●ライブ写真(8点)
自身が鳴らすポップミュージックに対して持つ矜持。不特定多数のリスナーの感性の機微に触れるためにはまず誰よりも自分が楽しまなければいけないということ。楽しむことにストイックであり続ける。誰よりも人が見覚える情感や情景の行間をふくよかに映し出すシンガーソングライターであり、誰よりも音楽を信頼し、それを万人に伝播しようとするポップアーティストの核心を見た思いだった。星野源のソロデビュー10周年を記念した初の配信ライブ「Gen Hoshinos 10th Anniversary concert”Gratitude”」はそんな、あまりに親密なエンターテイメントだった。
配信開始とともに映し出されたのは、東京のライブハウスに通い慣れている人にとっては馴染み深いであろう渋谷クラブクアトロのエントランスだった。カメラはいつもなら入場と同時にドリンクチケットを交換する場所を通り抜けて楽屋口に向かう。扉を抜けると星野が現れ、ステージ袖へとつながる階段をあがる彼の背中をカメラが追いかけていく。星野はステージに到着すると、おもむろにギターを持ち、チューニングをしながらマイクスタンドと向き合う。そして、静かに歌い始めた。
〈音の中で 君を探してる 霧の中で 朽ち果てても彷徨う 闇の中で 君を愛してる 刻む一拍の永遠を〉
「Pop Virus」だ。
〈歌の中で 君を探してる 波の中で 笑いながら漂う 夢の中で 君を愛してる 刻む一拍の永遠を 刻む一拍の永遠を〉
稲妻の閃光のように鳴り、走るアナログシンセのサウンドと照明。ドラムカウントとともにイントロのアンサンブルが聴こえてくる。星野はここでステージを降りる。すると、フロアには一定の間隔を空けてサークルを形成するように楽器とともに並び立っているバンドメンバー──長岡亮介(Gt,Cho)、河村”カースケ”智康(Dr)、ハマ・オカモト(Ba,Cho)、石橋英子(Key,Flute,Cho)、櫻田泰哲(Key)、STUTS(MPC,Tambourine)、武嶋聡(Sax,Flute,Tambourine)──が待っていた。この時点で、今回の配信ライブは本ステージではなくフロアで、いわゆる”センターステージ仕様”で行われるのだと理解する。
〈始まりは炎や棒切れではなく 音楽だった〉


タイトでありながらとても自由なフィーリングに満ちたアンサンブルをバックに歌う星野は、ファンタジーではなく、リアルな感覚を込めた音楽の醍醐味を、画面の向こう側にいる人々に放とうとしていることが伝わってくる。武嶋のサックスが活き活きと響く「Pop Virus」のアウトロから解放感が増し、そのままグルーヴのテンションを高めるようにして「地獄でなぜ悪い」へ。画も、音も、とにかく近い。シンプルに歌とバンドサウンドの輪郭を感じることができる。無観客の配信ライブだからこそ、さらには、そこがライブハウスのフロアだからこそ感じられる親しみ深く密接な距離感と熱量があった。
「どうも、みなさんこんばんは、星野源です。ここ、クアトロなんですよね。ここは10年前に僕が初めてワンマンライブをやった場所なんです。10年前の、まさに今日。10年ぶりにここでライブをやろうと、ここでみんなに配信しようと思いました。たぶんステージでライブをやると思っていたと思う。でも、ここ客席(フロア)なのよ。(生の)ライブの代わりにライブっぽい配信をやるのではなく、ここならドーム公演の真ん中でもやっていた円形のライブができると思った。距離が近いライブをやろうと。普通のライブでは観れない角度から」
配信ライブが日常になりつつある今、当然ではあるがそれ自体の新鮮味は薄れていく。だからこそ、さまざまなアーティストがアイデアをひねり出して独自のやり方を模索している段階にある。星野が出した答えは、その場にいるオーディエンスの体温や生の歓声が交わる臨場感と引き換えに、ドーム公演をフルハウスにする集客力を持つ今、配信だからこそ画面の向こう側にいる国内外のオーディエンスに等しく提供できる、音楽そのものの息遣いをまざまざと感じ取れるような至近距離のライブだった。
