【写真】受刑者の精神崩壊を招く「恐怖の独房」
原告団は総額10億ドル強の損害賠償を求めている。原告団にはオリンピックにも出場したアメリカ代表体操選手のシモーネ・バイルズ、アリー・リズマン、マッケイラ・マロニー、マギー・ニコルズも名を連ねている。
自身もナサール被告の被害を受けた原告代理人のサラ・クライン弁護士は、今回提訴したのは金銭的和解のためではなく、司法省に圧力をかけて行動を促すのが目的だとローリングストーン誌に語った。「今日は、悪者が責任を追及されるまで私たちは一歩も退かないことを伝えに来ました」と彼女は言った。「ナサール被告の虐待を連邦捜査局が知った後も、被告を野放しにして90人以上の女性たちの虐待を許した人々も同罪です」
FBIは新たな訴訟申し立てに対してコメントを控え、昨年9月にクリストファー・レイ長官が上院司法委員会で行った発言を繰り返すにとどまった。当時長官は被害者に謝罪し、FBIが行動を起こさなかったことは「受け入れ難い」としたうえで、二度と繰り返されないようにすると誓った。「とりわけ、2015年の段階でこの怪物を止めるチャンスがあったのに、それをしなかった人間がFBI内部にいたことを申し訳なく思います」と、長官は当時こう述べた。「言い逃れのしようがありません」
FBIが捜査を蔑ろにしていたことは周知の事実だ。昨夏、司法省監察総監が公表した報告書には、同局の捜査不備が細かく記載されていた。報告書によると、最初に通報があった2015年7月から、ミシガン州立大学警察がナサール被告を引き渡す2016年8月までの間、さらに70人の少女が虐待を受けていたと見られる。今回FBIを提訴した90人の原告も同時期に虐待を受けたと主張しており、監察総監の推定を裏付けた。だが児童虐待で有罪判決を受け、残りの人生を刑務所で過ごすナサール被告を除き、これまで刑事責任を問われた者は誰もいない。
ナサール被告を好き放題させたとして非難を受けている組織はFBIだけではない。2016年にはナサール被告の虐待容疑に適切な対処を怠ったとして、全米体操連盟と米国オリンピック・パラリンピック委員会が数百人の被害者から訴えられた。数年にわたる交渉の末、昨年12月に3億2000万ドルの和解金で双方が合意に達した。和解金は500人以上にも及ぶナサール被告の被害者に分配されることになっている。訴訟が行われている間、全米体操連盟および全米オリンピック委員会のトップはいずれも辞任した。
だが被害者にとっては、責任当事者に法的手段を講じるのはいまだ難しい。監察総監の手痛い報告書にもかかわらず、司法省はつい数週間前、ナサール被告の捜査で不正を行ったFBI捜査官2名を起訴しないと発表した。そのうちの1人マイケル・ラングマン捜査官は、ナサール被告に対する容疑に対処せず、その後嘘をついたとして昨年冬に解雇された。もう1人のW・ジェイ・アボット捜査官は、2018年に退職している。
ナサール被告以外は誰も責任を問われていない
「ラリー・ナサールは刑務所に送られましたが、他には誰も責任を追及されていません」とクライン弁護士は述べた。「いまだに大きな疑問が残っています――(昨年秋の)上院司法委員会の公聴会の時からの疑問です――アメリカ合衆国のメリック・ガーランド司法長官はどこで何をしているんです? なぜ隠れてばかりで、上院や大衆の質問や、2015年以降虐待を受けなくてもよかったはずの犠牲者の質問に答えようとしないんですか? なぜFBIの犯罪者を起訴しないんですか?」
ローリングストーン誌は司法省にコメントを求めた。
今回の提訴の前にも、13人の別の被害者が4月に同様の訴訟を起こしている。「不法行為に基づく損害賠償請求法」に基づいて提訴されたこれらの訴訟は、連邦政府機関の訴訟にむけた重要な足がかりだ。FBIには提訴から対応まで6カ月の猶予が与えられている。「こうした訴訟を起こすことで、私たちは声を大にして主張しました。法執行機関が子どもを加害者に差し出したことに対しておとがめなしというのは決して受け入れられない、と」とクライン弁護士も言う。「当局が責任を取るのを待っている余裕はありません」
クライン弁護士は元体操選手で、幼少時代に10年間ナサール被告から虐待を受け、「仲間の被害者」を救うために弁護士になった。同弁護士は責任追及には刑事訴追も含まれるべきだと考えている。「(責任追及に)ふさわしいのは起訴です」と彼女は言う。「メリック・ガーランド長官も関わっているようですが、今後審理が行われれば、何を知っていて、どうしてこういうことになったのかがわかるでしょう。被害者が前に進めるようにするためにも、彼女たちに真実を教え、大人たちの責任を追及してください。オオカミを野に放った人間が責任を問われるまで、癒しのプロセスは始まらないのです」
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