Rolling Stone Japanでは2020年2021年に引き続き川谷絵音を迎え、Spotifyの年間ランキングを踏まえながら2022年の音楽シーンを振り返ってもらった。

世界的なパンデミックから2年が経過して、海外ではライブ/フェスが以前の光景を取り戻した感のある2022年。
派手なチャート記録が次々に誕生し、ハリー・スタイルズ、バッド・バニー、ビヨンセテイラー・スウィフトらがシーンの顔となった。一方、国内のライブでは依然制限が続いたものの、各地でフェスが再開され、下半期からは来日公演の数も一気に増加。また、Spotifyの月間リスナーが1000万人を突破する国内アーティストが初めて誕生し、新たな胎動を感じさせる一年となった。ゲスの極み乙女が結成10周年を迎え、indigo la Endで初の日本武道館公演を成功させた一方、ラランドのサーヤとともに新たなバンド・礼賛をスタートさせ、楽曲提供も積極的に行うなど、多方面での活躍が見られた川谷絵音はそんな一年をどのように見つめていたのだろうか? 年末恒例となったこのインタビューで、Spotifyの年間ランキングとともに、あなたの2022年も振り返ってみてほしい。

※この記事は2022年12月発売の『Rolling Stone JAPAN vol.21』に掲載されたもの。取材は同月初旬に実施。


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川谷絵音が振り返る2022年の音楽シーン

川谷絵音
2014年、indigo la Endとゲスの極み乙女の2バンドでワーナーミュージック・ジャパンより同時メジャーデビュー。現在ジェニーハイ、ichikoro、礼賛を加えた5バンドの他、DADARAY、美的計画のプロデュースや様々なアーティストへの楽曲提供など多岐に渡る活動を続けて現在に至る。ジェニーハイの「PEAKY」「超最悪」、ゲスの極み乙女のライブ映像作品「解体」が好評発売中。(Photo by Masato Yokoyama)

ハリーとテイラーは「ちょうどいい」

―まずは2022年をどんなふうに振り返りますか?

川谷:個人的には、アルバムを出さなかった年で。ゲスでベスト(『丸』)は出しましたけど、オリジナルは出してないので、「そんな年あったっけな?」っていう。

―おそらく10年ぶりだと思います。
2013年にインディゴで『夜に魔法をかけられて』を出して以来、毎年インディゴかゲスでアルバムを出していたので。

川谷:そうですよね。ライブをやりながら曲はずっと作ってたんですけど、楽曲提供に追われたり、(8月に)コロナに罹って1カ月くらい何もできない時期もあったりして。療養中はマジで何もできなくて、その時期に出た新譜もリアルタイムでは全然聴けなかったです。

―音楽シーン全体に対してはどんな印象ですか?

川谷:2021年とあんまり変わらなかった気もするんですよね。日本で言えばTani Yuukiくんとか、なとり「Overdose」とか、ボカロの系譜もありつつ、今までより歌ものがより出てきてるのかなとは思いつつ、「TikTokで流行る音楽」みたいな流れがそのまま続いてるというか。
新しいスターはそんなに出てこなかった印象で、紅白に初出場するVaundyやSaucy Dogにしろ、2021年からもう人気でしたしね。

海外もSpotifyのランキングを見ると、新人でめっちゃヒットした曲はそんなになかったというか。ビリー・アイリッシュの「bad guy」とか、昨年でいえばオリヴィア・ロドリゴのような動きはなかったですよね。そういう意味では、日本も海外も2021年からの延長にあるのかなって。バッド・バニーも一昨年からずっと1位ですもんね。

―〈世界で最も再生されたアーティスト〉のトップ5は、順位が入れ替わっただけで顔ぶれはほぼ同じ。
バッド・バニーとテイラー・スウィフトの1位・2位も昨年から変わらずです。

川谷:〈世界で最も再生された楽曲〉も、ザ・キッド・ラロイの「STAY」が昨年からずっと入ってますよね。ザ・ウィークエンドの「Blinding Lights」(2019年リリース)がやっといなくなったなと思いましたけど(笑)、やっぱり全体的にはそんなに変わってない印象です。

川谷絵音が振り返る2022年の音楽シーン

Photo by Shareif Ziyadat/WireImage (Bad Bunny), Lillie Eiger (Harry Styles), Jeff Kravitz/Getty Images for MTV/Paramount Global (Taylor Swift)

〈世界で最も再生された楽曲〉プレイリスト

―そんな中で2022年のトピックといえば、まずはハリー・スタイルズかなと。

川谷:ハリーのアルバム『Harrys House』はめちゃくちゃ聴きました。「As It Was」はそれこそ「Blinding Lights」からの流れにあるようにも思いましたけどね。
シンプルな、みんなで歌えるリフ一発押し、みたいな。やっぱり2022年一番のヒット曲だった気がします。「As It Was」はコーチェラのライブ映像で、イントロに合わせてハリーが階段を駆け降りてくる姿もすごく印象的で。本当にスーパースターだなって。

