そして最近の仕事としては、長い間待たれていたカントリーの人気女性グループ、ザ・チックス(旧ディクシー・チックス)の新作アルバムが挙げられる。さらに”彼ら”はシェア・ダイアモンドと一緒にHBOのリアリティ番組『Were Here(原題)』のテーマ曲「I Am America(原題)」も作った。このテーマ曲はLGBTQ+コミュニティの強さを象徴するアンセムとなり、今年のエミー賞でベスト・オリジナル・ソング賞の最有力候補と噂されている。
【動画】ドラァグ・クイーンが多数出演する「I Am America(原題)」のミュージックビデオ
先月、複数のプライド・プレイリストが「I Am America」をフィーチャーして注目を浴び、ボブ・ザ・ドラァグ・クイーン、シャンゲラ、ユーレカ・オハラ主演でドラァグ・カルチャーを映し出す『Were Here』も4月の初放送以来、大人気となっている。トランターも共同ライターのダイアモンドも、この曲をきっかけにクイアの声を高めたかった。ちなみにダイアモンドは黒人トランスジェンダーのシンガーソングライターだ。
「明らかに僕もこの曲の一部を担っているので、客観的に語るのは難しい。でもシェアのおかげでめちゃくちゃ笑える仕上がりになったよ」と、トランターがローリングストーン誌に語った。そして「番組のパワーをできるだけ曲に込めようと頑張ったし、シェアの人としてのメッセージを通して、番組が伝えたいことにスポットライトを当てようとベストを尽くした。黒人のトランスジェンダー女性が立ち上がって”私がアメリカよ”と歌い、それがエミー賞からも注目されたなんて、ぶっ飛ぶくらい驚いたし、とても美しいし……エミー賞の選考委員さんたち、正しいことをしなきゃダメだよ」と続けた。
自分を表す二人称として「彼ら(theyやthem)」を使うトランターにとって、音楽業界での成功にたどり着くまでの道のりは、回り道の多い険しい旅路だった。
ソングライターとしての才能が認められ、フォール・アウト・ボーイの曲は大ヒット
セミ・プレシャス・ウェポンズの駆動力だったトランターがレディー・ガガのと一緒にライブを行ったのは2007年まで遡る。自信とセクシュアリティが表出するギター・ドリヴンな音楽と衣装で知られたこのグループには、熱狂的なフォロワーがたくさんいたにもかかわらず、スタジアム・クラスのアーティストに上り詰めることはなく、バンドの美意識が現実のものとなった。
最初はレディー・ガガがセミ・プレシャス・ウェポンズの前座をしていた。そして、彼女が世界的スーパースターの階段を駆け足で登ったあと、彼女は後ろを振り返り、セミ・プレシャス・ウェポンズを自分のライブのオープニングとして1年間起用した。しかし、トランターが曲作りの道を見つけたのは、所属していたレーベルの重役がバンドからの連絡を無視するようになった時だと言う。
「セミ・プレシャス・ウェポンズは3回目のレコード契約をエピック・レコードと交わしていて、その時点でもうすぐ切られると勘付いていた。だって、彼らはマネージャーの連絡に返信しなかったし、僕たちのプロフィールをウェブサイトから削除していたから。このとき、まだ切るとは言われてなかったけど、いずれそうなることはわかっていたよ。
ラッキーなことに、その頃のワーナーの重役の後任となったケイティー・ヴィンテンがトランターのビジョンに可能性を見出し、トランターはヴィンテンにバンドの最新作を聴かせた。この作品はそれまでの70年代グラム・ロック的なヴァイブは鳴りを潜め、オルタナティブ・ポップ色が色濃くなっていたが、ヴィンテンが興味を持ったのはバンドではなくて、フロントマンの曲作りの才能だったのである。そして、ポップス界のアーティストたちのために曲を作ってみないかと誘った。この会話のすぐあとにトレンターの最初の大ヒット曲が誕生する。それがフォール・アウト・ボーイのポップ・ロック曲「センチュリーズ」で、現在までに4度プラチナを獲得している。
クイアならではの苦労、バンドの世界と異なる点
ヴィンテンによって扉が開かれると、トレンターは週に8~10回セッションを行うようになり、書き上げる曲も週に1ダース近くになった。全力で頑張ったのだが、途中でいくつかの落とし穴も出現した。トランターが説明する。「一番の苦労は拒否されることだった。
それよりも何よりも、曲作りの現場にはクイアを公にしている人はほとんどいなかった。そのため、頻繁に気まずい空気が流れ、同性愛嫌悪の発言もしばしば耳にした。
