音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2020年8月の特集は番外編。
3週目となる今回は、1961年のエルヴィス・プレスリー主演映画『ブルー・ハワイ』のサウンドトラックアルバム『ブルー・ハワイ』の楽曲を語っていく。

こんばんは。FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」案内人、田家秀樹です。今流れているのはエルヴィス・プレスリーの「Blue Hawaii」。1961年11月にアメリカで公開された映画『ブルー・ハワイ』の主題歌ですね、オープニングのタイトルチューンであります。この曲のオリジナルはビング・クロスビーで、1937年の映画『ワイキキの結婚』の中で歌っていた曲ですが、そういうことを知らなくても楽しめるかと思います。

今月2020年8月の特集は、番組開始以来初の洋楽。番外編"全てはエルヴィスから始まった"。エルヴィス・プレスリーは、日本時間1977年8月17日に他界しました。今年は45回忌、今日はその命日になります。世界のロックシーンや私の音楽体験の両方の始まりということで1ヶ月間お送りしております。1週目は1950年代、2週目は1950~1960年代のエルヴィス・プレスリーをお送りしました。
1950年代のジェームズ・ディーンのような反抗的なロック、あの青年が一変したのが1961年の映画『G・I・ブルース』だったというお話を先週いたしましたが、なんといっても『ブルー・ハワイ』ですね。1961年11月にアメリカで公開、日本公開は1962年5月です。僕が中学から高校の時期に1番多く観た映画が『ブルー・ハワイ』です。こんなにも美しくて楽しくて、音楽が素敵な映画があるんだ、という夢のような映画でした。

この作品のサウンドトラックは、イギリスでは19週間1位だったんですね。全米では20週間連続1位で、歴代の最多アルバムチャートの中で9位なんです。1960年代の米ビルボードで多くチャート1位を記録した作品の中では2位。65週間ランキングされていました。1年以上ランクインしていたアルバムです。もちろんエルヴィスの作品の中でも最長です。今日はこのサウンドトラックの全曲を丸ごとお送りしようと思っています。この曲は映画『ブルー・ハワイ』のオープニングで流れて、その後に物語が始まる場面はホノルル空港です。
主人公のエルヴィス・プレスリーはハワイ出身で1年間の軍隊生活から帰ってくる。飛行機の扉が開くと、エルヴィスがスチュワーデスとキスしているシーンから始まるわけです。迎えにきた彼女は当然お冠のまま空港からホノルル市内に向かう。そのスポーツカーの中で歌うのがこの曲です。

この映画が撮影されたのは、1961年3月から1ヶ月間なんです。今観ても、1960年代始めのハワイの風景がそのまま残されている。観光映画としては永遠不滅の記録映画ということにもなりますね。ホノルル空港からワイキキまでスポーツカーでエルヴィスと彼女がドライブして向かうわけですが、フリーウェイじゃないんですよ(笑)。車の中で彼女は、エルヴィスのスチュワーデスとのキスを怒っているわけです。エルヴィスは、そうじゃないんだよ、ずっと君を想ってたよ、という歌でありました。

映画『ブルー・ハワイ』の中の「Aloha Oe」。ハワイで最も知られた曲と言ってもいいでしょう。
そして「No More」は19世紀のスペインで生まれた民謡「ラ・パロマ」、世界で最も知られているスペイン語の歌の一つでしょう。先週ご紹介した「Surrender」、「Its now or never」はイタリア民謡でした。アメリカ南部のブルースを歌うだけではなくて、こういう世界中の民謡をこんな甘いラブソングにしてしまうというのが、1960年代、特に『ブルー・ハワイ』で感じた発見と言いますか、エルヴィス・プレスリーはこういう人なんだという印象を持ちました。

映画の説明をしますと、主人公のチャド・ゲイツはホノルル出身で、両親はアメリカから渡ってきてパイナップル事業をやっている実業家。そして「Aloha Oe」は、チャド・ゲイツが帰ってきたということで、島のロコ、ローカルな友達が集まって歓迎を兼ねて歌っているんです。そして「No More」は機嫌を直してくれた恋人と一緒にいる海辺で歌われるんですね。この恋人が海に入るのですが、海から出てこられないんです。なぜ出てこられないかというと、愛犬が彼女のビキニのブラジャーをぶら下げて海辺を歩いてるオチがついてるんです(笑)。ブライアン・ハイランドが歌った「ビキニスタイルのお嬢さん」という曲がありまして、1960年の1位の曲なんです。この曲は坂本九さんも歌ったりしていましたが、ビキニスタイルというのが一番新しい水着ファッションだった時期の映画でもあります。そういう甘いラブソングで、今でも歌い継がれている名曲があります。「Cant Help Falling in Love(邦題:好きにならずにいられない)」。
彼女のおばあさんに向かって歌うシーンで歌われました。そして「Rock-A-Hula Baby」。2曲お聴きください。

