冷たさと陰影と緊張感に富み、だからこそ光が被写体に射し込んだときに強烈なコントラストを浮かび上がらせる映像美の設計図。誰よりも演奏シーンをクールに切り取る演出力。
2010年代以降の日本の音楽シーンにおいて、dutch_tokyoこと山田健人がクリエイトするミュージックビデオは特別な求心力を放っている。

彼が本格的に映像作家のキャリアをスタートさせたのは2015年。当時、23歳。中学時代にゲームアプリを開発し、高校に入学すると電子工作に着手。ほどなくしてモーショングラフィックスに興味を覚え、そこから友人のバンドマンたち──たとえばSuchmosYONCEがヴォーカルを務めているOLD JOE、D. A.N.やDATSの前身バンドがいた──の写真を撮るためにライブハウスに通う日々が始まった。被写体を動画で撮影すること、そしてMVを制作することもその延長線上にあった。yahyelのメンバーとして肉体的な方法論で映像表現をステージに投写する源泉も同様だ。

「プログラミングやモーショングラフィックスもそうですけど、パソコンに命令を与えてその結果が返ってくる理系っぽい作業をずっとやっていたので、自分で撮影した動画を編集する作業が新鮮で楽しくて。何が起こるかわからない生っぽいものに魅力を感じるようになりどんどん実写にハマっていったんです」

山田がこれまで自らの手を動かしてきたことはすべて独学だ。ゆえに映像作家のロールモデルはいない。高校時代から大学卒業までアメリカンフットボールにも時間を捧げ、2012年にはU-19の日本代表チームの一員になりW杯で世界3位に輝いている。

「僕がグラウンドでアメフトの練習をしている裏で、芸大や美大で有名な先生に映像を教えてもらっている人がいるんだろうなと想像して、勝手に意識していました。
それもあって映像を始めて最初の2年くらいは多少の劣等感を持っていたんです。アメフトで培ったチームワークの重要性であり統率力は自分でカメラを持たずに監督に徹するようになった今になって活きていると思います。アメフトを引退してからは、映像に思う存分時間を費やせるようになったうえでどこまで結果を出せるかということをすごく考えていましたね。でも、他人との競争に意味がないなと感じたのは自分の作ったMVが世に届き始めたという実感を覚えたからだと思います」

2016年1月、バンドのみならず山田健人の名も一気に広がる契機になったのはSuchmosの「STAY TUNE」だった。

【動画】Suchmos「STAY TUNE」のミュージックビデオ

「当初、同世代のミュージシャンのMVを撮ることは自分の中で遊んでいただけ、という感覚でもあったんです。有名になりたいというよりは『自分たちが作っているものは最強だよね』という共通認識があったと思います。Suchmosも僕も”STAY TUNE”をきっかけに世の中に届く喜びと、作品がひとり歩きしてしまう恐怖心を知ったと思うんですね。そういう意味でも重要な作品です」

死後100年残る映像を作れたらいいという感覚でやっている

2017年、宇多田ヒカル「忘却 feat. KOHH」のディレクションを務めたことで、彼の作家性はさらに大きく広まり、浸透していく。本作を筆頭に2017年はYogee New Waves、OKAMOTOS、Tempalay、水曜日のカンパネラなどの近しい関係にあるアーティストだけではなく嵐やGLAY米津玄師などのMVも手がけ、名実ともに日本を代表する映像作家の仲間入りを果たした。

「それまで周りにいる10人が自分の作る映像をカッコいいと言ってくれていたけど、世の中の人たちにカッコいいと言ってもらえる普遍的な表現を追求する必要性を感じたのが2017年ですね。自分の立ち位置を見つけたのもそのタイミングで。アート然とした方向に振り切れることもできたけど、音楽ジャンルに分け隔てなく仕事することに意味があると思ったし、自分の映像を媒介にしてマスとコアを一つにしたいという気持ちが生まれたんです。
ストレートに言えば、『いいものはいい』という考え方。映像はそれを提示しやすい表現だと思った。そのうえでテクノロジーや技術ベースではなく、人間の文化の中で長く残っていく作品を作りたいという欲求がどんどん増していきました。極論を言えば、自分が生きている間に死後100年残る映像を作れたらいいという感覚でやっています」

2020年以降は、映像を起点にライブ全体の演出を積極的に手がけていきたいという。さらに、映画を撮ることも現実的な未来として描いている。今の山田健人を突き動かしているのは、日本のエンターテインメント産業の構造に対する危機感でもある。

