※注:文中にネタバレを含む箇所が登場します。
いまも根強い人気を誇る20世紀(そしてそれ以降の)屈指のアーティストであるアレサ・フランクリンを、スクリーンによみがえらせることは、誰もが喜んで受けるチャレンジではないだろう。しかし、「ソウルの女王」本人から指名されたジェニファー・ハドソンにとっては身のすくむような栄誉だったに違いない。ハドソンは、2018年にレジェンドの葬儀で追悼歌を歌うことを依頼された数少ないアーティストのひとりなのだ。
ハドソンが主演する映画『リスペクト』(11月5日公開)は、かくも多彩な才能の持ち主を正当に表現しきれていない——そんなことは不可能だ。それは、フランクリンの人生が歴史的に幅広い世代の人々の心に平等に届いたからというだけではない。人生や生い立ちが時代の表舞台に出ることのなかったアレサ・フランクリンという女性は、まさにその時代が生み、それに縛られた人物だった。父であるC・Lことクラレンス・ラボーン・フランクリンは有名な牧師および公民権運動のリーダーであり、自宅にはダイナ・ワシントンやサム・クックといった当時の大物アフリカ系アメリカ人たちがゲストとして招かれた(劇中の少女時代のアレサは、ダイナおばさん、サムおじさんと呼んでいる)。活動を通じて父はマーティン・ルーサー・キング・ジュニア本人とも友情を育み、アレサはその伝説的な歌声を武器に公民権運動のために各地を訪問し、資金集めに奔走した。
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そこにほかの特殊な事情を加えてみよう。フランクリンの母は、彼女が10歳のときに他界している。
『リスペクト』は、はやくも型にはまった伝記映画と批判されているものの、楽曲のパワーは同作のやや直球型のアプローチによって少しも衰えていない。『リスペクト』は、土曜の夜にベッドから引きずりだされては、父の友人であるセレブたちの前で歌を披露する天才少女や、フランクリン史上最多セールスを記録した1972年の歴史的なゴスペルアルバム『至上の愛(アメイジング・グレイス) 』のレコーディングとともにミシガン州デトロイトでの少女時代を起点に、フランクリンの人生とキャリアを時系列順にたどる。人生の暗い時期を経験したフランクリンが教会のルーツに立ち返ることでおおむね救われるという筋書きだ。音楽の観点から見ると、これは同作が鳴かず飛ばずのコロンビア・レコード時代とプロデューサーのジェリー・ウェクスラーのもとでスーパースターとしての地位を確立したアトランティック・レコード時代を網羅し、デトロイトのインディーズレーベル、J-V-Bレコードとの最初の契約にも軽く触れていることを意味する。総体的には、主にフォレスト・ウィテカー扮する父と最初の夫であるテッド・ホワイト(マーロン・ウェイアンズ)など、生涯にわたる"男性支配"との闘いを重要視した作品である、というのが筆者の個人的な見解だ。
アレサ・フランクリンを演じる、ジェニファー・ハドソン(左)と父親を演じたフォレスト・ウィテカー(Photo : Quantrell D. Colbert/Metro Goldwyn Mayer Pictures film)
父に抑圧されながらも、フランクリン(スカイ・ダコタ・ターナーが少女時代のフランクリンを演じている)は私たちが知るところのパワフルな歌手とは相容れない、従順でおとなしい女性へと成長したかのように見える。母(出番は短いながらも、オードラ・マクドナルドが演じている)の死と、劇中では少女時代の性的虐待の延長として描かれている二度にわたる十代での妊娠(フランクリン本人はこれについて公の場で語ることを嫌がった)を経験した若き日のアレサは、事実上口を閉ざしてしまう。これによって映画は、後に彼女が克服する"悪魔"の存在を軸に展開し、『アメイジング・グレイス』による自己救済へとつながっていく。それだけでなく、全編を通してフランクリンの声のパワーという特殊かつドラマチックな電流が流れているのだ。世を去る前にフランクリンの母は、彼女の声の所有者は父ではないと念押しする。コロンビア・レコードのプロデューサー、ジョン・H・ハモンド(テイト・ドノヴァン)のオフィスで娘を自慢するその後のシーンを見る限り、どうやらクラレンス師にこのメッセージは届かなかったようだ。若き日のアレサが自らの完全な意志ではないにせよ、沈黙を破っていく姿は圧巻だ。初期の彼女は、歌いたいから歌うのではなく、歌えと言われたから歌っていた。そんな彼女は歌を愛するだけでなく、天賦の才能を持っていたのだ。
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フランクリンの生い立ちは、実に奇妙だ。教会に集う信者たちについて「この界隈屈指の変人たち」と古めかしいジョークを飛ばしている劇中の人物はひとりではない。それに劇中のアレサがこうした考えを表明していないとしても、歌手のベティ・ラヴェットが「紳士的なひも」と呼んだ最初の夫の選択は、反抗から逸脱した平行線を描いている。
だが、フランクリンはますます有名になり、それとともに勇敢になっていく。駆け出し時代のフランクリンの自信のない態度を表現するにあたり、前向きで率直なハドソンは手術用のメスを使うように自身のペルソナからこうした要素を切り落とさなければならなかった——自分が女王であることに気づいていないフランクリンを演じるために。徐々にフランクリンは、当時のヒット曲から私たちがイメージするパワフルな存在、「R, E, S, P, E, C, T」と歌って世間の敬意を求めたアレサへと変身していく。そこでもうひとりのアレサが登場する。悪魔とライバルに対する嫌悪感を抱えたモンスター、罰を求めるほど空っぽになってしまうアレサが。だが、映画ではこの時代は良くも悪くも割愛されている。映画がこの時代に触れる頃には、すでに大半のことが起きているのだ。