これは一昨年も話したと思うんですけど、2018年の年末にカラオケに行ったらハリーがいて、一緒にユーミンを歌ったんですよね。ハリーはどんな曲かわかってなくて、勘で歌ってましたけど(笑)。
あれから3~4年で……もちろん、あのときもすでに大スターだったけど、ここ3年の活動はすごくないですか? 音楽的にも信頼できるアーティストになったというか、「ワン・ダイレクションのソロ」みたいな感じでは完全になくなったなって。

―これまではどうしても評価が分かれがちでしたが、もうアイドルとは呼ばせないところまで来ましたよね。

川谷:テイラー・スウィフトもそうじゃないですか? 今回のアルバムは『Midnights』っていうタイトル通り、真夜中の物語というかずっしりした重めの作品で。かつてのテイラーしか知らない人からすると、「今はこんな感じなんだ」って思いそうな曲ばかりですよね。どちらかといえばハリーの作品は派手、テイラーは地味だから方向性は違うけど、2022年を象徴する2作だった気がします。

―川谷さんの年間ベスト(一覧はこちら)にもハリーとテイラーの曲が選ばれていますね。ハリーは「As It Was」ではなく「Daydreaming」が入っています。

川谷:そこは迷いましたね。ゲスでNFTをやったときに「Gut Feeling」という曲を作ったんですけど、海外のリスナーに聴いてもらうためにはどういう方向性がいいかを考えたときに、ちょうど「As It Was」が出て。「これだ!」と思って、ちゃんMARIと2人でかなり聴いたので、リファレンスとして2022年一番大きかった曲かもしれないです。一方の「Daydreaming」は普通に曲が好きすぎて。とにかくメロディがいい。ハリーの曲はキャッチーなんだけどお洒落さもあって、BGMとしても聴けるし、じっくり聴くこともできるから絶妙なんですよね。「Daydreaming」は2022年一番たくさん聴いたと思います。

―テイラーに関しては、ラナ・デル・レイをフィーチャリングに迎えた「Snow On The Beach」が挙げられています。

川谷:あの曲も単純にメロディが好きで、途中の曲名をリフレインする部分は特に中毒性があるんですよね。これまでテイラーはそんなに聴いてこなかったんですけど、僕は夜中に音楽を聴くことが多いから、ベッドルームミュージックみたいなのが好きで。だから、今回のアルバムは自分にすごくしっくり来て、その中でもこの曲が一番好きでした。真夜中感に加えて、空白がちゃんとあるというか、そこが今のテイラーの良さだと思います。

―テイラーはコロナ禍に入ってからフォーキーな『folkrore』『evermore』を出して、去年は初期作『Fearless』『Red』の再録を出してるんですよね。それによって、『Midnights』は初期のポップさと近年のフォーキーさの中間みたいなアルバムになった印象もあって。

川谷:たしかに。その話でいうと、僕はいつも「ちょうどいいアルバム」を探していて。実はあんまりないんですよね。「ロックすぎる」とか「またこのトラップ感かぁ」みたいに、みんなどこか極端になりがちで、その中間があんまりなくて。ちゃんとキャッチーなんだけど、深いテーマ性もあるというか。それこそハリーとテイラーは作風こそ違うけど、どっちも「ちょうどいい」感じがしたんですよね。なかなか言葉では説明しづらいんですけど。

―海外は特にそうですけど、コロナがほぼ終息したような雰囲気になり、音楽的にも開けたものが増えた印象があって。でも急にめちゃくちゃロックだったり、パーティっぽいのも違うし、いつまでもメソメソしてるのも違うし……というなかで、ハリーの適度な軽さや明るさ、テイラーの適度な重みや暗さがちょうどよかったということかなと。

川谷:あとは出た時期もちょうどよかったんでしょうね。「コロナもういいでしょ」みたいな空気に「As It Was」はうまくハマった気がします。時代を切り取る音楽って、タイミングもすごく大事だと思うから。テイラーに関しては、もはや世の中の流れはそんなに関係ないというか、すごい記録を打ち立てたりもしてたじゃないですか?

―11月5日付の米ビルボード・ソング・チャート”Hot 100”で、史上初めてトップ10を独占しました。

川谷:このちょっと地味なアルバムで、そういう記録を達成できたということは、アーティストとしての絶対的な評価を得たってことですよね。アルバムの初週売上もアデル以来(『25』以来、約7年ぶりの好セールス)とかだったと思うし、もはや単なる歌姫ではなく、一人だけ別格になりつつありますよね。

「Sped Up」という新たな可能性

―3年連続で〈世界で最も再生されたアーティスト〉になったバッド・バニーについてはどうでしょう?

