パンク界のレジェンド、ジョニー・サンダース&ザ・ハートブレイカーズのギタリストであり、最後の生存メンバーであったウォルター・ルーが71歳で亡くなった。

LAのクラブ「スターウッド」が、癌との短い闘病生活の末、8月22日にルーの死を最初に発表(Ultimate Classic Rock経由)。
彼が率いたバンド、The Waldosもそのあとに認めた。「ウォルターは2020年7月に肝臓と肺の癌と診断され、それが急速に転移し、癌に関連した合併症により家族に囲まれた病室で穏やかに亡くなりました。彼はすべての人に愛され、音楽の世界へのあらゆる貢献によって尊敬されていました。とても寂しい思いをしているでしょう」と、同ヴェニューはソーシャルメディアに綴っている。

リズム・ギタリストのルーは、1975年にニューヨーク・ドールズが解散したあと、シンガー/ギタリストのジョニー・サンダースとドラマーのジェリー・ノーランと共にハートブレイカーズに参加した。ハートブレイカーズの初期ラインナップにはベーシストのリチャード・ヘルも含まれていたが、彼は1年後にグループを脱退。
ビリー・ラスが後任となり、ハートブレイカーズ唯一のスタジオ・アルバムにして、パンク・ロックの名作である1977年の『L.A.M.F.』で演奏することになるラインナップが固まった。

デビュー・アルバムの直後、トム・ペティとの差別化のためにジョニー・サンダース&ハートブレイカーズは解散したが、1978年に行われた再結成公演がライブ・アルバム『Live at Maxs Kansas City』をもたらした。ハートブレイカーズはその後数十年にわたって断続的に再結成を繰り返し、1991年にサンダースが亡くなるまで続いた。その直後の1992年1月にノーランが亡くなり、2014年にラスも亡くなっている。

ハートブレイカーズを離れたところで、ルーはジャンキーパンクギタリストからウォール街の株式ブローカーへと思いがけない転身を果たした。キャリアの変遷については、2020年の回顧録『To Hell and Back: My Life in Johnny Thunders Heartbreakers, in the Words of the Last Man Standing』にも綴られている。
ルーはまた、自身のグループであるThe Waldosを率いるなど、音楽的にも活発な活動を続けていた。同バンドは2018年にアルバム『Wacka Lacka Loom Bop A Loom Bam Boo』をリリースしている。

セックス・ピストルズのグレン・マトロックは、ルーの訃報を受けて以下のようにツイートしている。

「そして誰もいなくなった(And then there were none)。悲しい知らせが届いた、ハートブレイカーズの要であり、アナーキー・ツアー以来40年以上の付き合いであるウォルター・ルーが亡くなった。ウォルターは熟練したミュージシャンで、ロッカーで、紳士だった。
君と会うことができて良かったよ」

And then there were none.
Sad to learn that dear old Walter Lure, lynchpin of the Heartbreakers and acquaintance of over 40 years since the Anarchy Tour, has passed away. Walter was an accomplished musician, rocker and gent.
Good to have known you pal. pic.twitter.com/UDsXw5AF1w— Glen Matlock (@GlenMatlock) August 23, 2020

From Rolling Stone US.