たとえば「湯気」における”だるまさんころんだ”状態で細かいブレイクを挟みながら戯れる場面にしてもそうだが、演奏やMCのそこかしこに世代を飛び越え音で交歓する星野とバンドメンバーたちとのファミリー感に富んだ関係性や、リハーサルスタジオのムードを想像できるような楽しさがあった。だからといって、もちろんアンサンブルが弛緩しているなどということはまったくなく、メロディアスな楽曲も、ダイナミックな楽曲も前述したようにタイトで自由なフィーリングに満ちた音と音の会話でこちらの耳を悦ばせてくれる。
多幸感が咲き誇るような黒いグルーヴに思わず身体が揺れる「桜の森」、メロウかつディープな流れの中でハーモニーの妙趣を存分に味わえた「肌」、「Aint Nobody Know」、「折り合い」。星野がこの10年間に思いを馳せながら弾語りで爪弾いた「老夫婦」。優しさと力強さが溶け合ったようなサウンドの中で、ミクロに目を凝らすことでマクロと対峙する星野のソングライターとしての優れた筆致をつぶさになぞることができた「未来」や「うちでおどろう」。プリンスへのリスペクトを軽妙洒脱に昇華した「プリン」。そして、星野源を今の立ち位置まで引き上げた契機となった「SUN」や「恋」。洋邦や時代性のボーダーを超越し、濃厚に自分の琴線に触れた音楽たちへの敬愛や憧憬を、絶対的な信頼を置くミュージシャン仲間とともに自分にしか形象化できないポップミュージックに錬金してきた星野の道のりをあらためてじっくり確認できるライブでもあった。


Photo by 西槇太一
「いろいろ世の中は毎日変わっていって、ずっと同じ考えでいるのは難しいと思う。でも、自分の中の大事な部分は変えず、それでも自分は違ったな、こっちのほうがいいなと思ったことはどんどん変えていくほうが楽しいんじゃないかと思ってます。最初は中学生のときに人間関係があまり上手くいかなくて、それを吐き出すような歌を書いていて。
星野が音楽を通して今まで出会った人、もう会えない人、そしてこれから出会う人たちへの感謝──それはこの配信ライブのタイトルであり、10月にリリースする10周年を記念したシングルボックスのタイトル「GRATITUDE」に込められたものでもある──を噛み締めながら解き放つようにして歌われた「Hello Song」。
そして星野はバンドメンバーを送り出すと、最後はたったひとりに戻って「私」を弾き語った。
〈あの人を殺すより 面白いことをしよう 悲しみと棒アイスを食う〉
こんな歌い出しから始まる、濃密なラブソングにも、生々しい私小説にも聴こえる楽曲をどこまでもリアルに体現できるポップアーティスト、それが星野源である。10周年イヤーは、続く。
●星野源が語るソロデビューからの10年、時代と戦い続けてきた歩み
「Gen Hoshinos 10th Anniversary Concert ”Gratitude”」
ZAIKOにて7月19日(日)23:59までアーカイブ配信
視聴料:視聴パス:¥3,500(税込)
※7月19日(日)19:30まで購入可能
購入・詳細:https://l-tike.com/hoshinogen
『Gen Hoshino Singles Box ”GRATITUDE”』
2020年10月21日(水) 発売
価格:¥23,000+税
VIZL-1793【11CD+10DVD+特典CD+特典BD】
VIZL-1794【11CD+10DVD+特典CD+特典DVD】
※各シングル初回限定盤付属映像DISCは全てDVD、特典映像DISCのみBD/DVDの2形態(同内容・同一価格)
https://jvcmusic.lnk.to/GRATITUDE