川谷:この年末の取材も3回目で、過去2年バッド・バニーがずっと1位だったから、Spotifyで見かけたらとりあえず聴くようにはなったんですけど……日本で再生されてる印象はあんまりないですよね。〈世界で最も再生されたアルバム〉でも1位ですけど、『Harrys House』よりも上なんだって。ラジオでかかってた記憶もないし、なかなか実感が湧かないというか。ただハリウッド映画(『ブレット・トレイン』)にも出演したり、海外では大スターですもんね。そう考えると、やっぱり日本は特殊というか。世界1位のアーティストが全然再生されてないのもどうなんだろうなって。

〈世界で最も再生されたアーティスト〉プレイリスト

―Spotifyのランキング以外で、印象に残ってる海外の動きはありますか?

川谷:スティーヴ・レイシーの「Bad Habit」が全米1位(3週連続)になったと聞いて、最初は「なんで?」と思ったんですけど、TikTokでSped Up(スペッドアップ:既存曲のスピードを上げ、音程とテンポがアップされたバージョン)が流行って、そこから原曲も注目されるようになったんですよね。そういうヒットの仕方も2022年を象徴してるというか。最初は意味がわかんなかった(笑)。

僕のやってるラジオ番組(「川谷絵音の約30分我慢してくれませんか」)に世界各国のヒット曲を紹介するコーナーがあって。いつも放送作家さんが曲を用意してきてくれるんですけど、そこでCafunéっていうアーティストの「Tek It」のSped Upを聴いて。それが僕のSped Upデビューだったんですけど、そのあとに原曲を聴くと、めちゃくちゃゆっくりに聴こえるんですよ(笑)。同じ曲でも速くしたり遅くしたりすることで評価が変わるって、人間の音楽に対する捉え方ってすごく曖昧なんだなと思いましたね。

―あのジ・インターネットのスティーヴ・レイシーが、そういう形でヒットを生み出したというのも面白いですよね。

川谷:そうそう。でも、Sped Upによって原曲が注目されるのは悪いことじゃないというか、むしろ新しいなって。アーティスト自身がSped Upをリリースする流れをスティーヴ・レイシーが確立させたと思うし、このパターンはこれからもっと増えるでしょうね。あとはSped Upありきで曲を作る人も出てきそう。最初はあえてローテンポにして、速くするといい感じになる、みたいな。これまではリスナーが勝手にスピードアップしていたのが公式になったというのは、大きな動きだなと思いました。

だから僕も、ゲスやichikoroでやってみたりして。自分でSped Upをやってみて思ったのは、(スピードを)1%変えるだけで結構変わるんですよ。そこが大変であり、面白い部分でもありました。

―ゲスのEP『Gesu Sped Up』に対する反応はどうでしたか? 正直、いわゆる邦楽ファンの人からすると「?」だったんじゃないかとも思うんですけど。

川谷:「面白いです」「声が高くなってる」みたいな反応で、狙いが伝わってない人の方が多かったかもしれないですね。でも僕ら的には、そういうことをやることに意味があるというか。単純に面白そうなことをやっていこうってことですね。(Spotifyランキングを見ながら)グラス・アニマルズも長くないですか? これもずっといますよね?

―「Heat Waves」は2020年リリースですが、2022年の〈世界で最も再生された楽曲〉2位で、去年よりも順位を上げてます。

川谷:2年くらいずっとヒットしてるってことですよね。サブスクでいろんな曲が聴けるようになったのに、ずっと同じ曲を聴いちゃう現象は僕にもあって。ハリーの「Daydreaming」とか「As It Was」もそうだったんですよね。新譜を追加しすぎて、何が何だかわかんなくなって、結局一番印象的だった曲を繰り返し聴いてしまう。そういう人が多いから、ランキングも毎年そんなに変わらないんだと思いますし……「As It Was」のビルボード・チャート通算15週1位は、エルトン・ジョンを抜いてイギリス人最長記録なんですね。

―リリース後から長らく上位にランクインし続けて、何度もトップに返り咲いているんですよね。そういう息の長いチャートアクションも、サブスクの影響が大きいみたいです。

川谷:CDの時代は買ってきたら新譜のほうを聴くじゃないですか? でもサブスクは量が多すぎて、印象に残ってるものしか聴かないから、新曲は一部を除いてすぐ埋もれちゃう。「As It Was」は2023年以降もずっと聴かれるでしょうね。