これらはすべて、鑑賞に耐え得るドラマの構成要素である。だが、大事な点を無視してまでフランクリンの才能を掘り下げる一方、ささやかでありながらも実り多い政治関連の情報を添えているときの『リスペクト』——ひいてはハドソン——は最高だ。フェイム・スタジオのシーンは同作屈指の名シーンである。南部の昔ながらの白人男性といったアラバマ州のミュージシャンでいっぱいのバックバンドは、当初はフランクリンとのコラボレーションにやや無関心だった。テッドを介して当たり障りのない曲として始まる曲は、フランクリンとフェイム・スタジオの白人ミュージシャンの融合によって何かに変わる。これは、ジャムセッションのシーンである。物語の筋という観点から見ると、(ストーリーの大事な点はさておき)このコラボレーションはアレサ本人が2013年のマッスル・ショールズのドキュメンタリーで述べたように、レジェンドのキャリアの転機だった。これは、伝記映画によくあるハイライトのなかでもまっすぐに響く高得点要素である。
だが、化学反応となると問題は別だ。こうした才能あふれるプロたちが何かに向かって前進し、何かのために表現しようと取り組む姿は、徐々にグルーヴと相互の敬意を見出す。
ちなみに、名もなき例の曲は、フランクリンが世に放った鮮やかでファンキーな数々のヒット曲の第1弾として知られる「貴方だけを愛して(原題: I Never Loved a Man (The Way I Love You))」として開花する。レコーディングのシーンは、姉アーマ(セイコン・セングロー)と妹キャロリン(ヘイリー・キルゴア)、さらにはフェイム・スタジオの面々が登場する、時代を超えて愛される「エイント・ノー・ウェイ」(妹キャロリンが作曲)のよく似たシーンに勝るとはいわないまでも、見事に呼応している。巧みなディレクションと編集のおかげで、これらのシーンはちょうど良いタイミングで程よい分量の言外の意味を観客に提供する。それは、音楽を通じて障害 (主に夫テッド)を乗り越えようと奮闘するフランクリンの姿でもあるのだ。アレサが「自分以外の何者かになろうとしないで」と伸びやかに歌い上げる様子を見守るテッドの表情は、このセリフに込められた以上のドラマ性とともにロングショットで撮影されている。実際、フランクリンは心の底からそう思っていたため、テッドをはじめとする誰もが気づかずにはいられなかったのだ。
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当然ながら、続くフランクリンの歌唱シーンは、アカデミー賞受賞歴を誇るハドソンがこの役にふさわしいことを証明してくれる。物語の観点から見ると、フランクリンというキャラクターの生涯をたどるという明確な理由があるにもかかわらず、ときにはこのキャラクターの使い方に迷っているかのようだ。だが、歌唱シーン(アレサと姉妹が午前3時にオーティス・レディングの名曲をセッションするシーンも秀逸)を演じるにあたって口パクなしの生演奏で挑んだハドソンは、キャリア屈指のパフォーマンスを披露している。だが、これは目新しい情報ではない。こうしたチャレンジに取り組みながらもドラマチックなシーンを演じてきたハドソンが生まれながらの役者であることはこれまでに何度も証明されてきたのだから。
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『リスペクト』が「アメイジング・グレース」とともに終わるのも納得できる。聖歌隊の指揮を務めたジェームズ・クリーヴランド師(タイタス・バージェス)のもと、カリフォルニア州ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプテスト教会で1月に行われた歴史的なライブだ。クリーヴランド師の南カリフォルニア・コミュニティ・コーラスは、単なるバックミュージシャンの集団ではない。「アメイジング・グレース」そのものにも、ハドソンのパフォーマンスにふさわしい神聖なオーラが宿っている。そこまでの道のりはいささか長く、映画のテーマのように興奮に満ちたものでもなければ、危険で複雑なものでもない。それに、アンジェラ・デイヴィスへの敬意やキング牧師を崇拝する非暴力主義者の父への反抗によって生じるイデオロギー危機など、フランクリンの政治生活は、劇中のソウルの女王が描かれている以上に奥深い人物であることを教えてくれる。だが、フランクリンの死から約2年後に公開された同作は、彼女の楽曲がいまも私たちを感動させる理由(たとえ映画バージョンでさえ)を教えてくれる確固たる杯のような存在である。アーティストとしてのフランクリンの功績は計り知れない。人物像に関しては、映画を見はじめたときよりも私たちは彼女をより豊かで、より身近な存在として感じるだろう。映画そのものを吹き飛ばしてしまうかのようにパワフルな音楽に身を任せてみるのも手だ。
『リスペクト』
出演:ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、メアリー・J. ブライジ
監督:リーズル・トミー
脚本:トレイシー・スコット・ウィルソン
原題:RESPECT
配給:ギャガ
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