1962年に日本で公開された映画『ブルー・ハワイ』から「Cant Help Falling in Love」、そして「Rock-A-Hula Baby」でした。「Rock-A-Hula Baby」のエンディング、This is エルヴィスっていう感じですね。先ほどの「ラ・パロマ」はスペインの民謡でしたが、この「Cant Help Falling in Love」は18世紀のフランスで生まれた「愛の喜び」という曲が元になってるんですね。スタイリスティックスやコリー・ハートがカバーしてました。1番有名なのは、UB40のカバーで、米ビルボードで7週間1位だった。日本でも洋楽チャートで1位になったことがあります。エルヴィスのオリジナルは米ビルボードでは2位だった。でもイージー・リスニング・チャートでは1位だったんです。ポップス・チャートで2位で、イージー・リスニング・チャートで1位になった。
あの「監獄ロック」のエルヴィスがイージー・リスニング・チャートで1位になる、これを変化と言わずに何と言いましょう。そういう1950年代と1960年代です。

映画『ブルー・ハワイ』では本当にあらゆるジャンルの歌を歌ってくれました。「Rock-A-Hula Baby」は、劇中、自宅で行われるパーティで歌われたんです。主人公のチャドはパイナップル事業で成功しているアメリカ人の息子ですから、立派な家に住んでいます。ガレージで関係者を集めて盛大なパーティをやってくれるんですが、彼は家の跡を継ぎたくないんです。僕はそういう生き方は嫌だと言って、中華系のメイドみたいな可愛い男の子と一緒に1曲歌って逃げようぜと言う。そういうシーンで歌われるのが「Rock-A-Hula Baby」なんです。「That rock-a-hula baby of mine」と歌い終わったときには、もう足が出口に向かっているというシーンでした。お母さんは彼の恋人を認めなかった。チャドの恋人はフランス人とロコのハーフだったからです。チャドはパーティを脱走して、彼女の元に行ってこの曲を歌うんです。
「Moonlight Swim(邦題:月影のなぎさ)」と「Ku-U-I-Po(邦題:私の恋人)」です。

「Moonlight Swim(邦題:月影のなぎさ)」は1957年にアンソニー・パーキンスが歌った曲なんですね。でもアンソニーよりもエルヴィスの方がロマンチックで甘いですね。そして、「Ku-U-I-Po(邦題:私の恋人)」は現地の言葉のタイトルもついていますが、ハワイアンラブバラードですね。

焚き火を囲んだビーチバーベキューのシーンで歌われる2曲です。地元のロコの若者たちとビーチパーティーを行なうんですね。劇中では、イトウさんという気のいい日系人のロコがいて、皆で彼の食べ方を揶揄している。そんな歌が「Ito Eats」です。そして焚き火を蹴飛ばして消すというシーンで歌われるのが「Slicin Sand」。先週も申し上げましたが、当時動いているエルヴィスを観れるのは映画だけでした。MVなんて無かったし、雑誌の写真も動くはずがない。映画館に行って、そのシーンが来るのを待つわけです。私もさっきの「Rock-A-Hula Baby」と「Slicin Sand」が観たくて映画館に通う高校1年生でした。

映画のストーリーを追いますと、主人公のチャドは事業を継げという両親の希望を拒否するんです。僕はハワイを紹介する旅行会社を始めるんだと言って、ガイドになるんですが、そこにアメリカ西海岸の女子高校生の一団が来るんです。チャドは彼女たちを歌いながら案内するわけです。エルヴィスの歌を聴きながらハワイを味わえる。次の2曲はそんな曲です。1曲目はハワイの夕陽を歌った「Hawaiian Sunset」。2曲目は、エルヴィスの映画に喧嘩はつきものですが、話のわからないお客さんとのいざこざに巻きこまれて警察の厄介になってしまう。牢屋の中で歌うハワイ版の監獄ロック「Beach Boy Blues」の2曲です。

「Hawaiian Sunset」、目を閉じて曲を聴くと、ハワイのあの夕陽が見えてくるのではないでしょうか。ラジオをお聴きの皆さんのまぶたの裏にも、ハワイの夕陽が見えているといいなと思いながらお送りしております。2曲目の「Beach Boy Blues」は、エルヴィスがブルースを歌うとこうなるという一つの例でしょうね。彼は、この映画で本当に色々なタイプの音楽を歌っておりました。シンガーとして甘さや懐、艶っぽさなど、新たなエルヴィスを観たなと思った記憶があります。映画のストーリーはそろそろ大詰めになるわけですね。最後に舞台になるのは、オワフ島ではなくてカウアイ島でした。「Island of Love」、そして大フィナーレの「Hawaiian Wedding Song」です。