「正直、自分が死んだあとのことを考えていて。まだ生まれていない自分より50歳下の子どもたちが将来の夢に”MV監督”と書ける状況にしたいというのが今の目標なんですね。そのために業界の仕組みを変えないといけないし、自分がゲームチェンジャーになってそれを果たしたい。少しずつ変えられる可能性もあると思うから、今は社会や政治のことも勉強しながら映像を作っています。とにかく映像表現に希望が持てる未来を子どもたちにつなげていきたいですね」

・山田健人が選ぶ、2010年代の代表作

Suchmos「In The Zoo」

SuchmosのMVに関してはつねに自分の好きな感覚を更新している自負があるのですが、「In The Zoo」は過去最高に僕の映像とSuchmosの音楽を融合できたと思います。彼らがこの曲を作ったときの心情とリンクする形で自分の好きな映像表現に落とし込めた。
ある種の不安定さを陰と陽が共存した映像の中でまとめていて、そのための努力もかなりしました。バンドもこれまでのアルバムはそのときのノリやフィーリング重視で制作できたと思うけど、「In The Zoo」が収録されている『THE ANYMAL』というアルバムは自分たちのリアルな葛藤と向き合った作品だと思うから、僕もそこに寄り添った映像を撮りたかった。個人的に一番好きなシーンはバンドロゴが映し出されてラスサビに入っていくところで、そのときに一瞬、鳥が羽ばたく画と海の画がインサートされるんですね。あのシーンは編集しているときにこれしかない、と思いました。一般的な演出であれば、あのシーンはYONCEの顔の1カットにするはずで。あの画をこの曲に差し込めるのは、これまで彼らと深い付き合いをしてきた僕しかいないと思いますね。

宇多田ヒカル「忘却 feat. KOHH」

個人的にすごく思い入れのある作品ですね。本当に考え抜いて制作したし、すごく完成度の高いMVだと思います。当時の僕にとって、宇多田さんのMVを撮るという緊張感はものすごくありました。精神的に追い詰められて現場で嘔吐したほどです(笑)。でも、この作品を撮ったことで今はどんなビッグネームのアーティストを撮るときもイヤな緊張感を覚えなくなりましたね。現場ではテーマを一つ設定しました。
それは宇多田さんにも、KOHHさんにも何度も歌唱シーンをさせたくないということで。あれだけの曲を何度も現場で歌わせるのは絶対に違うと思ったから。実際に歌唱シーンは2、3テイクしか撮らなかったです。そこまで思ったのはこの作品が初めてであり、今のところ最後かもしれないですね。

yahyel「TAO」

僕にとってyahyelという場所があることで、作家性を担保できるのは大きなことで。自分がバンドのメンバーであることでデモの段階から曲を聴いたり日常的にイメージを共有できたりするわけで、MVでも初めて仕事をするアーティストとは違う純度の高さや親和性、化学反応がやっぱりありますよね。そのうえで演出の抑制をためにためて、最後にホームランを打つタイプのMVとして、自分が手がけた作品群の中で一番秀逸なのが「TAO」だと思います。限られた予算の中で、上手く最後にホームランを打つためにアイデア勝ちできた。このロケ場所は、King Gnuの「白日」とかいろんな作品で使われているんですけど、使い方がかなり斬新だと思います(笑)。

山田健人が選ぶ、2010年代のベストミュージックビデオ

Bonobo「No Reason (feat. Nick Murphy)」(Dir:オスカー・ハドソン)

国内でも海外でも印象深いMVはいろいろありますが、本当の意味で喰らったなと思ったのはボノボの「No Reason」ですね。楽曲も映像も素晴らしい。緻密に計算してシンプルなMVを作り上げているし、そのために上品な予算のかけ方をしていると思います。
世界観の作り方において、たとえばライティングのトーン一つとっても”上品”というのは僕も大事にしているキーワードです。僕は現場でよく「2色まで」と言うんですね。僕の美的感覚として、色数が多い映像を下品に感じてしまうところがあって。カラフルなMVは「STAY TUNE」以降、あまり作ってないかもしれないですね。このビデオをディレクションしたオスカー・ハドソンという監督は上品でシンプルな設計によって制作された作品が多いのですごく好きです。

山田健人
映像作家/ミュージシャン。1992生まれ。東京都出身。独学で映像を学び、2015年よりフリーランスとして活動。SPACE SHOWER TV主催『SPACE SHOWER MUSIC AWARDS 2018』にて、「BEST VIDEO DIRECTOR」を史上最年少で受賞。2019年、水曜日のカンパネラの「かぐや姫」のミュージックビデオで、『第22回文化庁メディア芸術祭』エンターテインメント部門の新人賞を受賞。yahyelのメンバーとして国内外でライブを行う。
通称、dutch_tokyo。

Edited by Yukako Yajima
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