「山﨑智之の軽気球夢譚(Tomoyuki Yamazaki presents The Balloon Hoax)」第3回。今回はニコラス・ケイジvs H.P.ラヴクラフトという夢の顔合わせが実現した映画『カラー・アウト・オブ・スペース~遭遇~』を掘り下げてみよう。


2020年7月31日(金)、映画『カラー・アウト・オブ・スペース~遭遇~』が日本全国ロードショー公開された。主演ニコラス・ケイジvs原作H.P.ラヴクラフトという奇跡の組み合わせが実現したというだけで神作品であることが保証されているが、さらに世界の映画ファンの予想のはるか斜め上を行く仕上がり。アシッドでサイケでホラーでSFでブラック・メタル、そして何よりもニコラス・ケイジ度100%全開の凄作なのだ。

・H.P. ラヴクラフトの世界

H.P. ラヴクラフトの1927年の短編小説『宇宙の色』を原作とする本作。ラヴクラフトといえばこれまで『ダンウィッチの怪』(1970)、『死霊のしたたり』(1985)、『フロム・ビヨンド』(1986)などが映画化されており、特に後2作はウジュルウジュルとした視覚美とバーバラ・クランプトンの乳で今日でも神格化されている。

『宇宙の色』は宇宙から飛来した隕石にウジュルウジュルした物体が付いていた...というストーリーで、既に『襲い狂う呪い Die, Monster, Die』(1965)として映画化されたことがある。

時系列順に整理すると小説『宇宙の色』(1927)→映画『襲い狂う呪い』→リメイク映画『カラー・アウト・オブ・スペース』となるが、意外にウジュルウジュルのリメイク映画の方が原作に近いというのが興味深い。

”ウジュルウジュルのリメイク映画の方が原作に近い”という図式は、ジョン・W・キャンベルの短編小説『影が行く』→映画『遊星よりの物体X』→ジョン・カーペンター監督のリメイク映画『遊星からの物体X』の関係に近いともいえる。

・ニコラス・ケイジとブラック・メタル

主役となるガードナー家の父親ネイサンを演じるのがニコラス・ケイジだ。その鬼気迫る演技と面白すぎる顔ゆえに、アカデミー賞主演男優賞の受賞者ということが忘れられがちなケイジだが、本作でも『ウィッカーマン』(2006)『NEXT -ネクスト-』(2007)『ノウイング』(2009)などに匹敵する怪演ぶり。普通のお父さんの日常が少しずつ崩れ落ちていき、驚天動地のラストを迎えるさまは、ニコラス・ケイジ・フェチ魂を揺さぶらずにいない。

そのケイジの息子(役柄でなく本当の息子)ウェス・コッポラ・ケイジはブラック・メタルに傾倒、自らブラック・メタル・バンド、アイズ・オブ・ノクタムで活動していたが(既に解散)、父ニコラスにもダークスローンなどを布教してきた。


その影響もあったのか、『マンディ 地獄のロードウォリアー』(2018)ではブラック・メタルの左右対称ロゴのヴィジュアル・イメージを持ち込み、サウンドトラックでキング・クリムゾン、ヨハン・ヨハンソン、スティーヴン・オマリー、ランドール・ダンをフィーチュアするなど、音楽的にもエクストリームな要素が取り入れられていた。

『カラー・アウト・オブ・スペース』でもメイへム、バーズム、オルター・オブ・プレイグス、ワームウィッチらブラック・メタルの楽曲が使われるなど、音楽ファンにとっても嬉しい作品となっている。

リチャード・スタンリーは”鬼才”なのか

『カラー・アウト・オブ・スペース』の公式ウェブサイトで、監督のリチャード・スタンリーは”鬼才監督”と紹介されている。

何をもって”鬼才”とするかは異論があるだろうが、スタンリーはかなり評価の分かれる映像作家で、正直これまで”傑作”と呼ばれるような作品は作っておらず、カルトというほどの信奉者も得ていないような気もする。

元々ミュージック・ビデオ畑でフィールズ・オブ・ザ・ネフィリム、ポップ・ウィル・イート・イットセルフ、レネゲイド・サウンドウェイヴなどクセのあるアーティストのビデオを監督してきた彼だが、主要な映像作品を紹介してみよう。

●『ハードウェア』(1990)

文明が絶滅した世界を描く近未来SF。

モーターヘッドのレミーが水上タクシーの運転手(当初はシネイド・オコナーの予定だった)、イギー・ポップがDJで声のみ、フィールズ・オブ・ザ・ネフィリムのカール・マッコイも出演するなど、ミュージシャンが多数登場。作中でテレビに映されるのがアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのビデオ、エンディング・テーマがPILだったりする。なお視覚効果を手がけているのは、後にミュージック・ビデオ界に進出するクリス・カニンガム(当時15~16歳)だ。

ちなみにこの作品はトラブルもあり、プロデューサーの1人ハーヴェイ・ワインスタインが主演女優ステイシー・トラヴィスに性奉仕を迫ったと、後の MeToo運動の一環で告発されている。また、ストーリーがまったく関連のないコミックと酷似しており、後に発売されたDVDでは”原作”として新たにクレジットが追加された。