最後はカウアイ島の結婚式のシーンで終わりました。ヤシの木に囲まれた森の中の運河を新郎新婦を乗せたカヌーが進んでいく。その運河の両岸で地元の人たちが祝いの歌を歌うというのが「Hawaiian Wedding Song」です。「Island of Love」は、カウアイ島の景色とともに、さっきの女子高生に向けて歌われるんですね。『ブルー・ハワイ』がアメリカや日本でもヒットすると、エルヴィスの映画はヒットするんじゃないか? ということで、1957年に作られたものの日本で公開されなかった『監獄ロック』も1962年に公開されるわけですね。僕はレコードを持っていましたが、映画は見たことがなかったので『監獄ロック』もやっと観ることが出来る! と思った。『ブルー・ハワイ』と『監獄ロック』ではエルヴィスがかなり違うんですが、両方が見たくて映画館に通いました。ビートルズもそうなんですけど、初期がいいのか、中期がいいのか、それとも後期がいいのか、という議論があります。エルヴィスも、1950年代のエルヴィスこそエルヴィスだ、と言う人が多いんですね。でも1960年代になってからのエルヴィスがあったから、エルヴィスを通じて色々な音楽が知ることができたと考えると、両方とも大切で、両方ともがエルヴィスです。そして、この映画がヒットしたことによって、エルヴィスのマネージメントの路線が映画一辺倒になるんです。1962年に3本の映画が作られました。『ブルー・ハワイ』の次に作られた『夢の渚』、このタイトル曲はブルース・スプリングスティーンもカバーしておりました「Follow That Dream」。そして、「Angel」の2曲をお聴きいただきます。

映画『夢の渚』の舞台はマイアミ。主人公の一家のお父さんが生活保護を受けていて、息子のエルヴィスは傷病手当を受けている元軍人なんです。しかも、生活がキャンピングカーでホームレスに近い。でも明るいんですよ。ブルース・スプリングスティーンが好きそうな映画でしょう(笑)。

FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」番外編"全てはエルヴィスから始まった"Part3。"それは『ブルー・ハワイ』から始まった"。エルヴィス・プレスリーの軌跡を辿っています。今流れているのは、番組の後テーマ曲、竹内まりやさんの「静かな伝説(レジェンド)」です。

今日は8月17日、エルヴィスが亡くなったのは日本時間だと8月17日ということで、45回目の命日ですね。そんな時に、映画『ブルー・ハワイ』の全曲特集をやらせていただいています。こんな自分の好き放題企画をやらせていただけるとは。FM COCOLOに心から感謝しております。16歳の僕は、まさかこんな70代を迎えているとは夢にも思わなかったんではないでしょうか(笑)。

そして、今週のタイトルは"それは『ブルー・ハワイ』から始まった"ですが、何が始まったか? こういう青春映画のパターンですね。恋と歌、風光明媚な景色、この『ブルー・ハワイ』の後に、エルヴィスは『ガール・ガール・ガール』、『ハワイアン・パラダイス』というハワイでロケーションした映画を2本作ります。その後にメキシコに渡って『アカプルコの海』という作品を作ったりもするんです。日本ではどうだったかというと、1950年代のエルヴィスを誰よりも愛していたミュージシャンが加山雄三さんです。加山さんは当初、日本語で歌ったことがなくて、ずっとエルヴィスの歌を歌っていた。そして、岩谷時子さんに出会って日本語の歌を歌うようになったんですね。でも、1963年に公開された4作目の若大将シリーズ「ハワイの若大将」の中で歌われる『恋は紅いバラ』はまだ英語です。若大将シリーズの1作目『大学の若大将』は1961年7月公開ですが、加山さんのオリジナル曲はありませんでした。1963年の『ハワイの若大将』からこういうスタイルになっているんです。もし『ブルー・ハワイ』が無かったら、若大将シリーズはどうなっていただろう? と思ったりします。1960年代前半のビートルズ上陸以前の古き良きアメリカ、映画『アメリカン・グラフィティ』の舞台だったのは1962年ですね。あの映画のキャッチフレーズに、"1962年、あなたはどこにいましたか?"というのがありました。1962年、僕はエルヴィスとハワイを夢見ていました。

<INFORMATION>

田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
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