アリババを抜き時価総額アジア首位となったテンセント(騰訊)が世界中から注目される中、日本を代表するソニーは、人気ゲーム『フォートナイト』の運営元である米エピックゲームズへの出資を発表した。テンセントが大手レコード会社への出資を進める中、どれだけの大金を積もうとも、ソニーは音楽事業を売却するつもりはなさそうだ。


まったくテンセント(騰訊)は、なんて頭がいいんだ。テンセントがどれだけ賢いかを知るには、まず次のことについて考えてほしい。7月9日、エンターテイメントおよびエレクトロニクス大手のソニーは、人気ゲーム『フォートナイト』の運営元である米エピックゲームズに2億5000万ドル(約268億円)の出資をすると発表した。エピックゲームズが先日叩き出した企業価値は、なんと170億ドル(約1.8兆円)だ。要するに、ソニーはエピックの約1.5%の株式を所有することになる。

しかし8年前の2012年の夏、ソニーのライバルである中国のテンセントは、すでにエピックの株を買い上げるのにかなりの金額を投じていた(約340億円)。これは『フォートナイト』の正式ローンチの5年前だ。この取引により、テンセントはエピックの株式の40%を所有することになった。これは、2020年の取引によってソニーが手に入れた約27倍である。

・【コラム】「フォートナイト」とエピック・ゲームズから音楽業界が学ぶべきこと

7月9日のソニーとの取引を事実と認めたエピックのティム・スウィーニーCEOは、エンターテイメント会社——とくにソニーの音楽会社(ソニーミュージックやソニーATVミュージックパブリッシングなど)——との相互接続性がますます高まる今後の状況に言及した。「ソニーとエピックは、クリエイティビティとテクノロジーの交差点でビジネスを築いた企業です」とスウィーニーCEOは述べた。「そして我々は、ゲーム、映画、音楽の収束につながる、リアルタイムな3Dソーシャル体験に関するビジョンを共有しています」。
スウィーニーCEOの発言は、全音楽業界から注目された。というのも、2700万人以上のゲームファンが参加したトラヴィス・スコットの歴史的な『フォートナイト』でのバーチャル・コンサートがまだ人々の記憶に残っていたからだ。

だがソニーとエピックの結合は、音楽業界の分岐点となり得る、ここ数週にわたってソニーから発表された2大ニュースのひとつに過ぎない。偶然かどうかはさておき、もうひとつはお察しのとおり、テンセントに関するものである。

5月19日、東京に本社を置くソニーは吉田憲一郎CEOを介して2021年4月付で社名を「ソニーグループ」に変更すると発表した。これは、宇宙規模のアップグレードなんてものじゃない。英フィナンシャル・タイムズ紙が指摘するように、新体制は長年にわたってソニーの基盤であったエレクトロニクス事業と同じくらいゲーム(PlayStation)、映画(ソニーピクチャーズ)、音楽(ソニーミュージック)にフォーカスしたいという同社の計画を暗示しているのだ。これだけでも——そこにエピックへの約268億円の出資を加えるとなおさらだが——超大型音楽ビジネスにとって非常に興味深い。なぜなら、これは筆者が昨年寄稿したコラムで述べた「One Sony」というエンターテイメント業界のユートピアがさらにエキサイティングな現実になろうとしているからだ。(訳注:”One Sony”=部門間の垣根を取り払い、総力戦で商品を開発する体制のこと)

しかし、ソニーの新体制には別の意味合いもある。フィナンシャル・タイムズ紙のレオン・ルイス氏は次のように述べる。「(ソニーの)真の戦略変更は——これはより心理的なものであるが——吉田氏によるポートフォリオの多様性への言及によって明確になっている。
これは、現在行われている一連の売却を通じ、かつては肥大化していた企業の”核”だけを残してスリムになることを意味している。ソニーは自らがコングロマリット(複合企業)であることを明確にし、コングロマリットであることに誇りを持っている」。

これは、とりわけソニーの音楽事業と深い関わりがある。過去10年にわたってソニーの主だった投資家である米ヘッジファンドのサード・ポイントのダニエル・ローブ氏は、ソニー幹部が抱える悩みを蒸し返した。2013年、10億ドル以上の株価を所有し、当時はソニーの最大の投資家であったローブ氏は、ソニーの幹部にエンターテイメント事業(音楽も含む)の一部を子会社化し、エレクトロニクス事業の負債を補填するよう迫ったのだ。ソニーは抵抗した。結果として、これは極めて賢明な判断だった。

