2020年4月、Netflixにて『攻殻機動隊 SAC_2045』全世界独占配信がスタートした。これに合わせて、KDDI株式会社は「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」の一環として、『攻殻機動隊』の世界が現実に合成される拡張体験「au 5G × 攻殻機動隊 SAC_2045 "UNLIMITED REALITY"」なるオンラインコンテンツサービスを実施。


渋谷の街で『攻殻機動隊』の登場人物が犯人と戦うオリジナルストーリーを360°VRで体感できる「UNLIMITED REALITY - 渋谷複合現実化ミッション」や、Twitter上で主要キャラクター6人の画像を集めると人気ファッションブランド「F-LAGSTUF-F」スペシャルコラボTシャツを抽選でゲットできる「#公安9課メンバーを集めろ キャンペーン」、ユーザーの顔に『攻殻機動隊』の主人公たち公安9課メンバーの顔を合成できるインスタフィルター「公安9課インスタフィルター」、人気キャラクター・タチコマのARコンテンツを自宅で楽しめる「UNLIMITED REALITY - タチコマAR」と、いずれも攻殻フリークの遊び心をくすぐるサービスとなっている。

これらのコンテンツの世界観をより深く楽しんでもらう為にも、そもそも『攻殻機動隊』とはどんなアニメなのか説明する必要があるだろう。

大友克洋が1988年に『AKIRA』を発表し、サイバーパンク的な世界観で近未来を描いたハードSFへの注目度が高まっていた時代、士郎正宗が原作となる漫画作品『攻殻機動隊』を制作。これを『うる星やつら』や『機動警察パトレイバー』のアニメシリーズを手掛けたことでも知られる押井守が1995年に劇場アニメ化。この記念すべきアニメ版第一弾作品『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は、アメリカのビルボード誌のホームビデオ部門売上ランキング1位を獲得し、スティーヴン・スピルバーグやジェームズ・キャメロンなど世界的ビッグネームにも大絶賛され、ジャパニメーションの金字塔的作品として現在まで語り継がれることになった。なお、人類が電脳によってインターネットに直接アクセスできる設定や、現実世界と相違ないインターネット空間の世界描写、黒い画面にグリーンの文字が流れる演出などは、1999年以降に空前の世界的大ヒット映画シリーズとなった『マトリックス』のモデルとなっている。


こうしてインターネット社会の未来を描く創作物のテンプレート=グローバルスタンダードにもなった『攻殻機動隊』は、それらのインスパイア作品を牽引し続けるかのようにシリーズ化。押井守による2004年の続編『イノセンス』が日本のアニメーション初の「カンヌ国際映画祭」コンペティション部門選出作品となる快挙を達成する一方で、押井守が若手育成の為に主宰していた押井塾の塾生であった神山健治が『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(以下『攻殻S.A.C.』)シリーズを手掛け、大ヒットさせる。また、押井守の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』製作チームの一員であった、同じく弟子筋の黄瀬和哉による『攻殻機動隊 ARISE』シリーズも、主人公・草薙素子誕生や公安9課設立を描くエピソードゼロ的なアプローチで注目を集めた。さらに、2017年には、アメリカでまさかの実写化映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』が公開。スカーレット・ヨハンソンやビートたけしの怪演は今もなお賛否両論を巻き起こしている。これらひとつひとつの作品を掘り下げて紹介したいところなのだが、今回は『攻殻S.A.C.』シリーズについて特筆したい。
何故なら、今回「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」とのコラボレーションを展開している『攻殻機動隊 SAC_2045』は、このシリーズと同じく神山健治が、荒牧伸志と共に監督として手掛けているからだ。

このタイミングで『攻殻S.A.C.』の世界設定と登場人物たちの紹介をざっくりと。時は西暦2030年。人間が脳神経からインターネットに直接接続できるようになる電脳化や、義手や義足の技術を発展させた全身義体化(サイボーグ化)が可能となった世界。これにより、人間は食事を摂らずとも生命維持が可能となり、他者との直接電脳での会話やデータのやり取りも日常化。今現在、現実世界を苦しめている新型コロナウィルスもきっと無効化できるだろう。
そんな人類が追い求めてきた理想郷を現実化した世界。しかし、進化を遂げ過ぎたハイテクノロジー社会ゆえの犯罪がある。電脳化するということは、我々が日常的に使用しているパソコンがハッキングやコンピューターウィルスで破壊されるリスクを伴っているように、それらによって重要な記憶を盗まれたり、他者に人格をコントロールされたり、視界に入ってくる情報を差し替えられたり、脳死させられてしまうことだって有り得る。また、そんな世界を転覆させようとするテロも起きるし、これらのシステムを悪用した汚職事件も起きる。価値観が多様化/複雑化した分、犯罪も多様化/複雑化してしまった未来。