しかし、ヴィンテンが苦心して道を開拓したことで、トランターはジュリア・マイケルズ、マットマン&ロビンなどのヒットメーカーたちと仕事をするようになった。マットマン&ロビンとはセレーナ・ゴメスの「Lose You To Love Me(原題)」を共に手掛けている。仲のいいソングライターやプロデューサたちは”彼ら”独自のものの見方を正当に評価している。トランター自身、これまであらゆる種類の会場でパフォーマンスした経験を持つ。
世代や性別を超えてあらゆるアーティストとソングライターと契約し、開拓し、指導する。
トランターはジャスティン・ビーバーの「ソーリー」を共同執筆した。この曲はビーバーの芸術的才能が成熟したことを実証した作品とみなされたアルバムからのベスト・パフォーマンス・シングルとなった。またイマジン・ドラゴンズとのコラボでは「ビリーヴァー」や「ナチュラル」といったスマッシュヒットも出している。昨年、”彼ら”は2枚のビッグ・アーティストのアルバムのソングライティングを担当した。それがアリアナ・グランデの『thank you, next(原題)』とジョナス・ブラザーズの『ハピネス・ビギンズ』だ。そして、今年はガガのアルバムもゴメスのアルバムもチャートで1位を獲得した。
2018年、デュア・リパ、カミーラ・カベロ、マシュメロ、ケシャなどの楽曲作りで多忙の中、トランターはケイティー・ヴィンテンと一緒にFacetというレコード・レーベルと音楽出版社を設立し、ワーナー・レコードおよびワーナー・チャペルとパートナーシップを結んだ。トランターとヴィンテンはFacetを「どんな人も受け入れるコミュニティ」と考えており、ここでは世代や性別を超えてあらゆるアーティストとソングライターと契約し、開拓し、指導する。
Facetを始動することで、二人は「日陰のアーティスト、ライター、プロデューサーがしっかり輝ける空間」を作ろうと思ったのだ。トランターは「以前の僕は超フェムで超クイアなロッカーだった。あの頃の僕には”ポップスでヒットメーカーとして成功する”なんてあり得なかった。そういうことが存在しない世界だから」と言う。今、ヴィンテンがトランターにしてくれたことを他の人たちにすることが”彼ら”のミッションとなっている。
アメリカ自由人権協会はトランターの活動家としての功績を讃えてビル・オブ・ライツ賞を授与した。音楽ビジネス界に絶対的に必要な多様性をもたらすために、トランターはこれからも活動に情熱を注ぐつもりだと言う。「最近はクイアを公言するアーティスト、LGBTQの若手アーティストたちが契約を得ているので喜ばしいよ。ほんと、最高なんてもんじゃない。『アメリカン・アイドル』後にアダム・ランバートがメジャーデビューしたときは、正気とは思えない論争が巻き起こったよね。あの頃は恐ろしいと感じたものだけど、そこから進歩した現状はとても気に入っている。LGBTQのエグゼクティヴの数が増えてほしいし、特に有色のLGBTQのエグゼクティヴが見たい。でも、どんなLGBTQのエグゼクティヴも歓迎だ。だって、正直な話、今の僕の頭の中には2人くらいしか浮かばないから。多様性のある人々に仕事を任せると、下部の機会にも多様性が出てくるんだよ」とトランター。
最近は人種差別と警察官の暴力行為に反対するロック曲をリリースした
シェア・ダイアモンドはトランターによってFacetと契約を結んだのちに「I Am America」を共作した。つい最近イマジン・ドラゴンズのダン・レイノルズとレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのトム・モレロと共に人種差別と警察官の暴力行為に反対するロック曲をリリースしたダイアモンドは、男だけの刑務所に収監されていた15年前に「I Am Her(原題)」という曲を作っていて、これがリリースされたのが2016年だった。「I Am America」は「I Am Her」のスピリットを受け継いだ曲で、トランターとダイアモンドはこの曲の成功を、これまで常に拒否されながらも、自分の夢のために戦うことを強いられてきた人たち全員の成果の一つと見なしている。そして、9月20日の授賞式に先立ち、7月28日に発表される第72回エミー賞のノミネーションを二人は固唾を呑んで見守っている。
そして最後に「音楽には変えるべき必要性のある大きな場所がある。シェアの存在は暴動だよ。彼女の一挙手一投足に大きな重みがある。意図的で、フル装備で、何層にも重なった喜びだよ」とトランターが教えてくれた。
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