スタンリーは一時期『ハードウェア2』を作ると宣言していたが、”ロボットが自動車に変形して殺人をする”という話で、完成する前に『トランスフォーマー』実写版が公開されたこともあり、いつしか話がフェイドアウトしていった。


●『ダスト・デビル』(1992)

砂漠を彷徨う伝説の悪魔”ダスト・デビル”を描く作品で、ナミビアで撮影。主人公のダスト・デビルを演じるのは『ロボコップ3』でロボコップを演じたロバート・バークだ。

マカロニ・ウェスタンのダークヒーローみたいなのかと思いきや、ヒッチハイクした女と性交した後に首の骨を折って四肢切断、指をコレクションして家に放火するという、山上たつひこの「イボグリくん」ばりのダダな破壊行為で見る者を唖然とさせる。

●マリリオン『ブレイヴ』(1994)

英国プログレッシヴ・ロック・バンド、マリリオンのアルバム『ブレイヴ』を完全映像化したコンセプチュアル・ビデオ。

記憶を失った少女を巡るサイコ・ドラマをアルバム化した『ブレイヴ』だが、スタンリー監督による映像ヴァージョンは”ショッパイ”ということで多くのファンの意見が共通している。スタンリーは「勝手に編集された」と主張、バンド側も気に入っておらず、アルバムのデラックス・エディション再発時に収録されることもなく、今ではなかったことにされている。現在DVDは廃盤だが、さほどプレミア化もしていない。

●『D.N.A./ドクターモローの島』(1996)

スタンリーは撮影3日目でクビ。完成した映画には関わっていない。それにも拘わらず、ドキュメンタリー映画『Lost Soul: The Doomed Journey of Richard Stanleys Island of Dr. Moreau』(2015)が作られるほどカルト化している。

スタンリーは解雇された後もロケ地に留まり、バレないように獣人の特殊メイクをして出演していたという伝説もあり。

この作品はジョン・フランケンハイマー監督がリリーフ登板して完成されたが、マーロン・ブランドのカーツ大佐を凌ぐエキセントリックな役作り、身長70センチという”世界一小さな俳優”ネルソン・デ・ラ・ロサの出演など、一部のファンから絶大な支持を得ている。


それからスタンリーは長編劇場映画から距離を置き、ドキュメンタリーや短編映画を作ってきた。『カラー・アウト・オブ・スペース』は彼にとって劇場復活作であり、彼のキャリアにおいて初めて多額の予算をかけた作品となる。そこいらの監督だったら安全策を採るかも知れないが、これだけリミッターを外しまくった作品をあえて創り上げたのが、彼の”鬼才”たる由縁かも知れない。

ちなみにスタンリーは本作がラヴクラフト三部作の第1弾になる!という構想をぶち上げているが、果たしてどうなることか。楽しみにしていたい。

映画界の”スペクター=亡霊”スペクターヴィジョン

なお、『カラー・アウト・オブ・スペース』の製作は”スペクターヴィジョン”が手がけている。イライジャ・ウッドが創始者の一人として名を連ねるプロダクションだ。

『ロード・オブ・ザ・リング』のフロド・バギンズ役で知られる俳優のウッドだが、オジー・オズボーン一家が出演するTVシリーズ『オズボーンズ』第1回にゲスト出演したり、リメイク版『マニアック』(2012)では頭皮剥ぎ猟奇変態殺人鬼(1980年版ではジョー・スピネルが演じた)を演じるなど、好き者の側面も持っている。

”スペクターヴィジョン”は前述の『マンディ 地獄のロードウォリアー』、アーノルド・シュワルツェネッガーの息子パトリック・シュワルツェネッガーが”実在しない親友”を演じた『ダニエル・イズント・リアル』など、お好きな方にはたまらない作品を連発している。
亡霊が映画界を徘徊している。スペクターヴィジョンという名の亡霊が。

海外から一歩遅れての日本公開となったが、その神秘のヴェールが上げられる瞬間が来た。
ニコラス・ケイジvs H.P.ラヴクラフト、禁断の邂逅が遂に実現する。

【画像】ニコラス・ケイジ度100%の映画『カラー・アウト・オブ・スペース~遭遇~】(写真8点)

<INFORMATION>

ニコラス・ケイジとラヴクラフト、禁断の邂逅

『カラー・アウト・オブ・スペース―遭遇―』
シネマート新宿、シネマート心斎橋ほかにて公開中
監督:リチャード・スタンリー 
製作:SpectreVision『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』
出演:ニコラス・ケイジ、ジョエリー・リチャードソン、マデリン・アーサー
原作:H・P・ラヴクラフト「宇宙(そら)の彼方の色 新訳クトゥルー神話コレクション5」訳=森瀬繚 星海社FICTIONS(2020年6月17日刊行予定)
「宇宙からの色」(『ラヴクラフト全集4』所収)H・P・ラヴクラフト 大瀧啓裕訳 創元推理文庫
2019/ポルトガル、アメリカ、マレーシア/カラー/英語/111分
原題:Color Out of Space   配給:ファインフィルムズ  映倫:G  HP:www.finefilms.co.jp/color
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