オリヴィア・ロドリゴのことを、音楽業界のラボで生み出された人工のティーンポップスターだと思い込んでいる人もいるだろう。しかし実際の彼女は素晴らしく未熟で、どこまでも人間臭い。まさに新時代のポップスターである彼女は、過去の慣習に従うのではなく、新たに自らプレイブックを書き上げようとしている。デビューシングルにしてNo.1ヒットとなった「drivers license」がシーンを席巻するまで、彼女のことをまるで知らなかったという人は多い。同曲は史上最高のデビュー曲のひとつに数えられるが、続くシングル「deja vu」と「good 4 u」がそれに勝るとも劣らない出来だったことに、世間は一層驚いたに違いない。しかも前者は、ビリー・ジョエルが好きで意気投合したという元カレを嘲る内容となっている。一応触れておくと、ビリー・ジョエルが最後にヒット曲を出したのは、オリヴィア・ロドリゴが生まれる10年前のことだ。
彼女が新時代のスターとして位置づけられるのは、テイラー・スウィフトを聴いて育った世代のヒットメイカーたちを代表する存在だからだ。彼女のソングライティングは、テイラーの緻密で複雑な自己言及と、巧みに匿名化されたストーリー構成が基本になっている。
「drivers license」は、豊かな才能とアイデアの持ち主が生んだ真のクラシックであることを一聴しただけで確信させる稀有な曲だ。彼女の楽曲は聴き込むほどにその緻密なディティールが浮き彫りになっていき、筆者は「deja vu」におけるミックスに”アイ・ラヴ・ユー”という囁きが忍んでいることに気づくまでに何週間も要した。前置き無しに突如発表された新曲「good 4 u」では、ギターサウンドとバレットという90年代を象徴する要素を確信犯的に組み合わせ、スナック菓子と一緒に購入したガソリンで思い出に火を灯すというミュージックビデオは彼女のヴィジョンを一層明確に打ち出した。
「drivers license」に込められた普遍性
ディズニーのファンにとっては、オリヴィアは『やりすぎ配信! ビザードバーク』の主演女優として既に馴染み深い存在だ。また『ハイスクール・ミュージカル:ザ・ミュージカル』で、ディズニーチャンネルの2006年のクラシック作をベースにしたミュージカルの制作に臨む女子高生を演じたことは、より多くの人に知られているに違いない。彼女は「始まりの予感」のようなオールディーズをリメイクする一方で、ロード(”私はまだ動けずにいる 信号が緑に変わっている間も”)やテイラー・スウィフト(”胸が高鳴るような夢の中が自分の居場所だと感じるのかしら”)の影響を露わにした、「All I Want」や「Out of the Old」等のオリジナル曲も書いている。
『ハイスクール・ミュージカル:ザ・ミュージカル』にまつわる奇妙さは筆舌に尽くし難い(タイトルからして不可解だ)。
一連の流れはまるでボルヘスのフィクション作品のようだ。チョーサーの『カンタベリー物語』では、彼は自身の物語を語ることで巡礼に加わろうとし、自ら考案したキャラクターに自堕落な詩人と揶揄されてしまうが、オリヴィアたちの関係はそのティーンポップ版のようなものだ。つまり、彼女は1380年代から続く慣習に倣っていることになる。ラクエル・ウェルチはあらゆる世紀において「80年代は最高の10年間」だと主張したが、彼女は正しかったということだ。
現在では3人が互いの曲を褒め合うようになっており、ジョシュアは勇敢にも自身のセクシュアリティについて公表した。「僕を攻撃した世間の人々は、僕のことなんか何も知らない」(先ごろ彼が投稿したハリー・スタイルズを賞賛する動画には、次のようなコメントが添えられていた。「これは僕なりのカミングアウトでもあるってこと」)
だがオリヴィアのファンの大半と同様に、筆者がこれらの曲の真の意味を理解したのは、曲そのものにハマってしばらく経ってからだった。彼女がこれほどの成功を収めたのは、リスナーが曲の中に自分自身の姿を見いだしているからだろう。
「deja vu」とビリー・ジョエルの関係
ポップの伝統に則っているという部分も、彼女とテイラーの共通点だ。(カーリー・サイモンの楽曲)「Youre So Vain」の魅力を知り尽くしたかのような彼女のサウンドには、タルムードの学者たちが「申命記」について研究するのと同じ熱量を感じ取ることができる。元カレとビリー・ジョエルを聴いた思い出(曲は「Uptown Girl」)を懐かしみ、彼と今一緒にビリー・ジョエルを聴いているであろう女性に嫉妬する「deja vu」は見事な出来だ。彼女からのラブコールに応え、いずれはビリーが「deja vu」をカバーする日が来るかもしれない。
デビー・ギブソンは80年代に、ビリー・ジョエルこそが最大のインスピレーションだと何度も語っていた。理由は定かではないが、彼はあらゆる世代のティーンポップの若きシンガーソングライターに訴える何かを持っているようだ。ビリー・ジョエルの曲中に出てくる女性のように、オリヴィアは何気なく相手を傷つけ、血が流れる様子を見て微笑んでいるのかもしれない。”彼女のピアノを弾けばいい でも彼女は知らない / あなたにビリー・ジョエルを教えたのが私だってことを”というフレーズは、彼女が隠し持った刃の鋭さを物語っている。
そのリファレンスが完璧だと感じるのは、「Uptown Girl」がヴィンテージ感を意図的に狙った80年代の曲だからだ。ビリー・ジョエルが描こうとしたのは、60年代のソウルやドゥーワップを聴いていた10代の頃に過ごしたロマンティックな夜のムードだった(彼は当時本誌にこう語っている。
満を持して発表されたアルバム『SOUR』は、長くなるであろう彼女のキャリアの始まりに過ぎない。またオリヴィアは、ポップを愛するファンにとって今がエキサイティングな時代である理由を体現する存在でもある。スタイルや従来のカテゴリーにこだわらない彼女の楽曲は、伝統と目新しさがひしめき合いながら互いを刺激している。時代を感じさせるあらゆる要素が新鮮に感じられるのは、オリヴィアが終わった何かに新しい命を吹き込む術を知っているからだろう。つまり、デジャヴは繰り返すということだ。
オリヴィア・ロドリゴ
『SOUR』
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