そんな超難解な事件を超人的な思考と技術で解決する、内務省・首相直属の防諜機関・攻性組織(非公開組織)が公安9課。
そのメンバーは、「犯罪に対して常に攻性であること」を信念とする創設者/課長の荒巻大輔、特A級のハッカー及び義体使いである少佐こと草薙素子、そんな素子のパートナー的存在でもある元レンジャーのバトー、元警視庁捜査一課の刑事で捜査能力に長けるトグサ、素子ら実働部隊を電脳捜査で支える要・イシカワ、どんな状況下でも獲物を狙い打つ凄腕スナイパーのサイトー、爆発物のスペシャリスト・ボーマ、聞き込みや張り込みのプロフェッショナル・パズ。そして、公安9課の面々を時に戦闘兵器として、時に癒し系キャラとして支え続けるAI思考戦車のタチコマたち。なお、最新作では、タチコマのメンテナンス等を担当する江崎プリン、傭兵のスタンダードといった新キャラクターも登場する。

『攻殻S.A.C.』シリーズは、これら公安9課メンバーそれぞれのヒューマンドラマ要素を盛り込み、いわゆる刑事ドラマ的な描き方を取り入れており、それまでの『攻殻機動隊』の「マニアックで難解なアニメ」というイメージを和らげ、多くのファンを獲得。とは言え、様々な文芸作品の名言や比喩を多用しながら繰り広げられる思想討論や、グリコ・森永事件や三億円事件など現実社会の事件をモチーフとした劇場型犯罪、カメラに映る犯人の顔部分にリアルタイムで「笑い男」と呼ばれるマークを上書きしていく(人物を特定させない)手法、AIロボットがやがて人間同様に死という概念を取り込んでいく物語、高齢化及び少子化が激化していく未来を想定した社会風刺的アプローチ等々、他の追従を許さないセンセーショナルな描写の数々は、明快な設定で簡単に笑って泣ける作品が量産されていく現代アニメシーンにおいて、硬派で異端な存在感を放ち続けた。また、後続のSFアニメや刑事モノ作品にも多大な影響を与え続けている。


最新作『攻殻機動隊 SAC_2045』は、過去作品を凌駕するこれまた衝撃作だ。映像には『攻殻機動隊』史上初のフル3DCGアニメーションを採用。先述の通り、『攻殻S.A.C.』シリーズ生みの親である神山健治はもちろん、『攻殻機動隊』同様に士郎正宗原作のアニメ映画『APPLESEED』を手掛けた荒牧伸志も監督として名を連ねる。キャストには、草薙素子役に田中敦子、荒巻大輔役に阪 脩(89歳での熱演!)、バトー役に大塚明夫、トグサ役に山寺宏一など攻殻フリークにとってはお馴染みのオールスターチーム。

Netflixで配信されるや、再生ランキングで連日1位を記録しているが、それもそのはず、この作品は『攻殻機動隊』全シリーズの中で、現代社会とそこに生きる現代人との距離を最も縮めた作品だからだ。近い将来に「有り得る」と誰もが想像できる世界。
世界経済が壊滅し、計画的かつ持続可能な戦争時代に突入。それに伴い、驚異的な知能と身体能力を持つ存在が現れ、各所で不可解な事件が勃発。その中には、SNS社会で不特定多数のユーザーから悪と評価された人物を集団リンチ、実際に絶命させてしまうシステムも登場する。新型コロナの蔓延、緊急事態宣言後に問題視されている「ジャスティスハラスメント」が人を物理的に破壊できてしまう未来。その描写は社会風刺に終わらず「何故そんな殺人テクノロジーを人間は生んでしまったのか」まで深堀りされていく。

なお、今作は視聴者から「初心者向け」「過去最も分かり易い」などの感想もよく記されているが、それはきっともう時間がないからだろう。かつては遠い未来を描いていた『攻殻機動隊』シリーズだが、その未来は限りなく現実に近付いている。SFとして描いた犯罪や危機がもう「有り得る」世界に到達しつつある。『攻殻機動隊』製作陣や公安9課の面々がアニメを通して鳴らし続けてきた警鐘は、今確実に万人に響かせなくてはならなくなった。そう捉えると、今回の最新作『攻殻機動隊 SAC_2045』は、現実世界を生きる者たちへの最終通告なのかもしれない。どんなにテクノロジーが発達しても、それを良くも悪くもコントロールするのは人間。それを学ぶには、今や日本が世界中に誇る文化となったジャパニメーション、その金字塔である『攻殻機動隊』が適任と言えるだろう。

テキスト:平賀哲雄

◎au 5G × 攻殻機動隊 SAC_2045 "UNLIMITED REALITY" 公式サイト
https://shibuya5g.org/article/house-contents-shibuyakokaku/