川谷に刺さった2022年の洋楽

ローリングストーンUS版のアルバムランキングの1位は、ビヨンセ『RENAISSANCE』です。

川谷:わりとディスコやハウスっぽかったですよね? 2022年はドレイクもそうだし、僕のトップ10に選んだピンクパンサレスもガラージっぽいし、ハウス寄りの音楽がリファレンスにあるアーティストが増えた気がしますね。そのなかでも、ビヨンセがこういう作品を出したのは大きなトピックというか。アルバム自体すごくよかったですしね。

―近年はすでに多彩な作風でしたけど、とはいえR&Bのイメージが強いビヨンセがここまで明確にダンスミュージックに舵を切ったのは驚きだったし、さすがだなと。

川谷:それでチャラくならないのがすごいですよね。ハウスをポップソングに取り入れるとなると、どうしてもチャラくなっちゃうイメージがあって。だけど、ビヨンセのアルバムは説得力がある。これはなかなかできることじゃないなって。

―文脈的には、ブラックカルチャーであり、LGBTQコミュニティへのリスペクトとしてのハウス/ディスコ路線というのも大きかったと思います。

川谷:そこは日本と海外の違うところですよね。

―コロナのこともあって、社会的な発言をするアーティストは増えた印象ですけど、それが作品や曲にどこまで反映されてるかというと、まだ難しいところですね。

川谷:ちゃんと音楽と社会が一体化してるのは羨ましいなとも思いますけどね。まあ、そっちを考えるだけじゃダメだと思うし、音楽の良さも含めて、やっぱり「ちょうどいい」ものがいいですよね。ビヨンセの曲は単純に曲がめちゃくちゃ良いし、それをリリースすることで社会的な影響も与えられて、どっちもあるのが素晴らしいなと。日本だとどうしてもそれを両立するのは難しいのかなと現状を見て思います。少しずつ変わってはきてると思いますが。

川谷絵音が振り返る2022年の音楽シーン

Photo by Masato Yokoyama

―他にローリングストーンUS版のランキングで気になる名前はありますか?

川谷:自分のトップ10に入れた、スプーンの『Lucifer on the Sofa』が13位でびっくりしました。僕は1曲目のギターリフでもうやられちゃったんですよね。「久しぶりにこういうの来たな!」って。マネスキンみたいな古代ロックじゃなくて(笑)、僕が好きなロックの感じというか、ポストロックっぽさもあったりして。もちろんマネスキンも大好きなんですけど。

―スプーンはある意味、マネスキン以上に「古代ロック」なんだけど、それをモダンなサウンドデザインに仕上げてますよね。

川谷:そうなんですよね。マネスキンは古臭い熱さだけど、スプーンは微熱というか。バンドをやってる身としては、こういうアルバムが出てくるとすごく助かるんですよね。スプーンみたいにキャリアの長いバンドがこういうアルバムを出してくれると、自分たちもバンドをやりやすくなるなって。

―そのなかで、2曲目の「The Hardest Cut」を選んだ理由は?

川谷:「Wild」と迷ったんですけど、この曲のリフが一番好きだったので。最近はギターリフが好きな曲ってあんまりなくて、もし訊かれたらミューズの「Plug in Baby」と答えそうなくらい時が止まっちゃってるんですよ(笑)。久々にかっこいいリフを聴いたなって。

―リストの一番上はアウスゲイルですね。

川谷:昔からずっと好きで。たしか最初のアルバム(2014年の『In the Silence』)が、インディゴのアルバム制作と同時期に出たんですよね。「夜汽車は走る」のサビのコードが速く切り替わるところは、アウスゲイルの「King And Cross」から影響を受けてたりします。北欧系はずっと好きですけど、ビョークやシガー・ロスなどの冷たい雰囲気もありつつ、アウスゲイルはもっとキャッチーで。新作『Time on My Hands』は生音のドラムがかっこいいのと、スタジオに籠っていろんなシンセサイザーを試したり、時間をかけて作ったアルバムみたいで。メロディもアレンジも素晴らしくて、非の打ち所がないです。今一番ライブを観たいアーティストですね。

―来日公演もだいぶ増えてきましたけど、誰か観に行きましたか?

川谷:11月にアレック・ベンジャミンを観ました。あの人もアウスゲイルと同じく、冬っぽい声じゃないですか? でも、本人はめちゃくちゃ陽キャで(笑)。音楽とのギャップがすごくて、ずっと冗談を言ってるんだけど、曲に入ると透明感があって良かったですね。あとはリトル・シムズ。生バンドで観たかったからDJセットでどうかなと思ったけど、本人のラップスキルが高すぎて、かなり楽しんじゃいました。ブラック・ミディはスケジュールが合わなくて残念でしたけど、アルバム(『Hellfire』)はかなり聴きましたね。サマソニで観たスクイッドはずっと即興をやってて、「早く曲やってほしいな」と思ったりもしました(笑)。

藤井 風のバズは何をもたらす?