それ以来、ソニーは意図的に反対の方向に進んできた。収益源として、エンターテイメントのなかでも音楽事業に的をしぼって強化を図ったのだ。2018年、ソニーはEMIミュージックパブリッシングの株式を獲得するため、23億ドル(約2460億円)を投じた。それにより、ソニーは世界最大の音楽出版事業(主にソニー・ATVを介して)を完全に手中に収める結果となった。同事業は、前暦年に14億ドル(約1500億円)もの収益を生んでいる。


先週ソニーの最新の年次報告書を詳しくチェックしていた筆者は、2018年3月末から2020年3月末にかけて同社が全世界で5500人以上の人員削減(11万7300人から11万1700人)を行ったことに気づいた。だが、唯一音楽事業においてはソニーの全世界の従業員数は8200人から9900人に増加している。

企業体制と財政投資の両方を見る限り、手っ取り早く金を手に入れるためにソニーが音楽事業を売却する気配はない。さて、このニュースを聞いて喜ばないのは誰だろう?

ここでテンセントに再登場してもらおう。過去4カ月にわたり、テンセントは世界3大レコード会社のうち2社の少数株を取得してきた。3月の株式取得(34億ドル)によってユニバーサルミュージック・グループの株式の10%、6月の株式取得(2億ドル)によって、NASDAQにワーナーが上場した直後に同グループの株式の2%を手に入れた。さらに忘れてはならないのは、株式交換によってテンセントはSpotifyの約9%の株式も所有している。

多くの人は、次のように予測した。テンセントの大計画は、音楽業界でもっとも影響力のある全グローバル企業の少数株を手に入れることだと。これは、いくつかのライバル(TikTokの運営元であるバイトダンス(ByteDance)など)の音楽業界での立場を観察する限り、テンセントに特等席が与えられるような状態かもしれない。これによってテンセントは、自社が運営するデジタルサービス——その代表例が中国最大の音楽ストリーミングプラットフォームであるQQ音楽——とレーベルとのライセンス契約にまで影響を及ぼすこともできるのだ。

しかし、ソニーの最近の動きはテンセントの大計画にとっては思わぬ障害かもしれない。
ソニーの音楽事業(ロブ・ストリンガーCEO率いる、同事業を統括しているソニーミュージックとジョン・プラットCEO率いるソニー・ATV)がいまだかつてないほど親会社のバックアップを得るなか、テンセントが株式を手に入れるとは考えにくい。

この状況をユニバーサルと比較してみよう。3月の取引の条件としてテンセントはユニバーサルのさらに10%の株式を買収できただけでなく、ユニバーサルの親会社であるヴィヴェンディが2023年に新規株式公開を通じて別の音楽事業を設立する際にさらなる株式を手に入れられる結果となった。

世界3大レコード会社は、一様にライバルとの差別化を模索している。だからこそ、最新の年次報告書で「もっともタレント・フレンドリーな音楽会社」を豪語するソニーもほかの2社によって権利を主張される可能はある(たしかに、保有していたSpotify株を売却して得た資金をアーティストやレーベルに還元するという2018年の判断は称賛に値するが)。

筆者が思うに、音楽業界におけるソニーの真の差別化は、同社が年次報告書でぜったい明言しない2点に最終的に絞られるのではないだろうか。ひとつは、「One Sony」という計画。そこにエピックが加わったいま、この計画は特定のアーティストにクロスメディアというキャリアを約束できる(アデルやビヨンセのようなソニー所属アーティストが「ストライサンド効果」によってこの10年以内にオスカーを勝ち取る姿が浮かぶ)。

もうひとつは、いまやソニーは、テンセントの息がかかっていない唯一の大手音楽会社ということだ。

・【コラム】メジャーレーベルを待ち受ける5つの脅威

著者のティム・インガムは、Music Business Worldwideの創業者兼発行人。2015年の創業以来、世界の音楽業界の最新ニュース、データ分析、雇用情報などを提供している。ローリングストーン誌に毎週コラムを連載中。
編集部おすすめ