【画像を見る】スプリングスティーン、80~90年代の秘蔵プライベートフォト
半世紀以上に渡り、ブルール・スプリングスティーンは演奏する楽曲の中で、ツキに見放された労働者たち、早く大人になりすぎた世間知らずの若者たち、スタジアムでのライブを夢見る地方のロッカーたち、お手軽な気晴らしでハイウェイをキャデラックで爆走する農業労働者たちなど、数限りない人々を歌ってきた。自分の曲の中で本来の自分とは違う役を演じていたとはいえ、彼らの希望や将来への期待、シンプルな人生を生きたいという欲望は、最初からスプリングスティーンの性格と結びついており、年を経るごとにその結びつきがはっきりと現れるようになった。そして発売された通算20枚目のアルバム『レター・トゥ・ユー』で、71歳になったスプリングスティーンは過去の楽曲で演じたすべての役のつじつまを合わせようとしている。
『レター・トゥ・ユー』全体に脈打つ感傷的な鼓動は、初期の作品で描いた架空の物語や近年のアルバム『マジック』(2007年)のように郷愁にどっぷりと浸かった作品よりも、スプリングスティーン本人に近い真実味がある。このアルバムは、Eストリート・バンドと一緒にスタジオでライブ演奏を行い、たった5日間でレコーディングされた。フィル・スペクターに触発された彼らが70年代にグロッケンシュピール、サックスによるエクステンション、何千ものギターで作り上げた音の壁を心地よさ気に操っている。今回スプリングスティーンが歌っている輝かしい日々は、他でもない彼自身の記憶なのだ。
自叙伝を出版した直後、スプリングスティーンはオーケストラをフィーチャーしたカントリーロック・アルバム『ウエスタン・スターズ』をリリースして(2019年)、ブロードウェイとの契約を熟考したかもしれない。しかし、今になって初めて彼が自分の曲作りを振り返っていることが、今回の新作から聞き取れる。この作品の収録曲の多くが内省的で、私的で、時には非現実的な歌詞だ。
スプリングスティーンの祈りと救済
このアルバムの始まりは、突風のようなあからさまに後ろ向きな指針表明。下り列車が線路に置いた1セント銅貨を轢き潰す。町の外堀のように川が流れている。そして、サビで”この瞬間お前はここにいる、次の瞬間お前はもういない”と歌う。アコースティックギターとシンセ風ストリングスが土台の薄暗い曲だ。そして”ベイビー、ベイビー、ベイビー、寂しすぎる/ベイビー、ベイビー、ベイビー、家に戻るよ”と心を吐露するように歌うスプリングスティーンの声に哀愁が漂う。
自己セラピー的楽曲の狭間で、スプリングスティーンは祈る。「ハウス・オブ・ア・サウザンド・ギターズ」で、”ここにいる無情の人も退屈な人も、俺たちを結びつける失われたコードを求めて覚醒する……千本のギターのある家で”と、彼がロックンロールのヒーリングパワーを説教すると教会のオルガンが鳴り響く。スプリングスティーンは『マジック』の「レディオ・ノーウェア」でも同じ千本のギターを召喚していたし、この精神の源流は「涙のサンダー・ロード」のギターに遡る。そして『レター・トゥ・ユー』の軽快なロックナンバー「ザ・パワー・オブ・プレイヤー」では、その祈りへの回答として、ベン・E・キングとザ・ドリフターズの「This Magic Moment」を讃え、”俺は天国に近づいている、この先俺たちはそこにたどり着く”と、自分の恋人(たぶん「明日なき暴走」のウェンディあたりだろう)へ叫んでいるのだ。
そして「ゴースツ」がくる。これはこのアルバムで最も強力で、最もハードロックな説教だろう。
自分の挫折や敗北を引き受けるサウンド