―次に、国内のランキングを見ていきましょう。BTS、Official髭男dism、YOASOBIという〈国内で最も再生されたアーティスト〉上位3組の顔ぶれは変わらずです。変化がわかりやすいのは〈国内で最も再生された楽曲〉の方ですかね。

川谷:Tani Yuukiくんの1位はちょっと意外でした。でもやっぱり、2022年は藤井 風くんの「死ぬのがいいわ」が衝撃的ですよね。

川谷絵音が振り返る2022年の音楽シーン


―〈海外で最も再生された国内アーティストの楽曲〉で1位。世界中でバイラルヒットを記録しました。

川谷:Spotifyの月間リスナーが1000万人を突破したんですもんね。米津(玄師)でも700万人とかだから、国内の限界はそれくらいだと思うんですよ。でも海外でバズが起きて、それがちゃんと跳ね返ってきてる。「死ぬのがいいわ」もめちゃくちゃSped Upされてますよね。

この曲はちょっと変わったメロディじゃないですか? 民族的なメロディというか。それが海外で流行るのはなんとなくわかるというか。もともと僕が「関ジャム」で(2020年ベストソングとして)「罪の香り」を紹介したときから、海外の人にも好かれそうなメロディだとは思ってたんですよね。「死ぬのがいいわ」は日本語ですけど、ちゃんと歌詞の意味も理解してTikTokで使ってる人も多いみたいだし。そういう現象も含めて、「邦楽でも行けるんだ」「日本語でも海外でこんなに流行るんだ」っていうのは勇気をもらったというか。めちゃくちゃいい話だなって。

―川谷さんは以前から、世界を意識するにしても「日本語の方がいい」ということは言ってましたよね。

川谷:これが英語だったら流行ってないと思うんですよ。日本語だったからよかったんだろうなって。このまま行ってほしいですよね。そのうち月間リスナーも2000万人とか行くんじゃないですか? そうなったら大事件ですよね。

―2022年のコーチェラのときLAに行ってたみたいだし、2023年以降で海外ツアーとかが実現したら、さらに増えるでしょうね。

川谷:海外のフェスにも出るでしょうね。愛されキャラでもあるし、あのルックスも含めて、それこそハリーみたいなスターになる可能性もありますよね。

―日本語で、あのメロディなんだけど、トラックはYaffleが手掛けていて、海外の音楽とちゃんと同時代性のあるものだったのも大きいですよね。

川谷:そこがね……やっぱり「ちょうどいい」ですよ(笑)。藤井くんが海外で売れてくれたらもっと日本の音楽も……韓国もそうだったじゃないですか? 先にBIGBANGとかはいたけど、BTSによってK-POPが全体的に底上げされた感じだったから。藤井くんによって日本の音楽全体がもっと海外で聴いてもらえるようになる可能性も大いにあるというか。日本語に対する違和感も減って、今より普通に日本の音楽を聴く人が増えるかもしれない。そういう意味でも、2022年の邦楽のなかではこれが一番うれしいニュースでしたね。

―近年シティポップのブームはあったわけですけど、現役バリバリで、日本でも人気があって、しかもアニメ関連曲以外でこれだけの状況になったというのは、これまでになかったことですもんね。

川谷:ちゃんと曲のパワーでこうなったわけだから素晴らしいですよね。これからどうなるのかを一番見ていたいアーティストというか。藤井くんが売れるのって、日本人として誇らしいというか、胸を張って好きだと言えますしね。海外でバズったのが藤井くんでよかったなって思います。

Ado、K-POP、ボーイズグループ

―日本人の海外進出でいうと、Adoはゲフィン・レコードとのパートナーシップを結びました。

川谷:それもびっくりしました。みんな海外に出ていこうとしていて、それはいいことだと思います。これまではもっとマイナーな人が海外に出ていくイメージだったけど、日本で一番再生されてる人たちが海外進出をめざすのはいいなって。過去にも宇多田(ヒカル)さんなどがいましたけど、今は(環境的にも)グローバルに出ていきやすいでしょうしね。まだまだK-POPにはグローバル化という視点では全然追いつけていないですけど、これから少しずつ変わっていくのかなって。

〈国内で最も再生された楽曲〉プレイリスト

―ちなみに、2022年のK-POPに対してはどんな印象ですか?

