替えを可能にすると発表した。フェスティバルの広報担当がローリングストーン誌に語ったところによれば、振り替えチケットには何らかの「追加特典」を付加しようと考えているという。

マイアミで開催予定だったウルトラ・ミュージック・フェスティバルは3月9日夜にチケット購入者へ宛てたメールで、今回のチケットは今後2回のフェスティバルに有効だとし、さらに追加の特典やサービスのパッケージの詳細も伝えた。特典には、ウルトラ・ワールド・ワイドの無料チケット、翌年行われるフェスティバルで開場前の特別DJセットへの参加、250ドルまでの買い物の50%割引が含まれるという。ところが説明の中に「返金」という言葉が見当たらないため、ソーシャルメディア上では即座に怒りの声が上がった。

SXSWのリストバンドのスタンダード価格は225ドル(約2万4000円)、一般のミュージックバッジが1395ドル(約15万円)で、プラチナバッジはさらに高額になる。例えばミュージックバッジとホテル代だけでも3400ドル(約36万7000円)かかり、さらに現地までの交通費や食事代などが別途かかることになる。数ヶ月前からお金を貯めてSXSWに参加するファンすらいる。アナリストらが指摘するように、コロナウイルス危機が収束した後はライブイベントビジネスが再び勢いを取り戻すだろう。

「人類の文化の中でもとりわけ音楽は代用の利かない存在です。安全であると確認できれば、人々はまた会場やイベントに足を運ぶことでしょう」とケネディは言う。
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