また、このアルバムには自分のゴーストを自らの内側に引き入れている楽曲もある。多くの楽曲が70年代の「新ディラン」時代のスプリングスティーンに遡るもので、当時の彼はニュージャージー出身の新たなディランという評判で稼いでいると思っていた。このスタイルの楽曲は同アルバムの他の収録曲とは毛色が違うのだが、スプリングスティーンが作った曲であり、50年近く前と同じようにEストリート・バンドがバックでライブ演奏していることで、毛色が違っていても場違いという感じは一切しない。「ソングス・フォー・オーファンズ」は、制御を失った枢軸国や信念を失った南部連合国などの歴史的な負け犬たちをカントリーロック調で歌った向こう見ずな楽曲だ。賢いスプリングスティーンは父親を探す息子になぞらえてこれを表現し、”しかし彼らの父親はすべて逝ってしまった”と言う。その一方で、「イフ・アイ・ワズ・ザ・プリースト」は不信心な継承の話で、聖母マリアが個人的に祝福されたゴム風船を人にあげ、イエスがバックスキンのジャケットを着ている。「ジェイニー・ニーズ・ア・シューター」は、ゴスペルオルガンとハーモニカがきらびやかな伴奏をする中で、搾取する医者、牧師、警察官といたいけな少女の守護天使であるスプリングスティーンの奇妙な話が展開する。
スプリングスティーンが唯一普段の自分らしさから逸脱したのは、ドナルド・トランプに対するメタファー的ジャブを食らわす曲だ。彼は大統領選挙の年に自分の意見を表明するのだが(1984年にレーガンが「ボーン・イン・ザ・USA」を利用したことに反対したせいでひどい目にあったが、彼はそんなリスクも厭わない)、今回は「レインメーカー」で農民に日照りを終わらせると信じ込ませる先導政治家を取り上げている。そして、彼は自分のメッセージをスタジアムで大合唱できるサビにきっちり込めているのだ。スプリングスティーンはトランプが就任する前にこの曲を書いたと言っていた。しかし、今この曲を公開したことで曲の威力は増している。この曲の”絶対に手に入れられないものを掠め取る罪深い道化師が王座を奪ってしまった”という一節は、「ハウス・オブ・ア・サウザンド・ギターズ」に引き継がれていて、今大統領執務室に座っているその罪深い道化師に狙いを定めているのである。こういった曲は現実世界でのリアルな対応が求められるものだ。スプリングスティーンだってすべてを祈りの力に頼ることは無理だと百も承知だろう。
それでも『レター・トゥ・ユー』の大部分は驚くほど彼自身のメッセージが入っている。ロック界で最も自己実現を果たしたミュージシャンが自分にとって重要なこと、つまり人生、家族、芸術、政治、過去、宗教を、リアルタイムで発表するのは非常に珍しい。しかし、スプリングスティーンの声は穏やかだ。
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From Rolling Stone US.

ブルース・スプリングスティーン『レター・トゥ・ユー』
Bruce Springsteen / Letter To You
ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル
SICP-6359 2400円+税
発売中
収録曲
1. One Minute Youre Here / ワン・ミニット・ユア・ヒア
2. Letter To You / レター・トゥ・ユー
3. Burnin Train / バーニン・トレイン
4. Janey Needs A Shooter / ジェイニー・ニーズ・ア・シューター
5. Last Man Standing / ラスト・マン・スタンディング
6. The Power Of Prayer / ザ・パワー・オブ・プレイヤー
7. House Of A Thousand Guitars / ハウス・オブ・ア・サウザンド・ギターズ
8. Rainmaker / レインメイカー
9. If I Was The Priest / イフ・アイ・ワズ・ザ・プリースト
10. Ghosts / ゴースツ
11. Song For Orphans / ソング・フォー・オーファンズ
12. Ill See You In My Dreams / アイル・シー・ユー・イン・マイ・ドリームズ
【リンク】
日本公式:http://www.sonymusic.co.jp/artist/BruceSpringsteen/
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アーティスト公式:https://brucespringsteen.net/