川谷:ベースが軸になってる音楽が増えましたよね。aespaの曲とかかなり強烈だし、LE SSERAFIMのデビュー曲もかなりベースが効いていて。ガチガチのヒップホップだったりもするじゃないですか? 去年のトップ10に選んだNCT 127「Sticker」もそうだけど、K-POPは普通に曲がかっこいいのでチェックしちゃいますね。譜割りとかも含めて、K-POPのあり方ががひとつ確立された感じもするので、さらにここからどうなるのか。2022年もいろんなグループが出てきましたけど、BTSが活動休止している間に誰が飛び抜けるのか。2023年に向けてみんないろいろ考えてそうですよね。

―川谷さんのリストには、Red Velvet「WILDSIDE」が入っていました。

川谷:Red Velvetの曲はメロディがめちゃくちゃ良くて、アレンジも好きなんですけど、曲にはよりますがK-POPっぽいベースが効いたサウンドじゃなくて、もうちょっと日本に近いというか。下半期のK-POPは、わりとコード進行がエモめの曲が増えてきた印象で。BTSのアルバムを聴いてもそう思ったんですよ。今までなかったエモめのコード進行、いわゆるちょっと感傷的なコード進行が増えてて、「日本っぽいな」と思ったんですよね。「死ぬのがいいわ」のコード進行とメロディの噛み合わせも海外ほどシンプルじゃないし、もしかしたら、そっちにシフトしてきてるのかなって。日本はもともとコード進行が複雑な曲が多いから、そういうのもトレンドになり得るんじゃないかって、ちょっと思ったんですよね。BTSのアルバム(『Proof』)で新曲を聴いたとき如実にそう思ったし、Red Velvetの曲にもそれを感じました。

―K-POPは相変わらず世界的人気で、2022年はBTS、BLACKPINK、Stray Kidsの3組がビルボードの週間アルバムチャートで首位を獲得しています。

川谷:ベースの効いた今のK-POPは「BLACKPINK以降」な感じがするから、今はまだそういう曲が多いですけど、ここからもっとエモめになっていきそうな気がします。可愛いK-POPはもうあんまり流行らなくて、今はかっこいい方がトレンドだけど、そこも「ちょうどいい」中間が出てくるかもしれない。

―2022年は日本でもボーイズグループが増えましたよね。

川谷:BE:FIRSTはフィーチャリングの相手を見ても海外志向がありますよね。でも、すでに日本での内需はすごいことになってるわけじゃないですか? ここからどういう方向に進んでいくんだろうなって。『推しが武道館いってくれたら死ぬ』が話題になったりもしたように、2022年は日本の推し文化がすごかったですよね。推しのために何かをするっていう文化がかなり加速した気がして。

〈国内で最もシェアされた楽曲〉プレイリスト

―〈国内で最もシェアされた楽曲〉のトップ10をBE:FIRST、JO1、INIの3組が独占。これも「推し文化」の表れと言えそうですよね。

川谷:ただ内需がありすぎるのも難しいというか。そもそも韓国は、内需が乏しかったから海外に出ていったわけじゃないですか? 内需がありすぎると外に出ていきづらくなるんじゃないかとか、分岐点にいる感じはしますよね。そういう点も含めてこれからが楽しみではあります。

川谷が気になる国内アーティスト

―国内のアーティストでは、他に誰が印象に残っていますか?

川谷:一番聴いたのは、自分のリストで次点に入れたadieu(上白石萌歌)の「灯台より」。作曲した柴田聡子さんはご本人のアルバム(『ぼちぼち銀河』)もよくて、メロディセンスがすごいんですよね。思ってない方向に行くので、作品が出るたびに聴いちゃいます。楽曲提供でもそのセンスが活かされていて、曲作りが上手いなと思いました。この曲もアレンジはYaffleくんですよね? 良い意味で泥臭いアレンジをしていて、藤井くんのときとは全然違う。こういう引き出しもあるんだなって。adieuの声もすごく好きで、betcover!!の書いた曲(「旅立ち」)も好きでした。betcover!!もよく聴きましたね。かなり尖ってるけど、adieuの曲も自分の曲もちゃんとポップスになっている。

―バンド系はどうでしょう? ちょうど取材前日(12月6日)はindigo la Endで、Saucy Dogとの対バンだったんですよね。

川谷:Saucy Dogは昔から脈々と続くテレキャスターの3ピースバンドというか。日本人が好きな系譜があるんですけど、その中でここ最近一番飛び抜けたバンドだなって。この系譜は下北沢にたくさんいるんですよ。僕がライブハウスでよくやってた10年前からずっと。

―僕がライブハウスに出てた頃からいたから、20年かも(笑)。

川谷:競合の数が多いぶん、そのなかから売れるのは狭き門なんですけど、たまに飛び抜けて曲が良いバンドが出てくるんですよね。あと昨日ライブを観て思ったのは、とにかく3人ともキラキラしていて。ライブハウスでやってるテレキャスの3ピースはちょっと陰があるイメージなんですけど、Saucy Dogにはそれがなくて。石原(慎也)くんは僕らみたいなとっつきにくいバンドの楽屋に一人で入ってきて「乾杯しましょう」とか言ってくれるし(笑)、ファンはあの人間力に惹かれてる部分もあるでしょうね。「シンデレラボーイ」(〈国内で最も再生された楽曲〉2位)はライブで聴いてもダントツのキラーチューンで、最初に聴いてすぐに「これは売れるだろうな」と思ったので、紅白出演も妥当な気がします。

―川谷さんがこれから期待するバンドは?

