一部の熱狂的ファンの存在にも関わらず、アメリカでは長い間ドラムンベースがコアなエレクトロニックミュージックとして見なされており、ポップとの接点は皆無だった。
しかし、それはあくまで要因の1つに過ぎない。DJの世界においても、ドラムンベースの人気はここ数年で急速に拡大した。「D&Bがかかることは珍しくないし、最近ではその頻度も増えつつある」。そう話すのは、NowadaysやGood Room等のクラブで定期的にプレイしているニューヨークのDJ Voices(Kristin Malossi)だ。「テクノ系のクラブのパーティーにD&BのDJがブッキングされる機会が増えたし、テクノDJの多くがD&Bをかけている」
その傾向はインドネシアやオーストラリアを含む世界各地で見られるが、アメリカでの加熱ぶりは群を抜いている。「満員のフロアがこれでもかってぐらい盛り上がっていて、すごく気持ちよかった」。2020年に公開した BBC Radio 1s Essential Mixが同年の第1位に選出されたロンドンのDJ、Sherrelleはアメリカツアーを締め括ったニューヨーク公演の翌日にそう語った。「昔はアメリカでドラムンベースはウケないって言われてたけど、今は絶対にそんなことない」
ドラムンベースは「新たなモータウン」
ドラムンベースが30年前に誕生した時、BPM140以上で早回ししたブレイクビーツのサンプルをベースにしていた同ジャンルは「ジャングル」と呼ばれており、昔から変わらずBPM120を基本としているハウスよりもずっとテンポの速い音楽だと認識されていた。90年代半ばになると、ジャングルという言葉に伴う人種差別のイメージが問題視され、ドラムンベースあるいはD&Bという名前に置き換えられるようになった。またその頃から、従来のドラムブレイクの代わりにタイミングのズレた2ステップビートが使われるようになり、BPMはさらに増して170を超え、ダンサーたちは半分のテンポで奏でられるスラッジーなベースラインに合わせてスカンクに興じた。
新旧のドラムンベース・クラシックをまとめた、米ローリングストーン誌作成のプレイリスト
ソウル・Ⅱ・ソウル、エイミー・ワインハウス、そしてピンクパンサレス等を生んだイギリスのシーンにおいて、ドラムンベースは独自のポジションを確立している。「黒人のオーディエンスが中心のクラブでは、ダンスホールやR&B、USヒップホップなんかと一緒に、ドラムンベースのクラシックが当たり前のようにプレイされている」。そう語るのは、イギリスのサウンドシステムのオーラル・ヒストリー『Bass, Mids, Tops』の著者であるジョー・マグスだ。「(イギリスでは)ドラムンベースは常にポップカルチャーの一部だった。テレビや広告のバンパーとして、誰もが日常的に耳にしていた」
ロックンロールからヒップホップ、ハウスまで、イギリスのアーティストたちは海の向こうで生まれたブラックミュージックを独自の視点で解釈してきた。しかし、ドラムンベースは英国が生み出した初の本格的なブラックミュージックとなった。「そのルーツを意識すると、黒人としての誇りを感じられる」とSherrelleは話す。「ドラムンベースはこの国のカルチャーの本質とDNAを体現している」

ゴールディーことクリフォード・プライス、1997年撮影(Photo by Martyn Goodacre/Getty Images)
それはD&Bが時代を超えて支持されている理由に他ならない。「映画の撮影をしていたときに、現場の誰かがこう言ったんだ。『父さんにこの曲を聴かせてもらった』」。俳優としても活躍するD&Bのパイオニア、ゴールディーは笑ってそう話す。それはドラムンベースが「新たなモータウン」になったという彼の主張を裏付けている。
それはイギリスに限った話ではない。アメリカでのドラムンベース人気の高まりは、この国におけるブラックミュージックに対する理解の深まりが大きく関係している。「ドラムンベースはデトロイトテクノと同じことを経験した。白人のオーディエンスが大半だったために、「白人の音楽」というレッテルが貼られ、黒人のオーディエンスからは敬遠されてしまった」。そう話すのは、デトロイトのドラムンベースDJ兼プロデューサーのSinistarrだ。「今ではアメリカでも黒人のD&Bプロデューサーは珍しくないし、コミュニティは成長し続けてる」。ドラムンベースの隆盛は、ナイトライフと結びついたブラックミュージックがメインストリームで注目されている現在の状況と無関係ではない。ドレイクの最新作『Honestly Nevermind』が、ハウスとボルチモアのクラブシーンの盛り上がりに着目しているように。
リバイバルを後押しする女性アーティスト
D&Bリバイバルを後押ししている要因の1つは、女性アーティストの増加と躍進だ。2018年12月にローンチされた、ドラムンベース界におけるジェンダー平等の促進を掲げるロンドンの女性アーティスト集団EQ50はその中心的存在だ。「彼女たちにはすごく勇気づけられてる」。そう話すSherrelleは、EQ50についてこう語る。

Sherelle(Photo by Isaac Lamb)
ダンスミュージック全般のポピュラリティが拡大していることも、D&Bの盛り上がりに貢献している。「俺たちの世代では、ニッチなジャンルにこだわり続けることが美徳とされていた」。そう話すのは、ロサンゼルスを拠点とするプロデューサー兼DJであり、主催するパーティDirtybird CampoutにD&BのDJを2015年から定期的にブッキングし続けている(今年はゴールディーが出演予定)、クロード・ヴォンストロークことBarclay Crenshawだ。「それも今や過去の話さ」
ジャンル以上に、BPMはDJのプレイスタイルを左右する。昔からテクノのBPMは130~135が主流だったが、DJたちは2010年代末から140以上でプレイし始めた(例えばアヴィーチーの「Levels」がBPM126であるのに対し、Darudeの「Sandstorm」はBPM136)。分岐点となったのは、ドラムンベース界の期待の若手の1人であるロンドンのSherrelleによる、大きな話題を呼んだ2019年のBoiler Roomでのセットだ。それは「人々がよりテンポの速い曲を求めていることを証明した」と彼女は話す。
パンデミックを経て、よりハードにパーティしたいという人々の欲求はテンポをさらに加速させた。「ベルリンに住んでいる友達はこう言ってた。『最近のクラブではBPM150以下の曲は流れない』」。
「とにかく速く、本物の感情を宿したサウンドが求められてる」とSherelleは話す。「オーディエンスが必要としているのは、インパクトだけではなく何かしらの感情を喚起する音楽だと思う。ダンスミュージックのシーンは、常に楽しさと驚きに満ちているべきだから」
From Rolling Stone US.