音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている ~アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス~」。第15回は日本でまだ認知度の低い場面緘黙症を、産業カウンセラーの視点から考察する。


ミス・英国2013、ミス・イングランド2013に選ばれたカースティ・ヘイズルウッドさんは、「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」のために、学校等の特定の社会的状況では話をすることができず、長年苦しんできたということを明かしています。この場面緘黙症は、特に日本では認知度が低いため、場面緘黙の状態を「治療が必要なもの」として認識されないケースが多いという問題があります。

聞き慣れない病名や概念を耳にすると「なんでも新しく病名をつける」と揶揄する人もいますが、実はこの「場面緘黙症」という概念は、1934年には初期的な研究が発表されていて、1950年代以降には日本も含めていくつも研究がなされており、最近になって現れたものでも、歴史の浅いものでもありません。アメリカ精神医学会が定めた「DSM-5 精神障害の診断と統計の手引き」によると、以下のように定義されています。

A. 他の状況で話しているにもかかわらず、話すことが期待されている特定の社会的状況(例:学校)において、話すことが一貫してできない。

B. その障害が、学業上、職業上の成績、または対人コミュニケーションを妨げている。

C. その障害の持続期間は、少なくとも1ヶ月(学校の最初の1ヶ月だけに限定されない)である。

D. 話すことができないことは、その社会的状況で要求されている話し言葉の知識、または話すことに関する楽しさが不足していることによるものではない。

E. その障害は、コミュニケーション症(例:小児期発症流暢症)ではうまく説明されず、また自閉スペクトラム症、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中に起るものではない。

特定の状況で「話したいのに声に出せない」状態の当事者が「家ではそんなにしゃべれるんだから、学校でも話しなさい」と言われたり、「甘えている」「わざと話さないのだ」と誤解されたりして、精神的にも追いつめられてしまうことがあります。場面緘黙症は家庭環境や親のしつけ等とも関係はありません。そして、脳の器質障害ではなく、社交不安症のひとつとして考えられる症状で、適切な治療的介入がなされると改善が可能です。
しかし、「大人になったら自然と治る」などと言われ、適切な支援がなされないと、症状の改善が遅れ、うつやその他の不安症状などの二次障害が生じてしまいやすくなります。実際に、一見自然と治ったようにみえる人も、偶然環境が整い、本人が大変な努力をしているケースが多いのです。

周囲の人は、話さないことを責めてはいけません。答えが返ってこなくても、あたたかく話しかけましょう。周囲の理解がないことにより、当事者が孤立してしまうこともあります。望まない孤独は様々な問題の要因となりますので避けなければなりません。また、不安が高まりそうなシチュエーションでの発話を強要してはいけません。緘黙の児童の場合、「発話を促す」→「不安が強くなる」→「(大人が)代わりに答える(発話の回避)」→「不安が軽減する」→「緘黙が維持・強化される」という負の強化サイクルになってしまうこともあります。場面緘黙が疑われる場合には、まずは、不安症や発達障害に詳しい医師や心理士、言語聴覚士がいる発達センターや教育センター、病院に相談しましょう。個別に対応方法を考えて、段階的に、スモールステップで改善をはかっていきます。

そして、なによりまだまだ認知度が低いため、理解者を周囲に増やしていくことが大切です。ミュージシャンにも場面緘黙について発信している人たちがいます。
mananaさん、若倉純さん、中越千春さん、AIRIさんによる「場面緘黙経験者発信ライブ かんもくアコースティックライブ」というイベントがあります。これはタイトルどおり、場面緘黙経験を持つ彼らが、その経験をもとにつくられた曲を発表し、当事者や経験者同士の交流と理解を深め、場面緘黙を広く世の中に知ってもらうことを目的とした音楽イベントです。

特定の場面で喋れないことに対する誤解、場面緘黙症とは?

「場面緘黙経験者発信ライブ かんもくアコースティックライブ」の様子

代表のmananaさんは「場面緘黙経験を持つアーティストたちが自らの企画・出演で音楽イベントを行っています。2016年より始めた当イベントも、昨年で3回目を迎え、たくさんの方にご来場いただきました。今年は場面緘黙をテーマに共同制作したオリジナル曲のCDリリースも予定しています。経験者の私たちだからこそ伝えられるものをしっかり届けられるよう、そしてより多くの方に場面緘黙を知ってもらえるよう、これからも取り組んでいきたいと思います」と語っています。こうした動きを通じて、人知れず苦しみ悩んでいる人たちがひとりでも多く幸せになれる社会になれればと思います。

【参照】
専門家に聞く、場面緘黙(かんもく)について知っておきたいこと
NHKハートネット福祉情報総合サイト2018年9月7日:https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/105/
 
場面緘黙症Journal
https://smjournal.com/

かんもくアコースティックライブ
https://kanmokulive.jimdofree.com/

<書籍情報>
特定の場面で喋れないことに対する誤解、場面緘黙症とは?


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。
2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP
https://teshimamasahiko.com/
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