川谷:Bialystocksはいいですよね。ボーカルの​​甫木元空くんは映画監督で、昔インディゴの「ハルの言う通り」のMVを撮ってもらってるんですよ。もともと彼が昔撮った映像を観て、質感がすごくいいなと思ってオファーしたんです。そうしたら、数年後にバンドを組んでいて、「こんなに歌が上手かったの?」っていう(笑)。鍵盤のメンバー(菊池剛)がジャズ出身なのもあって高尚さとかお洒落さもありつつ、すごくキャッチーだから何かきっかけがあったらすぐ売れるだろうなって。

―現在は2人編成でライブではサポートを入れてますけど、非常に完成度が高いですね。

川谷:声もメロディもよくて、めちゃくちゃ才能あるなって。僕のラジオでも何回かかけてて、今一番新曲が気になる日本のアーティストですね。

川谷絵音の2022年を総括

―最後に、川谷さん自身の一年を振り返ってもらいたいと思います。まずは、ラランドのサーヤさんがシンガーを務める礼賛が本格始動して、所属バンドが5つになるという。

川谷:礼賛は曲を自分が作ってないっていうのが新鮮なんですよね。「バイバイ」は僕がサビを作って、詞も半分くらい書いたんですけど、それ以外は歌詞もメロディもほとんどサーヤちゃんで。これまでそんなに曲を作ったことがない人だから、いろいろ試しながら少しずつ型を決めていって。今はかなりヒップホップっぽいラップ多めの曲を作ったり、そうやって変化していくのを見るのが楽しいっていうのと、あとは発見があるんですよね。僕がサーヤちゃんにオケを渡すときに「どこにメロを乗せるつもりで作ってる」みたいなことは言わないので、イントロのつもりだったところに歌が入ってたりして。そしてそのメロディやラップが素晴らしいんですよ。思ってもない方向に行ったり、想像を超える歌詞やメロディがくるから、それが自分のインプットになったりもするんです。

―川谷さんが参加していて、自分が作詞作曲を担当していないバンドってなかったですもんね。

川谷:ないですね。そういう意味ではすごく特殊だし、あとはサーヤちゃんのカリスマ性を間近で見れるのと、メンバーがみんな演奏上手いのも相まって、シンプルにやってて楽しいです。

礼賛は1stアルバム『WHOOPEE』を1月18日に配信リリース

―バンドでのオリジナルアルバムはなかったですが、美的計画としてのアルバム『BITEKI』が4月に出ました。2022年は歌い手さんや声優さんに対する楽曲提供が増えた一年でもあって、曲ごとにシンガーを迎える美的計画とのリンクを感じたりもしたのですが、どんなふうに捉えていますか?

川谷:楽曲提供に関しては、特に狙いはなくて。オファーをくれた人たちは「もともとゲスやインディゴが好きでした」って言ってくれる方が多くて、長くやってると昔リスナーとして聴いてくれてた人たちがミュージシャンになったりするわけですよね。浦島坂田船のメンバーの方も、もともとライブを観に来てくれたりしてたみたいで、これまでやってきたことが芽を出してるというか。ボカロの曲にゲスっぽいピアノのリフが入ってたりしますけど、歌い手文化にも自分たちの曲が影響を与えていたりするんだなっていうのは、こういうオファーを受けて思ったりしました。美的計画もネットシンガーと一緒に作ったりしたから、曲の作り方はたしかに近かったのかもしれないです。

―もともとシンプルに「歌声が好きな人と一緒に曲を作ってみる」っていうのが美的計画のスタートだったと思うんですけど、アルバムを出したことでの発見はありましたか?

川谷:最終的に、前から好きだった(さとう)もかちゃんと一緒にやれたのはよかったですね。結構攻めた曲もあるんですけど、しっかり形になったと思うし、もっとたくさんの人に聴いてもらえそうなアルバムだと思うので、ひとまずはサブスクに置いておけばいいかなって。有名な人ばかりが歌ってるアルバムじゃないけど、いずれ再発見されそうな、いろんな基礎があるアルバムだと思うので、少しずつそこに気づいてもらえたらうれしいです。

川谷絵音が振り返る2022年の音楽シーン


―2022年の楽曲全般から感じるのは、「肩の力を抜いて」というのは言い過ぎかもしれないけど、少なくとも肩肘を張った状態では作っていないというか。特にゲスでの活動が象徴的かと思うんですけど、思いついたアイデアをどんどんやってみたり、そういう一年だった印象もあります。

川谷:たしかに、肩の力は抜けてるかもしれないですね。ゲスの「スローに踊るだけ」とかシングルで切るような曲じゃないかもしれないけど(笑)、「幕張でやったし(6月に幕張メッセで行われた結成10周年記念公演「解体」)」っていうテンション感でリリースしたり。ほなみちゃんが忙しすぎて、ちゃんMARIもずっと映画音楽を作っていて、課長はレシピ本があるので(笑)、最近は4人ともわけわかんなくなってて。でもツアーを回りながら次に作りたい曲が固まってきたので、また制作に入りたいと思ってます。

―ジェニーハイももともと自由なバンドですけど、さらに自由度を増した印象です。

川谷:ジェニーハイは2022年に出した曲が全部タイアップだったので、ある程度「こういう感じの曲」っていう要望はあったんですよね。ただ、「超最悪」はドラマの主題歌で、プロデューサーのMEGUMIさんから「パンクにしてくれ」っていうリクエストがあって。「僕らがパンク?」っていう(笑)。でもそれによって、これまでとは色の違う曲が作れて、より自由になったっていうのはあるかもしれないです。

―インディゴは11月に、バンド初の武道館公演を行いました。

川谷:2023年にアルバムを出すつもりで、曲はほぼほぼ出そろってるので、すぐにできるっちゃできるんですけど、何か一個ピースが足りない気がして……もう2022年は終わったことにしようって(笑)。前ほど急がなくなったんですよね。昔は急いでリリースしてましたけど、ゆっくりアルバムを出してもいいんじゃないかって、変な余裕が出てきた感じはあります。まあ、ライブや楽曲提供も多かったし、音楽以外の活動もあって、自分の曲に向き合う時間があんまりなかったっていうのもあるんですけど、それはそれでいいというか。ちゃんと時間があるときに作った方がいいものになるから、今後はそうしていきたいなって。

川谷絵音が振り返る2022年の音楽シーン

Photo by Masato Yokoyama

―川谷さん自身としては、2023年はどんな年にしていきたいですか?

川谷:この前、インディゴの「想いきり」がアメリカのフォロワー数が多いTikTokで紹介されて、USでの再生回数が結構伸びたんですよね。もともとなぜかSpotifyでの再生回数が多くて、スペインのバンドがカバーしてたりしたんですけど。そういう気づきもあって、海外を視野に入れたいなっていうのは思っていて。それこそ藤井くんの流れもあるし、バンドでも海外のいいニュースを作れたらいいなって。(2019年に)中国をツアーしたときはすごく楽しかったし、反応も新鮮だったので、いずれアメリカとかに行きたくて。そのためにどれだけ種をまけるか。ただ、「そっちに向けて曲を作る」みたいなことではなくて、単純にいい曲を作っていれば、どこかで見つかる可能性はあるのかなって。だからこそ、さっきの話どおり、これからも肩に力を入れずにやっていけたらとは思っていて。

―2023年は日本全体がもう少し外向きになっていくでしょうね。

川谷:海外に行きたい気持ちが強くなったのは、2022年に入って来日公演が増えたのも大きくて。特にサマソニでThe 1975を観て……そうだ、リストに入れ忘れてましたけど、The 1975の「Part Of The Band」は超好きで、「Daydreaming」と並んで2022年一番聴いた曲かもしれないです。サマソニに出た日本のミュージシャンはみんな、「The 1975みたいになりたい」って思ったんじゃないかな。ミュージシャンズ・ミュージシャンというか。ああいうバンドのあり方は美しいと思うし憧れますね。もちろん、僕らにも自分たちがこれまでやってきたことがあって、それが2023年以降、何かに繋がっていくような予感がします。

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川谷絵音が振り返る2022年の音楽シーン

礼賛
『WHOOPEE』
2023年1月18日(水)デジタル・リリース
アルバム予約URL:https://raisan.lnk.to/whoopee

礼賛 ONEMAN TOUR 2023 「whoopee」
2023年1月21日(土)八王子 MATCH VOX
2023年1月28日(土)福岡 LIVE HOUSE Queblick
2023年1月29日(日)岡山 CRAZYMAMA 2nd Room
2023年2月04日(土)仙台 LIVE HOUSE enn 2nd
2023年2月10日(金)梅田 Shangri-La
2023年2月11日(土)名古屋 CLUB UPSET
2023年2月19日(日)渋谷 WWW X
2023年5月25日(木)恵比寿 LIQUIDROOM ※追加公演